無邪気って残酷だよね「それ。いらなくなったから、あげる」
ぽい、と渡されたのは、几帳面にラッピングされた袋だった。
年末年始は、アイドルにとってかき入れどきだ。ありがたいことに、地上波の番組からも声が掛かるようになった私たちは、それぞれのユニット活動に勤しんでいた。仕事が落ち着くまで会えないのも覚悟していたけれど、クリスマス当日の今日、運良く同じ特番の歌番組に出演できたのだ。事務所からのクリスマスプレゼントだと思った。帰宅後なのでもう夜中、もはや日付も変わったただの平日だけど、私たちのクリスマス本番はこれからなのだ。
「うん、あまい。脳みそがとけたみたいな味。こっちはどろどろのべちゃべちゃで、雨の日の地面みたい」
「おいしい?」
「わるくないね」
オーエンが取り寄せた有名店のホールケーキが3つほど机に並んでいる。いや、いた。私もつついているが、もうほとんどオーエンの胃袋におさまっている。甘いものを食べているときの、ゆるんだオーエンを見るのが好きだ。愛おしい。ケーキも嬉しいけれど、ただ、この時間を過ごせることがなによりもうれしい。だって、許されているのだ。オーエンの家というプライベートな領域で、オーエンの無防備な姿を見ることを。
「なに、足りなかった? ふふ、もうあげない。これ全部、僕のだから」
私からの視線を、ケーキが足りないという訴えに解釈したらしい。本当はちがうけど、そのままのほうが都合がいい。「私が独り占めしたいのはおまえだよ」と言ったら、オーエンはどんな反応をするのかは、気になるけれど。
「かわいそうな王子様。あ、そうだ」
口の端にクリームをつけたまま、オーエンが席を立った。もこもこの部屋着で歩くのは、着ぐるみが歩いているみたいで、かわいい。去年のクリスマスにペアで買った部屋着は、お泊まりする時用として活躍している。
戻ってきたオーエンが、「それ。いらなくなったから、あげる」と渡してきたのは、几帳面にラッピングされた袋だった。
「開けてもいい?」
「好きにすれば?」
リボンをほどくと、中から出てきたのはジャージだった。どう見ても新品の。黒地のシンプルなもので、胸元に赤のワンポイントが映える。
「嬉しい! 練習着を新調しようと思っていたんだ」
「僕とお揃いなんだよ、それ。鏡に映るのを見るたびに、僕みたいな男に拘束されてる惨めな気持ちを味わうといい」
「お揃い!? どうしよう、嬉しくて、にやけが止まらなくなってしまう」
鏡を見るたびに、きっとオーエンのことを思い出してしまう。それはなんて悩ましいことだろう。今すぐにでも会いたくなってしまうのか、安心感でレッスンに身が入るのかは、実際に着てみないとわからないけれど。
「……おまえのリアクション、つまんない。気色悪いとかないの、そういうの」
「オーエンがたくさん考えて選んでくれたものだろう? 嬉しいに決まっている。そうだ、オーエンのものと並べて、写真を撮らないか? せっかくだし、みんなに自慢したい」
「は? バカじゃないの? ファンに向けて投稿する気?」
「いいだろう、友人とのお揃い記念だ」
呆れていたオーエンだけれど、気が変わったのか、いたずらな笑みを浮かべた。
「オトモダチになんて、なったつもりはないけど?」
「私はそうだと思っているよ」
「ふーん。王子様は、意地悪だね」
取ってくるから待ってて、とオーエンが席を立つ。
投稿した写真が数多のいいね、コメントを集めて、集まりすぎて若干火がついて、カインから心配の連絡が掛かってきたのは後の話だ。
「匂わせもほどほどにしろよ〜?」
「彼女と勘違いされてしまったみたいだな。安心してもらうために、今度は着た状態で2ショットをあげようと思う」
「いやまあ、それはそれでというか……」
鍵垢オタク(アーサー担)たちのツイート
ペアの練習着投稿後
「クリスマスの夜、ペアの服、匂わせにしてはあまりにも直接的すぎてもはや嗅がせ」
「女性ものにしてはサイズが同じに見える 女、モデル?」
「歌番組のあと直行確定じゃん、オタクが哀れ」
「ほんとに女ならもうちょっとうまくやるよな自担なら……」
2ショ後
「女じゃなかった」
「ほんと心臓に悪いことしないでくれ」
「信じてたよ……」
「赤と青のワンポイント、もしかして互いの目の色!? ここデキてるのでは?」
カインとオーエンのLINE
カ「今年もアーサーの鈍感さに負けたみたいだな」
カ「大変だな。めげずに頑張れ👍」
オ「うるさい。しね」