籠鳥雲を恋う人気の失せた部屋に薄らと灯が揺れる。自分も残ると譲らない側近の女性を半ば無理矢理帰らせた後アイメリクは山と積まれた書類を前にしていた。
千年に及ぶ竜との戦が終わり、人と竜は新たな融和の道を歩み始めた。問題が全て解決したわけではないが、それでもきっともうあの不毛な戦いを続ける事はない。前に進もうと歩み出したこの国の全ての人の思いを無駄にするわけにはいかない、そう思うとゆっくり休むなどとは言ってはいられない。
立場上前にも増して卓に向かう仕事が多くなり、剣を携え戦場を駆け抜けた日々を懐かしくすら感じていた。
ふと、冒険者が自分にかけた言葉を思い出した
一緒に冒険をしないか?と
その言葉を聞いた時素直に嬉しく思った。たったひと時行動を共にした間に見た景色、雲海に浮かぶ島々や草木、生き物。自分には全てが新鮮で美しく、心に強く感動をもたらした。もっと色々な場所を見て触れて、この気持ちをもっと味わってみたい。そう思ったのは勿論嘘ではない。
ただその差し出された手を取るとこが出来ないのはアイメリク自身は勿論、冒険者だって分かっていた。分かっていても自分に選択肢を与えてくれた、それだけで十分だった。
またイシュガルドへ来た時に冒険の話を聞かせてくれと言えば冒険者はにっこりと笑って頷いた。
思いを巡らせながら雪が降る夜のイシュガルドの街を窓から眺めていると1羽の鳥が窓辺に降り立った。この雪の中飛び疲れて羽を休めに来たのだろうか、羽をたたみ風を避けるように隅に体を隠してじっとして居た。
「こんな場所で良いなら、ゆっくりと羽を休めると良い。明日にはまた飛ばなくてはならないのだろ?」
思いのままに羽ばたき思いのまま生きる。籠の鳥である自分とは違う世界に生きて、そこに自由はあれど安寧はないのだろう。そんな世界に生きている、冒険者や 彼のように…
姿を消して以来音沙汰がない1人の人物が頭を過った
彼は今何処に居るのだろうか
ちゃんと眠れているだろうか
少し前まで当たり前のように隣に立って居たその者に思いを馳せたその時、雪が深く降り続く夜の外気を閉ざす分厚い窓に何かが当たる音がした。窓辺の鳥が同時に飛び立つ。
何かが風に飛ばされて窓に当たったのだろうか、夜襲の類の可能性も考え確認の為警戒しながらその重い窓をゆっくりと開く。しかし、そこには何も………
「おい、今何時だと思ってるんだ」
聴き慣れた低音が鼓膜を揺らす、いつの間にか身に染み付いてしまった懐かしい感覚に思わず一歩窓から退くと声の主が窓に足を着き降り立った。
いつもあれ程玄関からまともに入れと言っていたのに、とか、こっちの台詞だ、とか
言いたい事は頭をよぎったまま雪のように消えてしまう。目の前の静寂の世界に溶けるような銀糸を揺らす姿があまりに美しくて。
窓辺から部屋へと飛び降りた男はアイメリクに歩み寄り顔を覗き込むとそっと親指で目元を撫でた。外の空気に冷え切ったその手は冷たい筈なのに触れられた場所が妙に熱い。
男、エスティニアンは眉間に皺を寄せて不服そうな顔を見せる。
「たまには温かい所で眠りたい気分だっただけだ」
ぶっきらぼうにそう言って勝手知ったると言うように執務室の奥へと消えて行く。
こうなってしまうともう再び書類に向き合う事など出来そうもない。取り敢えず温かいお茶を淹れよう、それから何か胃に入れられるものはあっただろうか…、家に帰った方が確実だろうか。
アイメリクは開いたままの窓を閉めて鍵を掛ける、外の空気を閉ざし1人分増えた温度が冷たい部屋を温め始めた。