Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    monao

    支部にあげるまでの一時保管庫です。予告無く消したりします。

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 5

    monao

    ☆quiet follow

    日向in稲荷崎の宮日小説「騒がしい未来を迎えに行こう(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=16346802)」の続編。治に恋するモブ女が治に餌付けを試みようとするも見事玉砕する話です。
    他の話も一緒に公開したいので、支部にあげるまでここに置いておきます。

    #宮日
    #治日
    rulingDay
    #侑日
    urgeDay

    Happy☆School☆Life編(治日①) きりーつ、気をつけー、礼。
     のんびりとした声でかけられた号令を聞くやいなや、私は机の脇にかけていたリュックサックからすかさずお弁当を取り出した。手のひらより大きい赤い二段のお弁当箱は、今日もずっしりと確かな重さを訴えている。

    「あっ、まーたフライングでお弁当食べようとしとる!」

     声をかけたのは、クラスで一番仲のいい友達だった。その一部始終を目ざとく見ていたのだろう、けたけたと笑ってからかわれる。余計なお世話だ。
     スクールバッグを片手に寄ってきた彼女は、空いていた私の前の机を私の机にくっつけて、そのまま座る。私は箸を片手にしっかりと弁明した。

    「やって、もうお腹ぺこぺこやし!」

    「わかっとる、わかっとる。今日は早弁我慢したんやろ?」

    「うん。今日は私の好きなおかずちゃうねん」

     そんなことを言いながら、前に座った友達が食べ始めるのを待たずに自分のお弁当箱を開ける。自分の意地汚さに悲しくなるけど、友達は慣れているのか、「そういう問題なん?」と笑うだけだった。

     学校で過ごす時間のうち、お昼休みは部活の次に好きな時間だ。
     すぐに教室を抜けて行く人、友達と喋り出す人、チャイムに気付かずに寝続ける人、それぞれ色んな人がいるけど、私はすぐにお弁当に手をつける人である。お昼休みが好きなのは、ご飯にありつけるから。年頃の乙女の台詞じゃないけれど、私――正確には私達にとって、ご飯は生命線だった。なぜなら、食べないと部活の最中に倒れてしまうからだ。それに、栄養バランスやその量についても、コーチから厳しく言われている。
     私のクラスは所謂スポーツクラスで、クラスメイトは皆スポーツ推薦で入学した人達ばかりだ。かく言う私も、より良い環境で陸上を続けるためにこの稲荷崎高校の門を叩いた。だから、私みたいな女子高生でも一日三食しっかり食べる。なんなら、早弁もする。
     ただ、今日はその気分になれなかっただけで。

    「………むむむ」

     二段重ねの赤いお弁当箱の端に残った、ちょっと茶色くて分厚い卵焼き。お母さんの作るご飯の中で、唯一苦手なものだった。
     私が苦い顔をし始めたのに気が付いた友達が、「私が食べようか?」とにやにやしながら尋ねてくる。三年間クラスが一緒の彼女は、私の好みも熟知しているのだ。だから、心の中で、お母さんごめんなさい、と合掌しながら、いつも通りお弁当箱を差し出そうとした。

    「……食べへんの?」

     すると、耳の奥にじんと低く響く声が、隣から聞こえた。
     聞きなれない声に振り向くと、鈍色の瞳がこちらを真っ直ぐに見ていた。正しくは、私じゃなくて、私の持つお弁当箱の中の卵焼きを。

     宮治くん。
     名前は知っていた。今年初めて同じクラスになった、うちの学年で有名な双子の片割れだ。
     校則違反すれすれの銀色の髪が嫌に似合う華やかな美男子は、私の隣の席に座るクラスメイトでもあった。授業中は寝ているか早弁をしているかで、部活漬けの日々が彼からクラスメイトと交流する時間を奪っているから、新学期が始まって数週間経った今も未だに会話を交わしたことはなかった。
     だから、そんなミステリアスな印象を持つ宮くんが突然声をかけてきたのにびっくりして、私はしばらく動けなかった。不躾なことに、まじまじと見てしまっていたのだろう。卵焼きをじっと見つめていた彼は、焦れたように首を傾げて再び尋ねた。

    「それ、食べへんの?」

    「た、食べへんけど……いる?」

     意図せず口をついた言葉に、言ってからすぐに後悔した。どこか物欲しそうに目が潤んでいるのが、可愛いなんて思ってしまったから。そんなことを言えるはずもなく、慌てて前言撤回しようとする。
     けれど宮くんは、私の言葉にぱっと破顔したのだった。

    「えっ、ほんま!?」

     宮くんは、男らしい顔立ちいっぱいに愛嬌を浮かべながら、子供のように目を輝かせていた。普段の無表情が嘘のようだ。その笑顔はものすごい破壊力で、もしそれが鈍器だったなら、私はすでに殴られて死んでいただろう。私は頭の奥がじんと麻酔で痺れたようになって、血色の良い頬に笑みを浮かべた宮くんから目が離せない。
     彼は呆然と返事をしない私にひょいと窺うように視線を向けると、待ちきれないと言わんばかりに箸を携えた長い手をひょいと伸ばす。そして、私のお弁当から卵焼きをさらうと、あーん、と一口で丸呑みした。そのままもむもむと味わうように咀嚼するなり、はっと目を見開く。

    「……! これ、甘いで!」

     近畿地方は出汁を使った味付けが一般的だから、宮くんもしょっぱい味を想像していたのだろう。ところが予想に反して、私の家の卵焼きは甘かった。私のお母さんは近畿の出身じゃない。私だって、小さい頃はお母さんの作る分厚くて甘い卵焼きに「これ変な味するで」と言っては困らせていたと聞いた。彩りがいいのよ、と私の苦手意識を知っていてもなおお弁当に詰め込むから、今日はその意味でハズレの日だった。……はずだったのに。

     リスのように頬を丸くして感動しているらしい宮くんにドキドキしながら、

    「う、うちのお母さん、福岡出身やねん。福岡の卵焼きは甘いねんて」

    と説明した。宮くんは、そうなんやと納得した素振りを見せた後、眉間に薄い皺を寄せて真剣そうに唸る。

    「出汁もええけど、甘いのもええな」

    「……私は、出汁の方が好きやけど」

    「そうか? どっちもうまいやん」

     私の言葉にきょとんとした宮くん。その表情があんまりに純粋だったから――そして、また宮くんの笑った顔が見たかったから、私の口は勝手に喋りだしてしまっていた。

    「もし良ければ……お弁当に卵焼きが入ってる日は、宮くんにあげようか?」

     見たこともないくらい目をきらきらと輝かせて感謝の言葉を述べる宮くんに目を奪われていた私は、居合わせた友達から後で指摘されるまで、それが恋だと気が付かずにいたのだった。






     よくよく考えずとも、治くん――本人に片割れがいてややこしいからそう呼ぶように言われた、嬉しい――は、とてもモテた。
     スポーツクラスがあるうちの高校でもずば抜けた成績を収める男子バレボール部のスタメンで、身長は180センチ以上あって、けど筋肉もしっかりついているのが制服を着ていてもわかって、顔もすこぶるイケメン。よく双子の宮侑くんと比べられることが多いけど、宮侑くんより治くんの方が穏やかで女子に優しいらしい。らしいというのは、いつもお昼休みを一緒に過ごす友達からの情報だった。

    「しかも三年になってから雰囲気柔らかくなって、話しかけやすくなったらしい」

    「何であんたがそんなん知っとるん」

    「やって、私女バレやもん」

     あっと口を開けた私に、「恋は盲目やね」と呆れた友達は、中庭の自販機で買ったミルクティーをのんびり吸っている。
     部活を終えて制服に着替えた私達は、校舎裏のベンチに二人並んで作戦会議をしていた。もちろんテーマは、治くんについて。今まで治くんどころか宮兄弟と接点がなかった私を見かねて、優しい友達が付き合ってくれているのだ。
     
    「やっぱ彼女とかおる……やろうな。いや、絶対おる……」

    「今彼女おらへんって言うてたで」

    「え!? 誰情報!?」

    「うわっ、食いつきすごない? いや、実はこの前女バレの後輩が告白したんやって。そしたら、フられたけど彼女はおらんって言うとったらしい」

    「……!」

     モテるという話を聞いてもなお、自分の好きな人が知らない女の子に告白されているという事実は少なからずショックだった。けれども、わずかな希望もあるわけで。
     好きな人はいない。
     それなら、自分もまだチャンスがあるということ。自分以外の女の子も同じ条件だということは都合よく無視して、心を奮い立たせる。

    「治くん、好きなタイプ何やろ……。好きな芸能人でもわかったらええんやけど」

    「んー、去年付き合うてたのミコ先輩やったっけ? その前は普通科のハルカちゃん、その前は他校の子やったっけな……」

    「ちょ、ちょちょ! ちょっと待って! そんな元カノ沢山おるん!? しかも、皆派手めの美人やん……!」

    「わっかりやすいよなー、ミヤオサムも普通の男ってことがわかって少し安心やろ。あ、しかも皆おっぱいおっきいなあ」

     歴代彼女の名前は私でも知っていた。高校という狭い世界、可愛い女の子の名前は学年を問わず嫌でも耳に入る。確かに、皆目鼻立ちのくっきりした華やかな美人ばかり。そして、友達の指摘の通り軒並みスタイル抜群だった。それが……治くんの元カノ。

    「まああんたはカワイイ系やけど、押せば何とかなるんちゃう? おっぱいは……今はクリームとかブラとか、色々あるから」

     がんばりや。
     ぽんと私の肩に手を置いた優しさとは裏腹に、無遠慮な友達の言葉が予備動作もなく私にぐさぐさと刺さる。
     その日、沈みこんで動かない私を見かねた友達が、帰り際にアイスをおごってくれた。単純な私は、治くんの彼女や好きなタイプまで聞いて満足してしまって、色々な可能性・・・・・ ・については、考えもしなかった。後から考えると、これが分岐点の一つだったのかもしれない。





    「え、今日もくれるん?」

    「うん! 二個あるから、二個ともええよ」

    「ほんま? ありがとお」

     思わずはみ出たように微笑みを浮かべた治くんは、今日も私の赤いお弁当箱から卵焼きをさらっていく。
     あの日帰ってすぐお母さんにこれから毎日甘い卵焼きをお弁当に入れるようにせがんだ甲斐もあって、治くんが教室で昼食を食べる日は、必ずと言っていいほど卵焼きを献上していた。どうやらお昼休みもバレーボールの練習をしているらしい治くんは、お昼を驚くべき早さで食べた後、早々と教室を後にしてしまうようだった。お昼休みだけじゃなくて朝も放課後も体育館で過ごす治くんは、ほとんど教室にいなかった。隣の席なのに数週間話したことがなかったのも、別に何ら不思議じゃなかったのだ。
     だから、この時間は私にとってはとても貴重な時間だ。治くんの元カノ達がどんな手段で治くんと接点を持っていたのかはわからないけれど、ただのいちクラスメイトでしかない私には、チャンスは限られている。

    「なんやごめんね、いつも食べてもろうて」

     卵焼きはいつもお弁当に入っとらんやろ。
     空気を読んで気配を消している友達の白けた視線を頬らへんに感じながら、私はにっこりと笑顔を向ける。何度食べても新鮮なのか、はたまた毎回美味しいと思ってくれているのか、治くんは我が家の卵焼きを初めて食べた時と同じ満ち足りた表情で幸せそうにもぐもぐと口を動かしてる。

    「うまいもんはいくら食ってもうまいわ」

    「あはは、わかる気がする。私も食べるの大好きやから」

    「俺も一緒や」

     一緒、と言われた言葉にすら心が弾む。
     教室では寝てるか早弁をしているか、もしくはたまにクラスメイトと喋っているくらいで、あまり感情の起伏を表に出さない人だと思う。けれど、好きなもの、つまりご飯の話をしている時だけは普段の平淡さが薄れて、年相応な無邪気さが顔をチラつかせる。
     これまで治くんとは、好きな食べ物や嫌いな先生、部活や遠征の話なんかをした。治くんは、案外話しかけたらちゃんと答えてくれるタイプらしく、想像していたよりずっと会話が弾んだ。たまに言う冗談も、普段のギャップが相まって本当に面白いのだ。
     穏やかで女子に優しい。話せば話すほどそれがわかったから、女バレの情報網は伊達じゃない。
     なのに治くんは、たまにこちらがドキッとするくらい怖い時がある。

    「治くんって、めっちゃ食べるよね。お腹いっぱいやって思うことあらへんの?」

     冗談交じりで言った言葉に、治くんは指先に残っていたおにぎりの米粒をぺろりと舐めて、考える素振りをする。そして、時間にすれば数秒もなかった逡巡の後、ゆっくりと答えた。

    「……最近特に腹減ってんねん。腹いっぱいになるほど食べてみたいわ」

     そう言った治くんのグレーの瞳の奥には、ぎらりとした鋭い何かが横たわっていた。思いがけず、背筋が粟立つ。大型の肉食動物が、目の前の獲物がじわじわと息絶えていくのを愉快そうに見ているような、獰猛な表情だった。
     けれど、同時に強く惹き付けられている自分もいた。触れてはいけないものに触れるような背徳感があった。何が治くんをこんな表情にさせるのかは全くわからないのに、たまに見せるこの顔はクラスの中でもきっと私しか知らないのだと思うと、ちっぽけな優越感も満足した。
     一緒に時間を過ごす程色々な表情を見せるから、私はこの恋が深みにはまっていくのを止められない。そして往々にして、この恋心というものは欲張りになっていくものだ。

     自分のお弁当をすっかり空にした治くんは、お弁当箱を無造作にリュックに詰めて立ち上がる。
     タイムアップか。心の中で呟く。
     治くんはこの後、バレーボールをしに行くのだそうだ。始業時間ギリギリまで帰ってこないことを知っていたから、内心名残惜しく見送る。

    「部活、頑張ってきてね!」

     明るいクラスメイトの仮面をつけて声をかけると、治くんは今気が付いたかのように私を見つめた。そしてそのまま、私の向こうに何かいるんじゃないか、そう感じさせる視線の焦点を私へ戻して、こう言った。

    「……それ、ええな」

     ころりと花が綻ぶように微笑んだ治くんを見て、私は時が止まったように固まってしまった。そんな私に気が付かないまま踵を返した大きな背中は、すぐに廊下の向こう側へと消えた。
     え? え? と無言で混乱したままの私は、ずっと静かに見守ってくれていた友達へ助けを求める。彼女は、ついさっき目の前を恐ろしい化物が通りすぎたかのように口の端をひくひくとさせていた。

    「いや……多分、そのリボンちゃう?」

     その声になぜか同情の色を滲ませながら、友達は私のポニーテールを指差す。そこには、最近買ったばかりのオレンジ色の髪飾りがつけられていた。帰り道の雑貨屋でうんうん頭を悩ませながら選んだそのリボンで、今日は髪の毛をアップにしていたのだ。
     途端、思い出したように顔が火照ったのがわかった。優しい形をしたあの目で、私を見ていた。嬉しさと興奮で頭がふわふわとしてくる。

    「ねえねえ、もしかして、似合ってるってことやんな!? 可愛いって思ってくれとるんや!」

     きゃあきゃあと騒ぐ私を見ながら、隣の友達は「ミヤオサム、とんでもねえ男や……」と頭を抱えていた。





     そんな浮かれきった考えをした罰があたったのか、それはまさに青天の霹靂だった。

    「まだ彼女がおるって決まったわけやないやろ?」

    「……彼女やなくても、好きな子かもしれへん」

    「いやいや、まだ女の子へのプレゼントかもわからへんし?」

    「ううう、絶対女の子やろ!」

    「………まあ、女の子やろなあ」

    「ほらやっぱそうやん!」

     うわあああと膝を抱えた私を、隣に座る友達がおざなりに慰める。私がこんな風になっているのには理由があった。
     それは、つい昨日の出来事だった。


     三時間目を迎える中休みの時間、突然乱暴に教室のドアが開かれたかと思いきや、治くんそっくりの人が入ってきたのだ。
     その髪が金色だったから、すぐに治くんの双子の宮侑くんだと気が付いた。
     遠目では認識していたけれど、改めて近くで見ると治くんとは全然違った。治くんが静だとするなら、宮侑くんは動だ。重力に逆らうように真っ直ぐ伸びたしなやかな身体と、端正な顔立ちに一際目を引く意志の強そうな瞳。
     人の注目を浴びることを当たり前のこととして生きてきた人だ。そう思った。

     宮侑くんは全身から自信とも不遜ともつかないオーラを滲ませながら、長い足を生かした大股でずんずんと治くんへ近づいていく。そして、治くんの机の前、つまり私の席の斜め前で足を止めるなり、片頬に鋭い微笑を浮かべながら治くんを見下ろした。

    「誕生日プレゼント、決まったん?」

     目を丸くして宮侑くんの背中を追っていたクラスメイトが、一斉に首を傾げる音が聞こえた、気がした。
     けれど、治くんはすぐに話がわかったみたいだ。双子の片割れの突然の訪問を終始冷静な瞳で眺めていたのに、その言葉にはピクリと左の眉毛を反応させたのが、私からは見えた。英語の教科書を机から取り出しながら、冷たく返事をする。

    「ツムには関係ないやろ」

    「はん! その言い方はまた決まっとらんっちゅーことやろ! フッフ、俺はもうとびっきりのやつ買うたで」

    「いちいち言いに来るなや、ほんまめんどくさいわ!」

    「あ!? 後で負け惜しみこいても知らへんぞ!」

     どこか勝ち誇った顔をする宮侑くんと、イライラとした雰囲気を隠さずに険しい顔をする治くんが、卓球のような早いテンポで言い合う。今まで治くんのこんな怖い顔は見たことがなかった。ビリビリと振動が来そうな激しい応酬に、まさか喧嘩が始まってしまうのではないかとヒヤヒヤしてくる。
     けれども、慌ててクラスメイトを見てもほとんどの人は双子から注目を外して、次の授業の準備をしたり友達とお喋りをしたりしているようだった。緊張感のかけらもない。つまり、これは……放っておいてもええってこと?
     冷や汗はかいたまま、私も皆を見習って筆箱をいじるふりをする。全ての神経を耳に集めて。
     ところが、次に続いた宮侑くんの台詞に、私は頭を叩かれたような衝撃を受けた。

    「変な誕生日プレゼントあげて嫌われへんように祈っといたるわ、感謝せえ!」

     どういうこと?
     そう聞かなかった自分を褒めたい。いや、聞かない方が良かったに違いない。だって、もし「治くんは誰に誕生日プレゼントをあげるの?」なんて質問して、彼女とか好きな子って素直に言われたら絶対に立ち直れないから。
     治くんは、うっさいわとか勝手にせえとか返事をして、そのまま宮侑くんを教室から追い払っていた。そんな大きな二つの背中をぼおっと見つめる私の顔は、真っ青だったに違いない。


     そこから、名探偵さながらの調査が始まった。
     六月生まれの女の子のリストアップ。治くんと仲がいい女の子……はいないから、宮双子ツインズのファンの子達の情報収集。それから、治くんへの聞き取り調査。
     自分でもほとほと呆れかえるほど執念深いやり方に、調査を手伝ってくれた友達もため息をつくしかなかった。
     けど、私だって必死なのだ。
     治くんは、お昼休みの短い会話を重ねれば重ねるほど、ご飯とバレーボール以外興味が無さそうに思えた。噂通り彼女がいたとしても、長続きしなかっただろうと思えるくらいに。その素っ気なさがむしろ私の支えになっていたのに、誕生日プレゼントを悩むくらい好きな子がいるなんて。

     私と友達の調査も虚しく、治くんが昔付き合っていたようなタイプの女の子は今彼氏がいるか、六月生まれではないようだった。そして、ファンの子達から聞いた話でも特に目立った女の影はないという。
     なんや、やっぱ私の勘違いやったわ。
     呑気にそう結論づけることもできたろうに、私は聞いてしまったのだ。あれから頻繁につけるようになった私のオレンジのリボンを見て、治くんが「やっぱおそろいなんかもええなあ」と、ぼそっとこぼすのを。

     それを聞いた日は、友達といつもの校舎裏でオレンジジュースを片手にやけ酒をした。霞をつかむような感覚だ。いることはわかるのに、調べても調べても影すら見えない。私は半べそをかきながら、

    「……私、七月生まれなんやけど」

    と往生際も悪く呟くと、彼女もなんとも言えない表情で開けていたチョコの袋を私に傾けた。これでも食べて機嫌をなおせって言うことか。食べるけど。
     無言でチョコを食べる私の横で、友達が居づらそうに足を組み替えている。いつも歯に衣着せぬ物言いをする彼女の珍しい態度に、私は首を傾げた。

    「あー、まあ、もしかしたらなんやけど……」

    「なにが?」

    「百聞は一見にしかずって言葉があるしな……明日あたり、時間合ったら部活終わった頃に第一体育館来おへん?」

     歯切れ悪く提案された内容に疑問を抱きつつ、私はうんと頷く。第一体育館は、男女バレーボール部の専用体育館でもあった。友達も女子バレーボール部に所属しているのだから、部活の後待ち合わせようということだと思った。



     翌日、練習を終えた私は第一体育館へ向かっていた。稲荷崎高校はスポーツ推薦もあるほどスポーツが盛んな高校だから、校舎には様々な施設が備わっている。必然的に校舎の敷地も広くなり、陸上部の女子更衣室から第一体育館に向かうのも少し歩かなくてはいけないのだ。
     初夏といえど昼の熱気が夕方までしぶとく居座るこの季節、部活を終えた身体は広い校舎を歩くだけでへとへとになっていく。友達が何で待ち合わせをしようとしたのかはわからないけれど、私は重い身体をひきずりながら一心に目的地を目指していた。

     その途中だった。
     私の耳は、好きな人の声を聡く捉えた。

    「今日どうしたん、ずっと何か考えとるやろ」

     聞いたことのないくらい優しい声だった。一声聞いただけで、相手のことを深く配慮していることがわかった。
     私は、条件反射で校舎の影に隠れた。きょろきょろと声のするところを探す。すると、第一体育館から続く渡り廊下の外れた所に、ジャージを着た治くんを見つけた。けれど、一人じゃない。見てはいけないとは思いつつ、そっと覗き見る。

    「別に、フキゲンとかじゃないです。……心配かけちゃって、すみません」

     治くんの横にいたのは、小さくて細身の男の子だった。オレンジ色のくせっ毛に丸い目をしている、素直そうな子だ。きっと後輩なのだろう、隣に立つ治にぺこりと頭を下げた。
     ――なんや、後輩の子か。
     私はほっと胸を撫で下ろす。さっきの治くんの声色から、もしかしたらという考えが頭をよぎった。後輩の様子を心配していたようだ。跳ねていた心臓を宥める。
     けれど、なぜか私の中にはまだ消えないしこりのような不安が残っていた。失礼なことだとはわかりつつ、そのまま会話を続けているらしい二人に耳をすませる。まだ耳の奥で、ドクドクと脈打つ音が鳴り響いている。

    「謝ってほしいんやない。翔陽が何か悩んでるなら聞きたい思うとるだけや。侑とはいつも通り練習しとったやろ? 俺が何かしたんとちゃうか」

    「………」

    「翔陽」

     珍しく苛立ったように声をあげる治くんは、バレーボールをしている時でも見せないくらい必死な顔をしていた。少し焦っているようにも見える。
     翔陽と呼ばれた後輩は、顔を俯かせている。身長差がかなりあるから、治くんからは後輩の顔は見えないだろう。けれど、横から覗いている私からは見えた。後輩は、こうしていないと何かが漏れてしまうとばかりに口を引き締めて、思い悩んだような表情をしていた。何か言いたいことがあるのは間違いない。
     頑なに口を閉ざし続ける様子に治くんは一転声のトーンを和らげ、諭すように話しかける。北風と太陽よろしく、作戦を変更したのかもしれない。聞きなれた低音が静かに耳を打つ。

    「翔陽、前みたくいきなり居なくなったりして欲しないねん。翔陽に避けられてた時、何で無理やりにでも理由を聞かんかったんやろってむっちゃ後悔した。もうあんなしんどいの嫌や。やから、考えてること教えてほしい。……俺のこと嫌になった?」

    「……っそんなことないです! 治さんが悪いことなんて、全然ありません!」

    「わかった。なら、教えてくれるか?」

     治くんは、自分より一回り小さなえんじ色の背中を包むように手を伸ばす。そうすると、その背中は治くんの中にすっぽりと収まった。
     やや間があって、諦めたような小さい声が聞こえる。

    「……ごめんなさい、治さん。おれ、治さんに悪い態度とってました。嫌な思い、しましたよね」

    「そんなの、全然ええよ」

     遠くからでも、治くんがほっとしたのがわかった。安心のせいか、少しだけ上擦った声で話しかける治くんに後輩は気付いているのだろうか。「翔陽」と促すように名前を呼ぶ、治くんの逞しい背中をぼんやりと眺める。

    「あの、昨日お昼休みに治さんのクラスに行ったんです」

    「おん」

    「昨日は侑さんが監督に呼ばれてたから、おれ、治さんを迎えに行こうと思って……そしたら、治さんが……」

    「……俺が?」

    「あの、女の子と一緒にお弁当食べてて……。ううう、ごめんなさい! 嫌だなって思っちゃいました!」

     がばっと勢いよく頭を下げた後輩を見下ろして、治くんは驚きを隠せないように目を見張った。けれど、次第に口元がむずむずと歪み、目元が下がっていく。オレンジのつむじを見る目は、とろけそうなくらい愛情に溢れていた。
     顔を真っ赤にして謝る後輩の両肩をぐっと持って、面を上げさせる。治くんの熱い視線が、相対する褐色の瞳をまっすぐに捉える。

    「翔陽、俺にヤキモチやいてくれたんや?」

    「……そうです」

    「フッフ」

     思わず息を飲んだ。
     不敵に笑った治くんが両手で囲うように後輩を抱きしめて、キスをしたのだ。
     驚いたのか一度ぐっと体を強ばらせた後輩は、しかしその後すぐに身体を抱きしめる治くんにふにゃりと身を委ねた。それに満足そうにした治くんは、ちゅっちゅっという音が聞こえてきそうなくらい上機嫌に、何度も角度を変えながら唇を啄んでいる。
     私は呆然と立ちすくむしか出来ない。

    「……ん、翔陽、口あけて」

    「…っん、ふ………ぁむ、んん……っ」

     それは、お互いの快楽を引き出すものではなく、愛し合う者同士が会話をするための行為だと、経験の少ない私でもわかった。そう頭ではわかっていても、たまに漏れ出る高い声やリップ音、お互いのジャージをさする衣擦れに、どきどきと心臓の音が鳴り止まない。
     居ても立ってもいられなくなって思わず逃げ出そうとした時、私は、今まで口付けを享受していた薄い唇が、小さく、けれど確かな制止の声をあげたのを聞いた。

    「ぉ……おさむ、さんっ……」

     二人の間に出来た僅かな隔たり。その声を合図に、治くんは最後にいっとう深く口付けをした後、すっと顔を離した。

    「……あかん、可愛すぎて思わずちゅーしてもうた」

    「ここ、学校!」

    「やな。ごめんて、翔陽。誰もおらんから大丈夫やろ」

     機嫌をとるように再びちゅっと音を立ててキスをした治くんは、腕の中に真っ赤な顔の後輩を収めたまま顔を上げる。
     その時、治くんが不意にこちらを見た。身体がびくっと強ばる。
     私は思わず校舎の影づたいに一歩後ずさりをした。角度的に私は見えていないはずなのだ。ずっと治くんの背中を見ていたのだから。きっと私の勘違いだったはずなのに、鼓動がしきりに跳ね続ける。先程とは違う理由なのは明白だった。
     そんな私の気持ちなんて一切知らず、二人は楽しそうに笑い合う。

    「お詫びに、誕生日奮発したる。何がええ?」

    「本当ですか!」

    「フッフ、何でも言うたらええよ」

     一度きらきらとした目で治くんを見上げた後輩は、しかし何かを思いついたのか、しり込みしたようにそのままゆるゆると頭を下げる。

    「あ、あの、そしたら新しいサポーターとか……」

     治くんはその横顔を見て、しょうがないと言いたげに息をついた。まだ子供の丸みを帯びる後輩のその柔らかそうな頬を悪戯にぷにぷにとつまみながら、言い聞かせるように続ける。

    「やっぱりって何やねん。ほっぺぷっくりしとるやん。ほら、何でもいいって言うたやろ?」

     後輩は治くんの優しく触れる指や甘い声にもぞもぞと居心地悪そうに身動ぎしたものの、最後は観念したようだった。恥ずかしさからもじもじと顔を斜めに背けて、

    「もし治さんが嫌じゃなければ、お昼休み、毎日一緒にご飯食べて、バレーボールしたいです」

    と呟いた。
     そして、それを聞くやいなや、治くんはその小さな身体をがばりと抱きしめた。

    「はああああ……俺の翔陽がかわええ。そんなもん、ええに決まっとる。誕生日やなくてもしたる」

     返ってきた答えに、嬉しさで潤んだ鈍色の瞳を見上げ、後輩ははにかみながら笑って頷いた。大きな目を幸福の形に細めたその笑顔は、治くんの言う通り本当に可愛かった。
     治くんは、内緒話をするみたいに手を口元にあてて、後輩へ体を寄せる。

    「今日、うち来おへん? ツムもおるけど」

    「行きたいです! ただ、外出届け出さなきゃいけないんですけど……」

    「大丈夫や、稲寮のおばちゃん、俺らのこと気に入ってくれとるから。一緒にお願いしに行こな」

    「はい!」

     背伸びすれば触れそうな距離で楽しそうに笑い合う二人は、秘密基地を見つけた子供のように無邪気で、そして幸せそうだった。




     結局私は、二人が並んで第一体育館へ戻っていくところまで、そこでずっと眺め続けていた。
     今日はどうしたん、って言う治くんの声を聞いた時から、私のどこかに眠っている女の勘というものがアラームをかけていたから、本当はわかっていた。治くんとあの小さな後輩は、付き合っているのだ。男同士とか同じ高校とか、学校でキスしたとかもう全部どうでもよくなって、私の心は空っぽだった。けれど、同時にパズルのピースがはまった感覚もあった。

     お昼休みは何かに追われるように教室を出ていくこと。
     派手な女の子と付き合っていたというのに、素っ気ない態度。
     オレンジのリボンを可愛いと言ってくれたこと。

     スタートラインにすら立っていなかったのだと思うと、清々しくもあるくらいだった。心はちゃんと痛みを訴えていて、視界が勝手に潤んではくるけど。

    「……私の予想、当たっとらんで欲しいと思っとった」

     ついさっき治くん達が消えていった渡り廊下を過ぎて、まだジャージ姿の友達が声をかけてくる。いつもは私の恋バナにもにやにやと半笑いを浮かべているくせに、こんな時だけ縋り付きそうなくらい優しい視線を寄越す。私よりずっと聡い彼女は、前から気付いていたのかもしれなかった。
     私は、溢れる涙をシャツで拭いながら呟く。

    「……明日から、あんたが卵焼き食べてよ」

     くしゃりと顔を崩して笑った友達は、「うん」と頷いて、私の頭をひとつ撫でた。

    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ☺💘💘💘💖😭🙏👏👏👏👏👍💯☺💴❤😭😭😭🙏🙏🙏👍👍🇱💯💯🈵🈵🈵🈵🈵🈵🈵🈵🈷🈵😭👏👏💕👏👏👏👏😭👏💖💖💖💖💖💖💖💖💖💖❤🍮
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works