薄暗く、どこかじめじめとした雰囲気を醸し出す監獄の中を歩く。
外の季節は冬だろうか。夏だろうか。季節なんて最初からなかったかのように、すっかり監獄での生活に慣れてしまっていた。だけど、そんな監獄が嫌いじゃない。季節がわからないってことは、外は雪が降っている可能性だってある。極寒の世界が広がっているかもしれない。
そう思えば、監獄の中にも雪が降るはずだ。私の世界は、そうやってできている。
冬は私のすべてが始まって全てが終わった季節。
ここにいれば、ずっと冬を感じられる。空想でも何でもいい。私の世界はずっと凍ったままでいい。
「雪、ここ、案外良いところだね」
今日も私は雪に話しかける。相変わらず声は帰ってこないけれど、話し続ければ現れてくれるはずだ。最初の出会いだってそうだったのだから。
「ねえ、私赦されたみたいだよ。雪を殺した真夏の罪は赦されなかったってことだよね。当然だよ。だって真夏は私が必死に守ってきた世界を無理やり壊したんだから」
私は正しいことをした。衝動的に殺してしまったけれど、冷静になれば冷静になるほど、自分は正しかったと主張できる。
「雪を否定した真夏はもう居ないんだよ。看守さんは今回も私を赦してくれたんだよ。だからもう、出てきていいよ」
声は届いているだろうか。
周りにどんなに赦されても、自分は間違っていないとわかっていても、まだ、心から安心できないままでいる。その理由は明白だ。
「ねえ雪、私は間違ってないよね?」
私は間違っていない。そのはずだ。
真夏を殺した罪と向き合って、改めて思い出した。本当に生きるべきなのは雪だってことを。私が存在している方が間違っていることを。
私の存在理由は雪が居てこそのものなのに、そんな雪を真夏は殺したんだ。何も知らないくせに、雪を否定したんだ。
殺しが罪だとはわかっている。でもここはミルグラム。そんな私の罪だって赦される場所なんだ。
だから雪は安心して私を赦してくれていいんだよ。私を赦す雪を、誰も責めたりなんてしないから。
「雪、お願い。雪からの言葉がないと、私は救われないんだよ。雪が居ないと、私の生きている意味が無いんだよ」
看守さんが私を赦して、私が自分を赦せるようになったというのに。
雪からの赦しはまだ聞けていない。
「ふふ。雪ってば、そうやって私をからかうんでしょ? 意地悪すると怒るからね」
雪は戻ってくる。必ず。
「戻ってくるよね。だって雪は私の大親友。真夏とは違う存在なんだから」
私が作り出した友達なんだから、私が望めば戻ってくるに決まってる。
「……あ、天井を見てよ。雪が降ってるよ! ふふ、監獄でも雪が降るんだね」
気が付けば、いつか見た大雪のような、真っ白な景色が広がっていた。心なしか、さっきよりも空気が冷たく感じる。空から降ってくる雪に当たれば、ツンとした冷たさを感じる気がする。崩れていたマフラーを巻きなおす。
——ああ、冬だ。冬が戻ってきたんだ。
もうすぐだ。私はもうすぐ、大親友を取り戻すことができる。
私の世界が、私だけの氷の世界が、私を迎え入れてくれる。
自分の望まない結末なんてない世界。理想の、いつまでも溶けない空想の世界。
「いつまでも一緒だよ。雪」