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    gumineko_mil

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    【リツ】 一審

    ##リツ

     俺は、父さんが好きだった。
     過去の罪に囚われ続ける父さんを、救いたかった。
     夢の中で聞こえるのは、父さんを罵倒する自分の声ばかり。だけど、その叫びさえも、救いたかった。
    『立、立! 目を覚ますんだ』
    『うるせーよ! お前のせいで俺は、こーなったんだろ。俺の前から消えろ! 俺は……歩だッッ!』
    『違う。お前は歩じゃ、歩なんかじゃない。お願いだ立、正気に戻るんだ』
    『なんで……! なんでわかってくれねーんだよ! 俺は……俺は……』
    『立! お前は立なんだ! 俺には……立しか、居ないんだ』

     目が覚めると、青ざめた顔で俺を見つめる父さんがいつもそこにいた。
     それまでに何があったか、うっすらと記憶に残っていたものは、徐々に消えていく。今の俺はただ、父さんのことだけを考える。
    「父さん……」
    「立……戻ったのか?」
    「……はい。俺は立です。その、すみません」
    「立、病院に行こう。早くお前の病気を治すんだ」
    「……。そう、ですね。父さんが言うなら」
     父さんの望みを叶えたかった。俺は、普通の人間にならなければいけなかった。
     病院に行けば、それが叶うと思っていた。
     だけど、どこに行っても門前払い。医者たちは毎度同じことを言う。「ごめんなさい。うちでは無理です」と。演技のように見られても仕方が無いかもしれない。だけど俺は、本当に……。
     何度か転々として、ようやく治療できる病院に辿り着いた。そこで治療契約を結ぶ。父さんの望み通り、統合することを目的とした治療だ。

    「——立くんの隠している気持ちを、歩くんは代弁してくれてるんですね」
    「……え? それ、は」
    「歩くんは、あなたの一部です。あなたが思っているけれど吐き出せないことを、歩くんは言ってくれてるだけなんですよ。ですから、この治療で、元々あった状態に戻しましょう」
    「元々あった状態に……」
     歩は俺の一部にすぎない。そう言われて、違和感があった。
     でも、俺から生まれたことは事実だ。じゃあ俺は……父さんのことが嫌いなのだろうか。
     ……違う。これだけは、絶対に違う。
     この人は間違っている。俺たちを同じ存在としか見ていない。俺と歩は、違う。
     俺たちは、一人から分かれた存在かもしれない。それでも、俺たちは別の人間だ。

    (「違います。俺は歩と違って、父さんのことが、好きですから」)
     
     だけど、俺にはその言葉が言えなかった。言ったら父さんの望んだ治療を、拒否してしまう気がして。一人になることが父さんの望みなら、父さんを救えるのなら……。

    (本当に、それでいーのかよ。リツは、消えてーのかよ。自分が自分じゃなくなっても、いーのかよ)

     …………。
     俺は——。

     ————————————。

     俺は、父さんのことが好きだった。
     父さんの笑う顔が好きだった。俺を見て、安心するように笑う笑顔がすきだった。
     俺が作った料理を、美味しそうに食べる父さんの顔がすきだった。
     思い出すのは父さんのことばかり。
     いつも俺を気にかけてくれて、いつも俺の名前を呼んでくれて、いつも傍にいてくれる。
     そんな父さんのことを、嫌う理由はない。
     なのに、どうして、こんなことになってしまったのだろう。
    「父さん、夕飯ができました」
    「ああ。ありがとう、立」
     父さんは、仕事から帰るといつも通り疲れた様子で椅子に座る。そんな父さんの前に、俺はいつも通り料理を出す。いつもは向かいに自分の分も置く。だけど今日は父さんの分だけよそって置いた。この料理は、父さんのためだけに作ったものだから。
    「父さん、すみません。俺、父さんのことを救えなくて」
    「……? ああ、お前の病気のことか。気にするな。病院も見つかったし、もう少しすれば、きっと良くなる」
     父さんがスープに口を運んだところで、俺は自分の気持ちを確認するために、そして、できるだけ父さんが安心できるように笑って、言う。
    「俺は、父さんのことが、好きですよ」
     父さんは一瞬だけ手を止めて、だけどまたスープを飲み込んでから、小さく笑い返した。
    「……。ああ。わかってる。お前はそういうやつだ。俺にはお前しかいない……いつも、ありがとう」
    「…………俺のほうこそ」
    「——それと、すまなかったと伝えてくれ。今まで、肯定してあげられ、なくて……」
    「え……」
    「立の料理は、美味い、な…………完食、しないとな……」
     この会話が、父さんとの最後の会話だった。

     ————————————。

     目が覚めると俺の目の前には、首から大量の血を流している父さんの姿があった。俺が作った料理をしっかりと平らげて、テーブルの上で突っ伏している父さん。少し揺すれば、起き上がるかもしれない。そんなことを思うほどには、現実味が無くて、すぐには理解できなかった。
     だけど、手に持っていた包丁でようやく現実に戻る。料理に使ったばかりの包丁は、見惚れるほどに綺麗な赤に染まっていた。
     ——殺したのは、俺だ。
     意識が無くなったのは、もう一度、父さんの首から流れた血を見た、直後だった。


     俺には、歩の気持ちがわかってしまった。消えたくない。治療したくない。今のままでいい。そんな歩の想いは俺の想いだ。
     俺が歩と違うのは、父さんが好きだという想いだけ。
     もし、俺に過去の記憶があったならどうだったのだろう。父さんのことを好きな俺は居なかったのだろうか。
     記憶が無いことは怖くて怖くて仕方が無いのに、取り戻してしまったら、今の俺が変わってしまう気がして、怖い。変わるということは、俺達からすれば消えることと同じなんじゃないか。そう思ってしまう。俺は消えたくない。死にたくない。

     だからどうか、俺の記憶が、戻りませんように。

     ——これ以上、俺と歩の気持ちが、混ざりませんように。
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