ナイトメアの晩餐さて躑躅森盧笙と致しましてはシンプルに普段接する生徒達とそう年端も変わらぬ少年たちやそもそもお祭りに来ている皆々様に迷惑を掛けたくなかった訳でありまして、楽しんでほしいと思ったわけでありました。
こんな時にスンマセンと謝った少年の瞳は盧笙が知っている人間の色とよく似ていた。彼が発した〝生きてくには色々必要なんスよ、〟という言い方もどこかその人間と似ていた。
まァそもそも、屋台の売り物というものは結構実はグレーゾーンだ。学校の文化祭だってそう、食べ物を作って売る生徒がみな調理師免許なんて持っているはずがない。
で、しかもよりによって屋台がオオサカ名物粉モンであった。涙目の少年の期待にも応えたかった。
が。
テレビでとりあげられるオオサカ・大阪文化なんてかなり誇張が入っている。
オオサカ・大阪の全ご家庭にたこ焼き器があるわけがない。盧笙の自宅は無いタイプ。友達も居なかったのでタコパも別にしてこなかった。
ただ誇張するのがテレビ。
芸人時代にたこ焼きというものを初めて焼いた躑躅森盧笙である。
当時、本当に困った。たこ焼きというものは給食でしか食べたことがなかった躑躅森青年であった。給食に出るたこ焼きは真っ黒い塊であった。でも給食表には〝たこ焼き〟と書いていた。…まあ たこ、入っとるし。食中毒防止とかでめっちゃ焼かなアカンのやろうな、と当時の躑躅森少年は思っていた。ちなみによく見る”いかにも”なたこ焼きを躑躅森盧笙が食べたのは18の時の話である。……中学の文化祭は『無駄』だと休まされた。高校の文化祭は休まされた&行かなかった。
だからスタジオカメラの前、困った躑躅森青年は、でも賢く記憶力も良いので、
──〝たこ焼きいうか、揚げたこ、いうか、この焼き方ヒガシのやん?そういうやり方やったん?グレてた言、……エ。…ホンマ?これ、はじめて焼いたん?エ。み、みなさーん、ここにナニワのエジソン、〟
などと変に讃えられた記憶もリミックスされ、
お祭りの熱気にもやられ、〝逆に〟や、独特な言葉センスの彼らしい命名にも嬉しく思い、楽しい素敵な思い出、
──SNSの誰かが吐いた無責任な言葉を見るまでは。
〝SNSでも買ってくれたお客さんが〟と送ってくれたメール、添付してくれたスクリーンショットが嬉しくて
エゴサ、した。
〝あの…ディビジョンで〟、〝ああいってらっしゃい〜お任せください!〟、と言われたので有給で東都、昨夜帰宅し日曜、もらったメール、追ったSNS、ディスプレイの文字、ため息。
とりあえず施錠、昼から一人酒。
多分ああいう呟きや言葉も見てて、それでもよりすぐって、良い、嬉しい言葉達を送ってくれたんやろうなあ、と優しい目の少年のことを思う。
大盛況で依頼主さんからも、と現金入りの封筒を当たり前のように差し出してくれたしっかりした少年の事も思う(封筒は辞退したが)。
白いノート、自分の文字、それでもまだまだわからない自分の事。知らない様々な事。
一人や、言い訳しよ。それでも生焼けで食中毒出るよりよかったやろ、食うた人は美味い言うてくれてたんやし、やいのやいの、現場おらんかった人間が勝手に好き勝手、
…芸人の頃、エゴサなんてするもんやないって心から思って、ずっと止めとったのになぁ。
なんで見てもうたんやろ今回。命かけてへん事やったからかなぁ、いやその言い訳は一郎君や一郎君に依頼した依頼主さんに失礼や。
缶をぐしゃりと潰して、めんどくさくなって家に勝手に置かれている瓶に手を出し、だんだんぐにゃりと曲がりはじめる視界で、待ち受け、ディスプレイの文字は〝日曜日〟
それが嫌になって、明日が仕事だということに嫌になってスマホを投げてひっくり返った。
すぅ、と深呼吸。
はぁ、と息を吐く声で目を開ければ部屋が暗かった。
億劫で顎をグイっとあげればぽわんとスマートフォンの薄明かりに照らされてる緑髪と糸目。顔の横には細い足。
あー、諸々反芻、夢?現実?
堂々と相手は当たり前のように盧笙のスマートフォンを持って操作、親指を上下、スクロール動作、無言。
……夢かなぁ、俺に目もくれんと何も言わんと、……夢がええなぁ。
「……………………お前と、給食センターが悪い」
と、盧笙が言えば忙しそうな親指が止まった。
「そ…、なん、」
間抜け顔から笑い声。
「なんで?なんで?なんでそこで給食センター、」
口に手を当て笑い続ける糸目を見て今度は今が現実だったらええなと盧笙は思った。
最近まァ何かと色々多い。バトルでもバトルじゃなくても、何かと。
エレガント(と、本人が言っていたのでエレガントと盧笙も内心そう評している)にソツなすこなす様はテレビで見る姿に近いがちょっと違う。微妙に違う。絶妙に違う。
〝過去なんてどうでもええやろ〟、というのがどついたれ本舗の裏テーマなので(と、いつかベロベロに酔った夜に決まった。いいテーマなので盧笙は覚えて信じている)四人が並ぶ姿に対してぼぉっと見ることしか盧笙は出来ないが、
『いやそこツッコむとこやろ』
『簓いま投げたやん、返さんかい』
とテレビの前と同じように心の中で茶々を入れることは、個人の意見、自由。
ゴトンとスマホが落ちる音がして顔を触られた。
「意味わからんすぎる、なんで、なんでほんまに、きゅ、給食センター、」
ツボったらしい。こんな風に笑い続ける白膠木簓なんて見れるのは、
「…お前が悪い」
頭を乱暴によじり手を払って顔を覆った。
「給食センターは悪ないん?」
「食中毒に配慮してるんや、あれは、多分」
「食、…あ、…あー!」
「うっさ…、黙れ、消えろ…、夢のくせに、いつも見てるからええやろ」
「ん?え、」
「はよ消えろ、」
盧笙は寝返りをうってはぁ、と息を吐いた。〝夢からさめるには夢の中で眠ること〟と聞いたことがある。
パン!と手を叩く音。
「現実やで」
「…この、俺の言ってる夢ってどっちの夢やと思う?」
「どりーむ」
「どっちもドリームやねん、いろんな意味があってドリームも」
「ワァ、ウィズダム英会話講座はじまってもうた」
「さめたい、」
覆ってた手を掴まれて無理に顔から退かされた。
「おはよう」
「……消えろ」
「それはできへん相談やなぁ」
目を閉じたら遠慮なく指で両の上まぶたを引っ張られた。
「おまえが悪い」
「憎まれてもなんでもえーわ、盧笙なら。」
「…お前が全部悪い」
「さよか。よかったよかった、給食センター潰すとこやったわ」
「さめたい」
「リアルやで、逃がさへん」
…あの、キラキラしている銀色のあの人やったらこういう時どうするんやろうなと、いや、思うわけないやろ、こんな夢。たこ焼きやって綺麗に焼けるのに、比較画像載せよって惨めやんけあの投稿、と、盧笙は思った。
とりあえず、あの日に戻ってやりなおしたい。
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タイトル:わくせいちゃん様