鍵細工他人が堂々と自宅の鍵を開ける不思議な光景を盧笙は見ていた。
『はい。』
と言いながら玄関のドアは勝手に開けられた。
『…はい、やなくて、』
『?』
?という顔されても、?という顔をしたいのは盧笙の方である。と、いうかしている。眉間に皺が多分寄ってる。
『ソレ、キーケース、』
『んー?ええやろ、10個収納』
『いや、…待て、開ける時無造作に選んでなかったかお前、てか、全部似てないかソレ、鍵、』
『まぁまあ』
よ、と簓はキーケースをクルッと回し横着に飛び出ていた鍵達を一気にキーケースの内側に収納した。そのまま雑に自分の靴を脱ぎ散らかしながらキーケースのファスナーを閉め、ドアを開けキッチンで手洗いうがい。
盧笙はなんだか腑に落ちない。
その日盧笙は自宅の鍵を失くした。
気づいたのはベタに家の前、顔面蒼白になりながらどこで?どうしよ、どうないする?と思った盧笙は、しっかりと施錠されたドアの前で立ち尽くした。帰路の記憶をリフレイン。が、これといって心当たりがない。鍵、シンプルなちっこいもんやし、気づかんうちにするっとどっか…学校、机の引き出しん中とか?…あー、どないしょ、小テストの採点せなあかんし…、と困った盧笙はチームメンバーに連絡した。なんでやねんと思うのだが闇雲に探すより手っ取り早い方法だった。
『んーじゃあ、駅前あたりで時間潰しとって、』
とあっけらかんな声。(ちなみにもう1人からは『ムリ、今オオサカいねえ』というメッセージとごめんねスタンプ)
で、そのうち駅前スーパー出入り口、ガードパイプに腰掛けていた緑髪と落ち合って、そのままぶらぶら歩いて帰宅、そしてふつうに開けられた自宅玄関の鍵。
盧笙はやっぱりなんだか腑に落ちないと思いながら簓の隣に立って自分も手洗いとうがいをした。
『ありがとう、というべきなんか迷う。』
『どっちでも。優しいから俺、』
『とりあえずさっきのキーケース見せえ』
『なんで?』
『なんで?』
ラチがあかんと思った盧笙は簓のかばんに手を伸ばしたがスカッとかわされた。
『確か、盧笙自身も合鍵、持っとるやんな?』
『……持ってへん、て、言うたらさっきのキーケースくれるんか』
『違うキーケースあげる。』
『ハァ!?』
盧笙の反応にケラケラ、楽しそうに笑った簓はテーブル前に座りそのままスライド、突っ伏した。
『とりあえず腹減った。』
『…。』
知るかアホ、と思ったが盧笙も腹が減っている。ずっと手に持っていたエコバックの中には二人分のお惣菜。
『恩は返せるときにさっさと返さなアカンと俺は思うで』と簓が言ったので、グ、と思ったがその通りだと盧笙も思うので、一緒に風呂に入った。
なので、簓の鞄、キーケースの中身、見れず。プライバシー?知るか、先に侵害しとんのはどっちや。
『お前何個持ってるんや家の合鍵』
と聞いた盧笙に簓は
『愛の限り』
と大変わかりにくいボケを返した。わかりにくすぎていよいよ手がつけられないレベルにイカれたのかと最初盧笙は思った。
さて無事小テストの採点も終わり、あっという間に0時前。
普段はそんな事言わない癖に『実は今日な打ち合わせ中やったけど、盧笙の一大事やから切り上げて来てんやで』と分かりやすく恩着せがましく簓が言った。『そろそろ電気消すで』と言った盧笙に対して。
グ、とやっぱり盧笙は手を引っ込め、電気煌々とそのまま、23時を越えても簓の好きなように、だっらだらとおしゃべり、ごっろごろと添い寝、ぎゅうぎゅうとくっつかせていた。助かったのは揺るぎない事実。……なので結局キーケースの中身はやっぱり見れず。多分見れへんのやろうな、と盧笙はあきらめモード。
簓の言葉に適当にツッコミながらも盧笙はスマホで【鍵 なくした 時】で検索し、出てきたWEBサイトのページを読んでいた。どのページも〝紛失した際は取り替えましょう〟という文字とともに鍵屋のサイトを紹介していた。検索8件目と12件目に出てきたページには〝鍵をなくした場合は誰かに盗まれた可能性もあります〟などとヒヤリと怖いことが書いていて、いやでも俺、男やし、26やし、なんのメリットもないやろ…と思いながらも盧笙はちょっと怖くなってWEBブラウザを閉じた。それを横で同じくうつ伏せになって一緒にサイト記事を読んでいた簓は怖いなあと楽しそうに笑った。
『でも実質問題変えたほうがええよな…、なにかあるかわからんし……相場2万円は痛い出費やけど、』
『やったら任せて、鍵屋、ツテあんねん』
『いやなんでやねん。いやそもそも、そもそもや、なんで合鍵持ってんねん、大量に』
『まあまあそれで助かったわけやし今日、そんなことより』
『〝そんな事より〟で流す、』
れ、と簓の舌が盧笙の口を舐めたので、実際それでその話は流されてしまった。
結局紛失したと思われた盧笙の鍵は職場の机、一番下、いつも通勤カバンを入れている引き出しの中に入っていた。
あ、そういえばアレや、引き出しん中で倒したような気がする鞄。やっぱキーホルダーにつけるのは心許ないかなあと盧笙は思いながら『あった』と一文、メールをチームメンバーに送った。
……──さあて、そんなこともあったな、と盧笙は約半年ほど前の事を思い出していた。
in簓宅にて。トイレを借り、リビングに戻る時にふと目に入ったある部屋のドアがちょっと開いてたのである。あいつ雑なとこあるからな、と閉めといたろ、と盧笙は善意からドアに近づいて、ドアの隙間から見えた過去の自分と思いっきり目が合った。
そこは『なんか、物置』と簓から前紹介された部屋だった。一回入ったこともある。本棚、ダンボール、ダンボールの中には台本?やファンレターなど、ごちゃごちゃ。殺風景で盧笙の目を引くものは特に無かった。
が、今はある。盧笙は普通にその部屋のドアを開けた。目が合ったかつての自分は高そうな額に入れられたパネル、宣材写真。の、前にはぱっかり空いたダンボール、古いお笑い雑誌、眩しくもどこか恥ずかしい過去の笑顔の上には、なんだか見覚えのあるキーケース。ためらいなく手に取り盧笙はファスナーを開き、出てきたぎっしり連なった同じ形の鍵、1,2…全部で9個。鍵を付けれるフック、一番端にはこれまた見覚えのあるキーホルダー。盧笙が昔百均で買って前の鍵に付けていたやつ。盧笙は今、鍵は簓にもらったキーケースに付けている。で、過去のお供のキーホルダーは引き出しに入れていた筈なのに気づいたら失くなっていた。
……もう、なんかいっそここに引っ越したろかな、と盧笙は思った。
とうに簓に対して諦めきってる盧笙である。諦めきっているので、お前これで浮気とかしたら分かってるやろな、と思うぐらいの境地なのである。最早。
思い返せば扉の開き具合が絶妙だった。
そして今、このシチュエーション、先日見た(騙されて見せられた)ホラー映画とほぼほぼ一緒である。
盧笙はリビングに戻った。
「なんかええもん見っけた?」
と簓の楽しそうな声。
「楽しいか?」
「めっちゃ楽しい。」
「それは良かった。」
はー…とため息を吐きながらぽん、とテーブルに盧笙は手にしていたキーケースを投げた。
飛び出す鍵達、しかし連なったこれらがあの時と同じ物ならもう意味はないのである。
何故なら盧笙宅の鍵は約半年前、紛失事件の3日後、盧笙が学校に行っている間に簓の手により勝手に交換され、はいこれ新しいの、と盧笙と零に配布された。ア?、えーからえーから、俺が見るに工事費用5、6万ってとこだなこの形状、まぁでも窓割られたらオシマイやけどね、ちげえねえ、いや…イヤ。
「はぁ……」
だらんと盧笙は全体重を簓の体に預けた。なのでスライド、そのまま二人ソファーに横に倒れた。
ケラケラと相変わらず簓は笑っていて、それに対してやっぱり恐怖も何も感じないので、盧笙は自分がとっくの昔に簓と同じぐらいイカれている事についてきちんと理解していた。こんな自分…、と盧笙はまだどこか自分をそう思っているのでこんなに強烈に想いを与えられ続けてズブズブ、ダラダラと、あとやはり結局のところ一緒に居て楽しいのである。困った困った。タチが悪い。
『恋って怖いなあ。』
『お前が言う?』
『盧笙のストーカーは俺以外存在し、あ〜……なんやっけ、アレ、あ、同担拒否?』
『知らねえ。』
『で、ほんまに出来んの?正気?記憶喪失?知らんけど、うまい具合に』
『出来る。』
『ふぅん、オプションで転校イベントも付けれる?』
『金次第』
『800万』
『加減知れ馬鹿、あー……半額でいい。』
『いや〜でも、ほんま、恋愛感情って怖いなあ〜』
『お前が言う?』