くちなし〝ま、と、とりあえず書いてみてくださいよ、一度ご検討のほど〟
といなしたものの向こうも強く、はて、どないしたものかとノートの白を見ながら白膠木簓は考える。
流れ来てますしここいらで本出しましょう!とマネージャーに言われ、ええで〜と軽いノリで言ったものの、初回出版社打ち合わせ、先方が望むのは本人執筆タイプのタレント本だった。
現時点、月間雑誌の最後の方に載ってるコラム程度で、〝向こうが求めるモノ〟と〝自分がだせるモノ〟の調整 いっぱいいっぱいなのに、まったくもって困る話だ。
セキララとか、悲しいカコとか、シンイとか、本当のヌルデササラとか、そんなん読んで何が楽しいんやろか。
また出版社もなー、〝ぬるさらちゃん〟は、いらんぽいしなあ。
【何かを見い出したんのは個人の勝手・別にどうでもええけど、やからってこっちも形成してやらしてもろてんやから素直に出すわけないやろ】
vs
【いやでもここいらで作り上げてお出しした方がそろそろ年齢とキャリア、感動路線も視野に入れたほうがええんちゃう?】
と内なる自分が簓の中で戦う。
ズゾゾとクリームソーダ一口。
スマホを見るが新着通知なし。
ロックを解除すれば〝白膠木簓 おなやみ相談係 最高顧問:天谷奴零〟と電話した痕跡。
『本の帯書いてやろうか?そうだな、5万。』
……アイツには素を出しすぎたと簓はストローでバニラアイスの塊を潰した。
〝きちんと優しくていねいに〟なアフターケア期間は終わってしまって、零は今やこんな感じだ。緊急的な面でしか〝優しさていねい〟が発動しなくなっていた。もう基本何を言っても返しが雑。その点についても『すぐお金で解決しないの』と注意されてしまったのでナシのつぶて。
『ネタの作り方とかですね、ホロリと来る先輩芸人さんとのエピソードとか、あと幼少期、ご両親のお話とか、あとはこれは外せない、つ』
【なんでそんなモン大衆にお出しせなアカンねん、そもそも過去やし】
vs
【いや俺のカシコイ頭脳ならきっとイイ感じの〝ネタ〟産み出せるやろ…、】
一気飲み、手を上げておかわりを注文してさくらんぼをかじる。
チェリー…あのDM送ってきたアカウント……いやまさかな…、と思いながらぺ、と簓はグラスに種を出した。
幼少期、学生時代はまあ、テキトーに書ける。テキトーにキャラを演じていたので大人になった今どうとでも上手く脚色できる。
18、結成、東京、東都、
〝これ参考に〟と出版社の人に渡された他の芸人のタレントエッセイ本の目次を思い返しながら構成を考えてみる。
時系列方式、それともお笑い・恋愛・日常…カテゴリーごと方式、
シャーペンを握って、くるくると線を書いて、ぽんと投げたところでおかわりが来た。
……こうなれば、〝白膠木簓 癒やし/ドーパミン出力お手伝い/なんでも 係最高顧問:躑躅森盧笙〟の出番である。
スマホタップ、
「ろしょー、」
「古い言われるかもしれませんけど、やっぱ、僕は喋ってこそやと思ってるんで、今回は」
「で、…ではインタビュー形式」
「あの、やっぱし僕が書くタイプやなくて○○さんのみたいなああいう本でええと僕は思うんですけど」
「いえ、それではつまらないでしょう、」
「イヤイヤイヤ〜〜〜」
鞄から買ってきたペットボトル取り出し一口、やっぱ喫茶店のにはかなわへんなあと思いながら簓は向かい側の出版社の人を見る。
「…そういうとこ」
「はあ」
「コーヒー、お出ししているのに、それには一切手を付けず自分の飲み物をお飲みになられたとこ、……絶対、エッセイ書いてほしいんですよ白膠木さんに僕は」
「いや僕はただクリームソーダ好きなだけですけど?」
「ろしょー、褒めて」
『今スーパーで買い物してるからめんどくさい、』
「豚玉♡」
『もうレジ前や手遅れ、ア?いやそもそも来んな、明日早い』
「30分後到着予定、と」
ブツ、っと電話が切られた。
簓はまじまじとスマホに表示された盧笙の名前を見て思う、
俺だけのモンや。出してたまるか。