阿呆浮気現場を見てしまったみたいだと独歩は思ったが、でも浮気ではないのだろうし、相変わらず一二三は自分の事が好きだと思う。うん、先々月の夜やっぱり独歩は寝込みを一二三に襲われそっとキスをされたのだから(一二三は独歩が起きてるなどと相変わらず気づいていないようだが)。だから多分今日も今日とて一二三は独歩の事を好きだ。
愛用しているペンのインクが切れたのだ。だから独歩は近くにあったスーパーに入った。コンビニも近くにあったがなんとなくスーパーの方が品揃えが良くて安いだろうと思ったからで深い意味はなかった。
そしてそこで独歩はたまたま一二三を見た。一二三は大量に肉を買い込んでいた。どうみても二人分の量ではなかった。ン?と独歩が訝しがっている間に一二三は外に出ていった。訝しいと思わず見送ってしまった理由は2つ。買い込まれた肉の多さと、一二三があまり見たこと無い顔をしていたから。無表情だった。スーツ着用のくせに。
外はすごい雨で、一二三は乱雑に大量の肉が入ったスーパーのビニール袋を握り、左手の傘は差さずにスーパーを走って飛び出した。白昼夢みたいにそれはあっと言う間の出来事だった。
独歩は一二三にメールしようかと思ったが、きっとおそらくなんらかのサプライズ、多分独歩が見たらいけないものなんだろうなと思った。なんだか普段と雰囲気が異なったから思わずその場に踏みとどまってしまったが、すごい雨だし急いでいたんだろうと、まぁ、ぶっちゃけてしまうと独歩は一二三に対して日和った。
そして夕飯は豪勢な肉料理に違いないと願った。
しかし残念。その日の夕飯は麻婆茄子だった。翌日は、シーフードパスタ。
「おいジャリ、」
「んだよ」
独歩は公園のベンチでだらんと身を投げ出して、あまりにも怠いものだからネクタイを緩めた。
横では独歩が視界に1ミリでも入れたくないと思っている それでもおそらく知りたい情報を持っているであろう小汚い■■■■■が座っている。今回はあったか〜い缶コーヒー一本で手懐けた。
「お前最近焼き肉食べたか」
「ア?おごってくれんのか!?」
「んな訳ないだろ、食べたか」
「焼き肉ねぇ……あ、炭焼パーテイのことか!」
独歩は盛大に舌打ちした。
■■はそんな独歩の態度などものともせず
「こないだすっげー雨降った日あったろ、何時ぐらいだったかな、げんたろーから電話あって、肉あるって、んで近かったし、げんたろー家行ったらげんたろーとひふみんが七輪でサバトしてた、目イッてた。すげえ焦がしてた。責任持って俺が食った。」
「…もう喋るな聞きたくない」
「んだよ」
独歩は手にしていたコーヒーを一気に飲み干して、そして力の限り空き缶をゴミ箱に向かって投げたがそれは盛大に外れた。
「ダッせ」
「死ね」
「リーマンもごっちゃんとさゆり姐さんを見習えよ」
「誰だ死ね喋るな耳が腐る」
「告れって話なんじゃねえの、うっわ、口に出すとキメえな、青春か」
「死ね」
「へーへー。しっかしまぁ、俺の周りはなんでこう演技する奴らばっかなんだろうな。でも俺今のアンタの方が好きだぜ。」
■■の言葉に独歩は顔を顰めた。
「あの医者の前じゃいい子ちゃんだもんなお前。バトルとかで謝って来る度笑いそうになるぜ。まぁひふみんもだけど。」
独歩は■■の言葉に対しいよいよ答えずベンチから立ち上がり投げ捨てた缶コーヒーを拾い、ゴミ箱に入れ直した。
そして、■■の方を振り返り、■■に対してシンプルにごく自然に当たり前のように右手の中指を立てた。
■■はそれを見て嬉しそうに、にひっと笑ったので、独歩は相変わらず気持ち悪いな死んでくれ。と思った。
「一二三、」
独歩がそう一二三の名前を呼ぶと、一二三は嬉しそうに
「ん〜?」
と振り返った。そしてトン、とコーンポタージュが入ったマグを独歩の前に置いた。
美味しそう、嬉しい、優しい、と独歩の中であたたかな気持ちが湧き上がる。しかしやはりまだどこかカスみたいな気持ちが消化不良のまま居座ってもいる。困る。
「お前と焼き肉がしたい」
独歩はじっと一二三の顔を見てそう言った。
すると一二三はキョトン、と一瞬可愛い顔をして、そして
「今?」
とほんの少し怖い顔をした。ちょっと真顔チックな、どこか表情筋に力を込めてるような、そんな顔をした。
「今じゃなくていい」
しかし独歩は怯まずその顔を見つめ返し、その表情だって俺は知ってるんだぞ馬鹿め、とシブヤ方面に向かって思った。シブヤ方面がこの部屋からどっち方面なのかわからないが、気持ちはシブヤ方面に向けて、独歩はそう思った。
「オッケー!珍しいね!店?店だよね、どこの店予約する?個室の高級焼肉屋とか行っちゃう〜?センセーも呼んで〜」
一二三はくるりと独歩に背を向けてキッチンにパタパタ歩いて行った。
18の時、総合病院、病室の壁と同じぐらい真っ白にやつれた一二三を見て独歩は誓った。なにがあっても見守る、と。そしてそれから11年。誓いを踏み出したい日だって何度も何度も独歩にだってあった。あったが、好きだから、好きだからこそ、好きを封じてる。
でも別に浮気ではないのだ。まぁ一二三と独歩は付き合ってないので浮気という定義も違うのだろうが。近しいものだとは思うが。
今日も相変わらずいつも通りに一二三は独歩を見て笑う。一二三がほんのちょっとレアな顔を見せたところで、その顔だってぜんぶ、どれも全て独歩は見たことがある。知っている。だからたとえ明日一二三が独歩の事を嫌いになったとしてもその瞬間独歩はそれをきちんと見破る自信がある。ずっと見てきた。大丈夫。今日も相変わらず一二三の心は独歩の元にある。
しかし、ああ、大人げない嫉妬だ。これ以上欲しいのか。
『違う、雨の日に、七輪で、お前と、二人で、だって、そんなこと、やったことないだろ俺と、』
言いたいことを心のなかで言葉にしたらあんまりにも醜くて独歩は本当に自分のことが嫌になり、とにかくやはり思うことは、先生の敵だしアイツら死なないだろうかというシンプルな殺意だった。
「ああ、いいな」
と独歩がそう言えば、一二三はじゃあ早速先生にアポとんないと!と楽しそうに言った。なので独歩も一二三と同じく笑う演技をした。