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    monao

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    monao

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    侑も日向も喰種な東京喰種パロ。元ネタの原作程度のグロい表現がありますのでワンクッション。

    喰種パロ侑日 喰種は皆、地獄へ行くのだ。
     
     人間ひとのかたちをしながら、人間にくを食べることでしか生き長らえない。食うに困ったら、親兄弟や恋人だって立派なごちそうだ。数年生きた赤子だって、しばらくすれば自分が周りの人間と全く違う生き物であると自覚し、輝きに満ちた人生など訪れるはずもないと、心底思い知らされる。
     侑は賢い子供だったから、その線引きは上手だった。
     物心ついた時からそばに居る双子の片割れが喰種だったのも幸運だったのだろう。一般的に、喰種は人間と同じ社会性を持ち合わせているのにも関わらず人間社会にとけ込めないと言われているが、侑は親に与えられる飯だって美味しく食べたし、一方で人間社会に溶け込むために人間の飯を美味しそうに食べるトレーニングだってしたから、人並みに学校にだって通った。
     とはいえ、別に「人間ごっこ」が楽しかったわけではないし、人間関係それ自体に期待があったわけでもない。むしろ、持って生まれた端正な容姿が二つ並ぶ様は思いのほか他人の目を惹くようで、普通の人間より華やかな人生を送ってきたかもしれない。だから、たまたま通りがかった喰場で見かけた荒んだ目をした同種や、喰種のたまり場のようになっているカフェなんかにいる幸せを諦めた顔をした奴のことを、馬鹿にしていたくらいだった。
     
     別に、クッソ不味い飯食うフリしとれば、フツウの生活送れるんちゃうの。先に諦めとるの、自分やん。

     侑は、自分を人間にくを食べるだけの人間だと思っていた。そして、自分こそが人間社会に適応した喰種だ、とも。
     
     しかし残念ながらそれは、全くもって勘違いだったことを知る。
     
     中学生にあがりたての頃だ。
     治とクラスメイトと放課後に集まってサッカーをしていた。少し大きい学ランが砂だらけになるまで遊び尽くして、日が暮れんとする前に名残惜しく学校の校門で別れた。
     
    「おいサム、お前あいつらのこと食いたいって思うか」
    「は? 思うわけないやろ。飯は飯や。あいつらちゃうやろ。……どうしたんや、急に。いきなりキショいで」
    「あぁ? キショないわ、ただ聞いただけやろ!」
    「それがキショいっちゅーねん! はぁ……腹減ったんなら角のカフェでおやつ買っていや」
     
     侑は治の言葉に数秒考えた後、「買うてくる」と頷き、すぐさま駆け出した。
     
    「晩飯まで帰って来んかったらツムの分は全部俺が食うたるからなー」
     
     うっさいわ! 心の中で叫ぶ。
     治の言った、角のカフェ。そこは、喰種が店主をしているカフェだ。
     見た目は冴えない古びた珈琲店といった店構えだが、店の裏には別室が用意され、喰種が各々好きなメニューを頼んでいる。喰種の世界にも、高級レストランという概念は存在する。けれどもそれは飼いビトを持っているような富裕層のための場所で、一般的な喰種は、こういった隠れ家で後ろめたく外食をするのが常だった。
     侑は、たったっと軽快に走りながら背中のリュックをまさぐる。帰り道に空腹で倒れないように、お小遣いでも買えるような血や指といったを腹に入れたい。指の先にプラスチックの感触。あと数十メートル行けば、小腹を満たすことができる。
     そう思って、振り向いた。
     
    「おいサム――……」
     
     明日の体育で使う体操着、先帰ったらオカンに渡しといてや。
     そういうはずだった言葉は、静かな住宅街でぽかりと宙に消えた。振り向いた先には、誰もいなかったからだ。
     少し丈の長い学ランに身を包んだ治が、気だるそうな目を晩飯への期待に輝かせながら立っているはずだった。治どころか、人っ子一人いなかった。
     途端、侑の背筋に氷が当てられたような感覚が走る。
     治が消えた。
     その事実だけが、侑の脳を支配した。
     
    「……っ、サム!!」
     
     叫んでみても、返事はない。侑はぞっとして、顔を青ざめさせながら数秒前まで治がいたところまで戻った。普通の住宅街の、コンクリートで舗装されたありふれた公道。辺りを見渡しても、人の気配はなかった。家を出入りする音さえ消えてなくなったような、静かで穏やかな夕暮れ時のワンシーンだ。
     シーン、という音だけが耳に張り付いて聞こえるようだ。侑は足がなくなったように感覚がぼやけて、パニックになりかけていた。治は、もう戻ってこない。そんな気さえする異様な静寂が、侑を圧迫する。
     そんな時、野良犬が唸るような声が聞こえた。命を賭して生を掴まんとする、みっともなくも切々とした声だった。侑ははっとして、その声の出処に耳をすます。首の裏に冷や汗がたれる。怖いくらい緊張していた。

    「…………ツム……!」
    「サム!!」

     本当にわずかな、人間では聞こえないくらいの大きさで呟かれた自分の名前。片割れが泣きそうな声で自分の名前を呼んだ瞬間に、侑はその場から駆け出していた。喰種は五感に優れる。声の出処がどこにあるかもすぐにわかった。
     侑が行き着いた先は、治が消えた場所からほど近い曲がり角の先にある、暗く湿った路地裏だった。
    けれども、息を切らした侑は、その幼さの残る丸い瞳を驚愕に見開いた。
     侑の眼前には、血だらけになった治が、地べたに横たわっていたのだった。

    「はぁ……はぁ……、は、ふぅ…………!」

     名も顔も知らぬ醜い男が、治のすぐ横で荒く興奮した息をあげている。男は、なめくじのような腕に、鋭く光るナイフを携えていた。その切っ先はぎらりと鈍く光り、真っ赤な血に覆われている。誰の血かなんてことは、明白だ。
     治はうつ伏せになったまま、指先ひとつ動かない。黒い学ランが血で染まっているとはっきりわかるほど濡れている。埃っぽいコンクリートが、じわりじわりと赤に侵食されていく。ピクリとも動かない、物体でしかない身体が虚しい。
     オイ、治、お前――……死ぬんか。
     その非日常な光景よりも、得体の知れない男よりも、諦めと怒りが綯い交ぜになった激情が、侑の心臓を容赦なく引き絞る。受け入れ難すぎて、もはや痛みも感じない。そんな光景を目の当たりにした時、人間こうも冷静になれるのだと、侑は他人事のように思った。

    「ひ、ひィ……!」

     ぼおっとしたままの侑が目に入っているのかいないのか、慌てたような男の声が、狭い空間に鈍く鳴った。男は腰を抜かしたように尻を地面につけて、ぎこちない動きで必死に後ずさりしている。濁った瞳には、驚愕と恐怖の色が浮かんでいた。
     その視線の先をゆったり辿ると、ぴくりとも動かない治がいた。
     いや、正確には、その赫子かぐね以外はぴくりとも動いていない、だ。

    「ぐ、喰種……!? 治くんが、喰種…………」

     みっともなく喘ぐように独り言を漏らした男は、しかし興奮したように笑んだ。質の悪い硝子のような瞳に、治の赫子かぐねがいっぱいに映っている。
     本人は今にも息絶えようとしているのに、その触手は、まるで自分が主人とでも主張するようにざわざわと蠢いていた。その赤黒い切っ先は治の腰骨から、恨みを晴らさんとばかりに横で尻もちをつく男の方までぐねぐねと伸びている。けれども命を脅かされそうなほどの生命力は感じられず、まるで最後の使命を果たすかのようないじらしさまで感じられた。喧嘩をする度に侑の頬や尻を激しく叩いた治の赫子かぐねが、今や粘土のおもちゃみたいに弱々しい。
     そんな様子を、引けた腰を居心地悪そうにもぞもぞとさせた男が、鼻で笑った。

    「喰種なら…………喰種なら、治くんを、殺して良かったんだ……」

     その言葉を聞いた瞬間、打ちひしがれたような絶望が、爆発的な殺意に変わった。そして同時に、制御のつかない暗い欲望が、侑の胸の中を嵐のように吹きすさぶ。
     ――今、コイツなんて言うた?
     耳の裏で心臓がドクドクと言っている。腰が燃えるように、ひどく熱い。気が付いた時には、侑の赫子かぐねが路地裏の道幅いっぱいに広がっていた。目の前の男は、座ったまま足をガクガクと震わせ、それを恐怖に満ちた目で見つめていた。
     
    「あ……あぁっ……ぐ、喰種だ! 誰かっ、誰か助け……!」
     
     九尾の狐のようにそれぞれに広がった柔らかな筋肉は、切っ先を鋭く尖らせて男に向いている。檻に囚われた囚人のような格好になった男は、みっともなく血で覆われたナイフをぶんぶんと振り回した。しかし、侑の硬く尖った矛先がそれを片っ端からいなし、挙句、子供のおもちゃを取り上げるようにして、その太った手からナイフを弾いたのだった。
     身を守るものがなくなった男はひいひいと顎をあげながら泣きそうになって、

    「やめろ、やめろ! ……っく、来るなァ! ひっ――!」
    「まずそうやな」

    九本の赫子かぐねに全身を締め付けられ、そして、

    「ゥ、ウぅ……ぐっ!! ……は、ァ…………?」

    全身の穴という穴から体液を飛び出させながら、最期まで訳の分からない顔をして、呆気なく絶命した。
     どちゃり、と重たく湿った音が路地裏に寂しく響く。そこには、躍動感を失くしたかたまりだけが横たわっていた。
     しゅるり、しゅるり。
     二つに割れた肉塊に、治の赫子かぐねが吸い寄せられるようにして伸びていく。侑はそれで治の生を実感して、安心したように自らの赫子かぐねを収めた。
     
     一歩、二歩。
     進むごとに、真っ白な運動靴が真っ赤に染まる。
     三歩、四本。
     近付くと、よりいっそう濃い血と脂の香りが鼻腔をくすぐる。
     五歩、六歩。
     収めたはずの赫子かぐねが、我慢できないとばかりに蠢き、前のめりになっていく。

     そして、眼下に男だったものが広がった時、侑は一気に空腹を自覚した。胃がねじれるように痛い。とめどなく涎が溢れる。赤い筋肉を覆うピンクの脂肪に、丸くつやつやとした臓器は、侑を誘うように湯気を立て、皮膚は青磁のように青く、おあつらえ向きに肉塊をうやうやしく覆っていた。あんなにおぞましく憎かった生き物にんげんが、今となっては豪華な夕飯にしか見えない。
     ふと、頬を治の赫子かぐねが撫でた。
     侑はふっと笑う。それからゆっくりと振り向き、血を流し倒れながらも赫眼を見開いてその意思食欲を訴える治に、こう言ったのだった。

    「飯は飯、やろ」
     




    「――あん時の飯が一番美味かったかもわからんなあ」
    「どうしたの、いきなり。それって、私たちが初めてのデートで行ったイタリアンのこと?」
    「ああ……」
    「そっかあ……! ね、すっごいおいしかったよね、蟹のクリームパスタ!」

     そうやな。蟹は腐ったスポンジみたいやったし、クリームはドブ川に生える苔の味、スパゲティは獣の内蔵みたいにぶよぶよして、死ぬほど不味かったなあ。
     ニコニコとした仮面を貼り付けながら、侑は左腕に自らの白く細い腕を絡ませる女に向けて、心の中で呟く。茶色い髪をきれいに巻いた女は、そのまま楽しそうにデートの話を続けている。まろみの帯びた頬を桃色に染めて夢見心地で喋る女は、侑のことが好きで堪らないといった様子で身体を擦り付けていて、侑が口を挟む隙もない。
     穏やかな時間を共にしたドライブ、二人で行ったオシャレな海沿いのカフェ、夜景を見ながらのフルコース。
     侑にとってはもう忘れ去られた記憶だったが、女はよく覚えていたようだった。

    「しかも、侑ったら……ふふっ。何でもない!」
     
     侑が食事の後密かにトイレで全てを吐いていたことすら全く想像だにしないまま、女はいかにも侑がそれらを望んでいたかのような口ぶりでくすくすと笑う。彼女が何を想像しているのかはわからない。けれども意外にも侑は、苛立ったり腹が立ったりなんてことは、一切していなかった。

    「ねえちょっと、侑! 聞いてるの?」

     下から覗き込んでくるキュッとつり上がった目元を彩る、色素の薄い瞳。
     ――それは、侑の大好物でもあったのだ。
     美味しいものを美味しく平らげるために、侑は準備を欠かさない。本能的に食事を続ければ凶暴な喰種から市民を守らんとする捜査官に目をつけられてしまうから、食事をする時は必ずの場所を選ぶし、頻度だってかなり抑えている。だからこそ、そのとびっきりの食事だけは自分のものにしたくて、侑はいつも念入りに獲物たべものとタイミングを選ぶのだった。
     何でも好きなように口に入れる治とは違う。侑は、自分を美食家だとは思わないが、ひどく好みの激しいたちだという自覚はあった。「あの汚いオッサンのせいやろ」、というのは、治の言葉だ。曰く、最初の獲物たべものと正反対の味が好みになったのだ、と。治にふんと鼻を鳴らした侑だったが、あながち間違いでもなかったのが癪だ。

    「聞いとる聞いとる。今日もかわええなあ」
    「もう……調子いいんだから」

     目尻を下げて覗き込むようにすれば、途端に甘えた声を出す女に、侑はご機嫌そうににっこり笑う。澄んだ茶色の瞳は、透き通ってまぶしい。これが涙に濡れ、恐怖でひきつった瞼ごと頂くのが、最高に美味しいのだ。
     じゃあね、と名残惜しそうに手を振る女へとおざなりにキスを送れば、女は機嫌が良さそうに駅まで歩いて行く。侑は昔彼女にそう言いつけられたまま、その華奢な後ろ姿が見えなくなるまで駅前の十字路に立っていた。

    「あぁ――……、腹ァ減ってくるわ」

     顔には好青年じみた穏やかな表情を貼り付けながら、心の奥底では獰猛な獣が舌なめずりをしている。思わず赫眼が出ていないか、スマホのインカメラで確認するくらいだ。侑はもうすぐそこまで来ている晩餐の日を、今か今かと待ち望んでいる。
     だからこそこういう日は、余計に喉が渇くのだ。
     手をおざなりにポケットに突っ込んだまま、駅前の商店街をぶらぶら歩く。道行く人が皆、美味そうに見える。肉付きの良い者、悪い者。小さい人、大きい人。時折好みの姿かたちを見つけては、ごくりと喉を鳴らす。いけないとは思いつつも、に乾いた飢えを植え付けられてから、侑は自分が喰種だということを自認せざるを得なくなったのだ。自分は、人間にくを食べるために人間社会で雌伏する獣だ、と唐突にわからされた、あの日から。

     はたと気が付くと、いつの間にか知らない道に来たみたいだった。駅前の喧騒から離れアパートやマンションが立ち並ぶ人気のない住宅街に迷い込んだ侑は、おもむろにスマホを片手に取り出す。午後三時半。そういえば次四限やったな。そう思い出した侑は、突然耳に飛び込んだ悲鳴に足を止めた。

    「……っやめろ! 危ないだろ!」
    「うるせぇな……ッ! どけ!」
    「おい……っ!」

     それは明らかな、抗争の声だった。襲われているのは恐らく自分より年下の男で、高校生にも満たないかもしれないという高い声を張り上げている。襲っている方は、侑と同じ男の喰種だった。それから、そのほど近くにもう一人人間の女の気配があった。喰種はどうやら切羽詰まっているらしく、がむしゃらな動きで若い男に襲いかかっているらしい。侑は男の喰種の微かな汗の香りから、焦りを感じ取った。
     つまりこれは、喰場に足を踏み入れたカップルか兄妹を、喰種が襲っている、という場面に他ならなかった。侑は急に乾きが加速するのを感じながら、にやついた口元を抑えることもせずに、ゆっくりその場所へと足を進めた。
     歩きながら考える。
     まだ血の匂いはしていないから、喰種は人間を仕留めてはいない。よしんば仕留められたとしても、それに割行って喰種を殺せば、二人を食える。もし間に合ったなら、喰種を殺して、二人を食う。喰場は元々人の通らない場所なのだから、侑が何をしたってわかりはしない。幸い侑と治は、鼻のきく捜査官がガサ入れをしたせいで身を隠さざるを得なくなったものの、数年前までこの地区では名の知れた喰種だった。喰種の世界は、実力主義の縦社会。侑が喰場で獲物を横取りした所でお咎めなどあるはずもない。

     ――おやつ食うたところで、誰にも迷惑かけへんし、ええよな?
     軽薄な笑顔を浮かべた侑は、騒ぎの中心へ向かって行く。段々と争いの声が大きくなってきて、男が喰種相手に中々善戦していることがわかった。人の住んでいないトタン屋根の、古びたアパートの裏だ。侑は期待に胸をふくらませて、わくわくとその角を曲がった。

    「もう……しつこいってば!!」
    「ふざけんな! ……っクソ、また人が来やがった!」

     目の前には、思っていた通りの光景が広がっていた。窪んだ目に食欲と焦燥を鈍く光らせた喰種に対峙する、まだ高校生くらいの若い男。若い男は頬や腕にかすり傷をつけ肩で息をしながらも、その背後で気を失ってぐったりしている女性をかばっているようだった。喰種の男が戦い慣れていないのだということを差し引いても、人間一人が喰種相手に数分も持ちこたえただけ賞賛に値する。
     けれども侑は、襲われていた人間の男と目が合った途端、その赫眼に染まりかけた眼を見開いたのだった。
     食んだら甘そうなオレンジ色の髪に、健康そうなハリのある小さな身体。しかしいっとう目を惹いたのは、その透き通るビー玉のようなアンバーの瞳だった。その色素の薄い瞳は純粋な驚きで丸くなっていて、突然の侵入者にぽかんとした表情を見せていた。

    「うっ……まそぉー……」

     無意識に喉がゴクリと鳴る。
     この硝子のように透き通る目玉を飴玉のように口の中で転がして、散々食感を楽しんだ後、人間が蟻を潰すような無邪気さで一気に噛み砕きたい。侑の腹の奥から、ぞくぞくとした興奮とドロドロとした胃液が一緒にこみ上がってくるのがわかった。
     
    「おいお前、喰種だろ! 俺の食事の邪魔すんな、どっか行け!」
    「はぇっ!? まっ、また喰種!?」
    「黙れッ、お前のでかい声で余計な奴が来たんだろうが!! クソクソっ! もうこうなったら、全員殺っちまって――……」
    「余計なん、お前ちゃう?」

     侑がのんびりと一言発した次の瞬間、ドッという重い衝撃音が鳴った。

    「あ…………?」

     それは、侑までもを襲おうとしていた喰種の男の腹に、侑の尾赫が突き刺さった音だった。訳の分からないという顔をした喰種の男は数秒遅れてぽっかりと穴の空いた自分の腹を見つめ、そして、意味の無い母音を口から漏らした。侑の赫子かぐねは汚いもの濯ぐように血を振り払った後、侑の背後に戻って静かにゆらゆらと揺れている。その瞳は暗く、獰猛な光を宿している。侑は、男を小馬鹿にしたように見下ろして言った。

    「実力の差もわからんとつっかかって来て、アホなんちゃう? 俺の食事の邪魔すんなや」
    「あ……ぁ……」
    「美味しそうな人間呼び込んでくれてありがとなぁ。ほな、おやすみ」
    「うッ!!」
     
     目に入れるのも面倒だとでも言うように、侑は数度男の身体に風穴を空けた。赫子かぐねが背中から伸びてきているがその穴をふさぎきることはできないようで、男は顔を真っ青にさせながらそのまま前に倒れこみ、そのまま動かなかなくなった。好き放題生えた雑草に覆われた土の地面が、じわりじわりと血液を吸い込んでいく。そのうち、赫子かぐねも力尽きたようにふにゃりと地面に寄り添っていった。
     食ったことがないとは言わないが、喰種を食うなら目の前の美味しそうな人間の方がいい。滅多に見ないほどの好物を目の前に、侑の心は逸っていた。ちらと目線を横にやると、一部始終を間近で見ていたオレンジ髪の男は、静かに侑を見ている。その顔にはこれから喰種に捕食されるという恐怖も諦観も浮かんではおらず、だがしかし、先ほどと変わらない意志の強い大きな瞳が侑を射抜いている。何を考えているのか読めない男の表情に脳裏で一瞬違和感がかすめたが、侑はあふれ出て止まらない欲望に身を任せた。数メートル先にいる男に向かって、ゆっくりと歩を進める。

    「キミのその目を、むちゃくちゃに舐めしゃぶって、なんも味がせんくなった後、ぐっちゃぐちゃに噛み潰したいだけや」
    「…………」
    「ああすまん、気持ち悪い顔せんといて。喰種だって一応傷つく心はあんねん。フッフ……そんな怖がらなくてええんやで、一瞬やから。な?」
    「……あの」
    「なに? あんま我儘聞いとる時間もないねんけど……キミは特別美味しそうやから、少しならええよ」

     侑が近づくにつれ、俯いていく小さな頭。侑はそれを、やっと自分が食われるということを自覚して、恐怖に震えているのだと思った。手が触れるほどの距離まで来た時の、ふわっと鼻をくすぐる健康的な乾いた香りが侑の食欲を暴走させていく。
     もう食いたい。
     我儘を聞いてやると言ったのに我慢しきれずに、口元をにやにやとさせながら両手を伸ばした。

    「すみません! 俺は、あなたのこと好みじゃないので!!」

     勢いよく下げられた頭に、平素なら、「フラれてもうた!」とおどけるところだった。けれども、侑にはそれができなかった。
     侑の伸ばした両手首から先が、なかったからだ。
     一瞬何が起こったのかわからなくて、侑は子供のように自分の無い手のひらをまじまじとのぞき込んだ。やがて、その手のひらは目の前の男にのだと知る。下げられたオレンジ頭から目線を辿ると、その小さな背中には不釣り合いなほど大きな赫子かぐねが翼のように左右に伸びていたのだ。
     羽赫。その密度により温度を変えることができると言われているそれは、明らかに危険な温度を孕んで炎のように揺れている。自分の手首はこの熱射で溶かし切られたのだとわかった瞬間、侑は生存本能のまま物凄い速度で目の前の男から距離をとった。

    「ここが喰場だってわかってたから喰種が来るのを待ってたんだけどなぁ。……はぁ。あなたはすごく強そうだから、今殺しますね」
    「……な、ァっ!?」

     けれどもオレンジ色の男は、一気に数メートル引き下がった侑に難なく追いつき、その赫子かぐねを巧みに操り侑の急所を狙う。仕方がなさそうな顔と台詞を張り付けてはいるが、殺意は本物だ。羽赫を自分の腕のようにぶん回して侑を追い詰めたかと思うと、灼熱の赫子かぐねが鱗粉のように振りまいて侑の肉を溶かす。侑も九本の尾赫を一気に放出させてつば競り合いをするも、じわりじわりと自分の首元に彼の刃が迫ってくるのを感じていた。
     有り得へん! この地区に、こんな強いヤツおらへんかった……!
     侑と治が暴れていた数年前には、こんな馬鹿みたいに強い喰種なんていなかった。幼い顔立ちだから当時は子供だった可能性は捨てきれないが、それでもなおこの強さは異常だ。溶かされた手首も筋肉が焼き切れているのか中々再生しないし、なんなら九本の赫子かぐねだって野菜のようにスパスパと輪切りにされつつある。

    「あんまり逃げないでっ! はぁっ、周りの家、壊れちゃい、ますからッ!」
    「ふざけっ……、ちょ、死ぬっ! うおぁっ!?」
    「殺します!」
    「宣言すな!! ……っぶな……!」

     喰種のくせに何を言うとるんや。文句を言う暇もなく、次から次へと至近距離に彼の赤黒い切っ先が流れていく。自分の血の匂いや肉の焼ける香りなど、一生嗅ぎたくなかった。かろうじて致命傷は避けているものの、ものの数分の戦闘で侑は全身切り傷や火傷だらけの満身創痍の状態だ。対してオレンジ頭の男といえば、額に汗を浮かべているものの傷一つない余裕綽綽の面持ちでいた。
     彼がどんな理由でこの喰場に潜んでいて、喰種をおびき寄せ、そして侑を殺そうとしているのかは皆目見当もつかない。けれども、事実として侑はこの男に圧倒され、そして今まさに食われんとしている。この、
     
    「なん……ッやねん!!」
     
     侑はぼろぼろになった九本の尾赫を器用に一本へまとめると、神木ほどの太さになったそれで、二人を道路から隠していたトタン屋根の古いアパートをいっせいに横薙ぎにした。ずいぶん手入れのされていなかったアパートは大きな音をたてながらレゴブロックのようにもろく崩れる。衝撃で粉々になった屋根や壁の金属やコンクリートの破片が、辺りを一斉に埋め尽くした。

    「…………っ!」

     これにはオレンジ色の男もたまらず羽赫で身を包むようにして衝撃を和らげた。着古されたパーカーをアパートの破片が細かく引き裂いていく。侑の頑丈な尾赫でも傷つけることのできなかった男が初めて傷ついたのがおんぼろアパートのせいだというのが皮肉だ。
     侑は、男が瓦礫に目を伏せている間に残りの力を振り絞って、その場を脱出した。脱出したと言っても、実際は再生に集中するために赫子かぐねを引っ込めて、全速力で人間の気配のする方へ走っただけだ。喰種の中でも身体能力の高い侑の足でもってしても彼には追い付かれるかもしれない、と思ったが、しばらく走って後ろから追ってくる様子がないので侑は冷や汗をかきながらほっと一息ついたのだった。
     
     「……なんっやねん」

     血まみれになっているのを街行く人々がおそるおそる見ているのも気にせず、侑は先ほどと同じ台詞をひとり呟く。
     殺されかけたのが屈辱なわけでも、美味そうな飯を食べそびれて口惜しいのも、実際ある。けれども侑の胸の内を占めていたのは、あのオレンジ色の男の赫眼だった。陽の光に透かしたら向こう側が見えてしまいそうな褐色の力強い輝きはそのままに、白目をきれいな赤に染めて侑を射抜く視線が、ずっと脳裏からはがれない。
     最後に振り向いて見た彼は瓦礫の煙にとっさに目を閉じていたから、それが残念だなんて。
     侑は帰り道に何度も頭を振ってその残像を消そうと思ったが、ついぞその光景は侑の網膜に焼き付いたままだった。

     



    「ぶ、ぶふっ……! そ、その青タン……何度見ても笑えるわ。腹の傷はすぐ治ったんに、ご自慢の顔だけブッサイクで……ふ、ワハハハ!」
    「ゴラァうっさいわ、クソサム!! もうええ加減黙っとれ!!」
    「黙るのはそこの金髪君ですよー、騒ぐなら教室から出てってください」
    「はん! 言われんでも出てったるわこんなクソつまらん授業!」

     バンッと勢いよく教室の扉を開け、侑は肩を怒らせながらずんずんと大学の廊下を進んでいった。背後にはかすかなどよめきと、教授のたしなめるような声が聞こえる。それから、侑の良すぎる耳には、治が思い出し笑いをこらえきれずに大きな身体を震わせて笑っている声も。
     
     散々だった。
     あの後命からがら――大げさな言葉ではない。実際喰種でも十針を縫うことになる大手術を施された――喰場を抜け出した侑は、血でぐっしょりと濡れた身体を引きずって帰宅し、しばらく療養に明け暮れたのだった。同じ大学から帰って来た治は玄関で靴ひもをほどきながら「今日のリアクションペーパー、ツムの分書いといてやったから今日の晩飯お前が買うてこいや」、と好き勝手言った後、リビングのソファで息も絶え絶えな侑と目が合った瞬間、遠慮もクソもなく爆笑した。事情を話すなり真剣な顔をして「それ捜査官ちゃうんか」とか、「そいつの外見の特徴は」とかまるで警官のような事情聴取があったものの、結局その日から数週間経った後も侑をつけ狙うような気配もなかったから、ひとまず普段通りの生活に戻ったのだった。
     けれどもその数週間の間の侑のそわそわとした様子にいたく興味をそそられたらしく、治はむしろあのオレンジ色の喰種に会いたいとまで言い出す始末だ。ツムがそんなにそわそわしとんの、そのチビの喰種のせいやろ。治が訳知り顔で話すのも侑の苛立ちを誘う。

    「サムもいっぺん食われたらええねん……!」 

     あの喰種は、侑が強いから殺すと確かに言った。だからこの地域で指折りの実力を持つ侑のところにまた戻って来るかと思っていたのに、待てど暮らせど殺しに来る気配はない。そして、侑と同程度の実力である治のところにも。やがて侑の怪我が左頬にできた大きな青痣を残して癒え、大学にも普通に通えるになった頃、侑はいたるところであのオレンジの髪の毛を探すようになっていた。
     喰種の世界は実力主義の縦社会。次に会えばきっと殺される。だがしかし、侑の中で日を追うごとに生まれた釈然としない思いがぐるぐると蛇のように身体中を巡っていた。
     
     疑問ならいくらでも湧いてくる。
     例えば、喰場を把握しているほどこの地域の事情に精通しているのに、侑の顔を見ても何の反応もなかったこと。侑と治はこの地区のトップに近いポジションにまで上り詰めた、いわばシマの象徴的存在だ。なのにそれを把握していなかったとは、実に不自然だ。それから、あの日奴が後ろにかばった女にはかすり傷一つついていなかった。侑は最初あのオレンジの男を縄張り争いを仕掛けてきたよその喰種だと思ったが、そんな粗野な喰種が意識を失った食べ頃の女に興味を示さない訳がない。むしろ侑が手にかけた喰種からわざわざ人間のふりをして守るそぶりさえ見せていた。
     
     野良の喰種にしては血なまぐさい匂いがしないし、万が一喰種の捜査官がいたとしても、詰めが甘すぎる。それに加え、あの片目の赫眼。噂程度にしか聞いたことはないが、喰種と人間のハーフにはああいった半端な特徴が表れるという。いや――けれども、そんな生き物など存在するはずもないのだ。母体が喰種であれ人間であれ、その双方の性質を持つ半喰種は、子宮の中で栄養失調で息絶えるか、もしくは逆に母体へ栄養素として取り込まれてしまうのだから。

    「ちょっと、侑! ずっと連絡通じないと思ったらいきなり授業抜け出して、どうしたの!? 心配したんだよ!?」
     
     いつの間にか侑にすり寄っていた女が、わあわあと喚く。キャンパスを一人歩く侑を偶然見つけたようで、その色素の薄い瞳を涙に潤ませていた。侑はぼうっとした目で腕に巻き付くそれを見下ろした後、心底冷め切った声でこう告げる。

    「触んなや、ブス」
    「…………え……?」

     身体中から力を失くしたように立ちすくむ女を背にして、侑は廊下出て、のしのしとキャンパスの中心部にある広場まで進んでいった。考えることは腐るほどあった。否、正確には、侑自身が、腐るほど考えているのだ。
     今日は、あの喰場にでも行ってみようか。
     思い立った侑が大学の正門に足を向けた時、ちょうど昼時なのか、どこからともなくぬるい油の香りがした。侑はぐっと鼻にしわを寄せ、できるだけ息を浅く吸い足早に食堂前の広場を駆け抜ける。人間の食事が口にできるからといって、この独特の油の香りは慣れたものではなかった。治なら平然とした顔で食堂に足を踏み入れるのかもしれないが。
     すると、不快な香りのなかに一筋、嗅いだことのある清涼な香りが侑を惹きつけた。
     くん、と咄嗟に顔を上げると、その香りは一層濃くなる。美しい花に吸い寄せられるミツバチのような、はたまた蛍光灯に誘われる蛾のような足取りで、侑はふらふらと広場の端の方へと向かっていく。遠くに聞こえる学生の高笑いが遠ざかる。
     そして、木漏れ日が優しく降り注ぐ木製のベンチに、その人はいた。

    「隻眼の、喰種…………」
    「ほぁっ!? は、あおほっほひうはうほっほ!?」

     あの日と色違いの薄水色のパーカーに身を包んだ彼は、ふわふわとしたオレンジ色の猫っ毛を上下にさせて目をぎょっと丸くさせていた。何言うてるかわからんし。そう言おうとした侑は、彼の口元を見て口を噤む。その両手には、分厚い肉が大胆に挟まれたハンバーガーがあったからだ。すぐに、彼の乾いた匂いがまとわりつくような肉の匂いにかき消されてしまい、侑は嫌そうに眉間にしわを寄せた。
     オレンジ色の男は緊張か驚きか、背骨をぴっと真っ直ぐにさせながら、口の中のハンバーガーを飲み込む。そして、

    「あの時の、狐のひと!」

    と、侑を指さし、あっけらかんと言ったのだった。
     
     喰種は皆、地獄へ行く。例外はなく、侑も治もすでに片足を突っ込みかけている。だけれども、この目の前の男だけは、悪夢のような光景の中で一人まぶしく笑っていそうな気がした。
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