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    エルリに後頭部を殴られてしまった

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    主従逆転「よいか?今からそなたが主で余が従者だ」
    その言葉に眩暈を覚える、一体何故こんな事に。


    ディオンは普段からわがままを言うタイプではない、だから望みがあるのならば何であろうと叶えてやりたいと確かにテランスは思っていた。しかし此度のディオンの望みにテランスは素直に頷く事が出来なかった。
    「公務として、では駄目なのですか?」
    「余が自ら視察に赴いたとあらばありのままを知る事は出来まい。」
    ディオンの言っている事は正論でテランスには言い返す言葉が無かった。彼はこの国の現状を知るために視察に行きたいと言った、ありのままのこの国の現状をこの目で見て知りたいと。ディオンはこのザンブレクの皇子であり民衆や部下達から崇拝にも似た信頼と敬愛を寄せられる人物である、そんな彼が公務で訪れるとあらば街を上げての歓迎が迎える事など想像に難く無い。ディオンが知りたいのはありのままだ。
    ではどうすれば、と首を傾けたテランスにディオンが提案したのが自分が変装して従者としてテランスについて行くという事だった。
    頭を抱えるテランスの横で身支度を進めるディオンはどこか楽し気で、普段決して袖を通すことの無いであろう平民の服に裾の長いケープマンとを纏い目深にフードを被る。そうしていると顔を伺うことが出来ず側から見れば正体がザンブレクの皇子だなどと誰も思わないだろう。フードの端から微かに見え隠れする柔らかな金糸にテランスは深くため息をく。テランス自身は普段と同じ様に、鎧こそは着込んでいないが貴族らしく小綺麗な身なりで腰には護身用にいつもより簡易的な剣を下げている。
    「くれぐれも」
    「分かっている」
    みなまで言うなとフード越しに蜜色の瞳が抗議する。その瞳に敵わないと知っていて、では無いのがよりタチが悪い。
    テランスはもう一度深くため息をつくと手を伸ばしフードの中に差し入れる、その手でくしゃりと整った前髪を混ぜる。きっちりと分けられていた前髪が下がり額を隠す。その顔は今よりもずっと幼く見えて、在りし日に毎日焦がれ見つめていた頃のディオンを見つめている様でどこか落ち着かない。
    露わになっていたディオンの顔をもう一度隠すようにテランスはフードの裾を下げる。
    「何度でも言うよ、ディオンは言わないと分かってくれないから」
    そう言ってテランスが手を差し出す、どこか不服そうではあるが素直にディオンはその手を取る。
    そして2人は寄り添うように部屋を後にした。

    デイオンが視察に向かいたいと言ったのは皇都オリフレムの城下町ではなく貴族やある程度裕福な平民が近寄らないもっと下層部。一見華やかで美しい国の様ではあるがもちろん全てがそうでは無い、近年は黒の一帯の広がりに土地を追われた難民達が押し寄せその混乱に乗じた野盗などにより治安の悪い場所が増えている。テランスの頭を悩ませた要因はそこにもあった。そのような場所へディオンを連れて行くというのに他に護衛もいない、護る術もこの飾りのような護身用の剣しか今は無い。彼はドミナントであり例え丸腰であったとしても容易く不覚を取るよう様な者ではない事はよく理解していたがそれでも万が一を思うと緊張が走る。
    城下町を越え郊外へと近づいていく程にオリフレムの白を基調とした街並みはやがて身を潜め手が行き届かずに崩れかけたような石造りの造形へと変わって行く。道を行く民も城下町に住む小綺麗な装いとは違いの質素な格好の者が多く、それすらも満足に手入れが出来ないのか所々痛み汚れてしまっていた。歩みを進めているうちに突き当たった建物は一際脆く壊れかけた入口や天井はそのままになっていた。崩れた天井から光が差し込み暗い建物の中を薄らと照らすと、そこには崩れた女神の像が。その場所は教会だった。
    「祈る余裕すら、無いと言う事か」
    溢す様にディオンは呟くと、そのまま崩れた教会の中へと足を進める。
    「お待ちくださ…ッ」
    「ご心配には及びません、テランス様」
    思わずいつもの様に声を上げそうになったテランスをディオンが制す。聴き慣れた声が呼ぶ聞き慣れない単語があまりに倒錯的で再び眩暈がテランスを襲った。
    教会の奥にあった崩れた女神の像はこの国にいる者ならば誰だってその姿に祈りを捧げる信仰の対象であるはずの女神グエリゴール、その像は無惨にも半身が崩れ去り足元にその首が転がっていた。ディオンは貧しさに疲弊したこの光景を、一体どの様な表情で見ているのだろうか。目深に被ったフードによりその表情は分からなかった。
    「…ッ、誰だ!?」
    咄嗟にテランスが振り返りディオンを背後に隠す。教会の入り口で何者かがこちらを伺っている。
    テランスが護身用の剣に手を添えようとした時、その手にそっと手が重ねられた。それと同時に潜んでいた影がゆっくりと姿を現す、それは小さな子供だった。
    「あの…林檎、いかがですか」
    現れた少女はこちらへ向かって両手を差し出す、手には赤い果実が。
    「とても、美味しいと思います。だから…」
    小さな手には大き過ぎるのか怯えているのかその手は震えていた。この地でこうして物を売って暮らしているのだろうか、こんなに小さな子供だというのに。相手は子供、手に持っている林檎にも恐らく危険は無いだろうがどう受け応えるべきか戸惑っていたテランスの背後から人影が前に出る。フードを目深に被ったディオンがそのまま少女の元へと近付いていく。テランスは慌ててディオンの腕を掴みそれを制止しようと手を伸ばしかけたがそれを寸前で止める。
    「…頂いても?」
    そう言ってディオンは少女の前に膝を折る、震える小さな手に自分の手を重ねる様にして林檎を受け取ると代わりに小さな袋を渡してやる。
    「こんなに…?」
    「私の主は林檎に目がなくてね、これでと仰っているんだが…足りないだろうか?」
    小さな頭を大きく左右に振ると渡した金貨の入った袋をぎゅっと握る。
    「ありがとう、これで暫くは暮らしていける」
    少女が漸く穏やかな表情を見せる。一体どんな表情で彼はそれを見たのだろうか、今日明日の暮らしすらままならない民がこの国にも珍しくないというこの現状をどんな表情で受け止めたのだろう。先程の女神の像や壊れた教会を見ていた時も今のこの光景を見ている時も、ディオンの表情は伺えない。少女を前にディオンは膝をついたまま何も言わない。
    「綺麗な髪、まるでお歌に聞く皇子様みたい」
    そう言って少女は深く被ったフードの端から覗く金糸の髪に触れる。まさか正体がバレたのかとテランスに緊張が走ったが、少女の表情は不思議そうにフードの男を見つめるだけでどうやらそうではないらしい。
    「お声も何だか安心する。何だかいつも私達を守ってくれる聖竜様を思い出すの。全然違うのに、変なの」
    「…余は、そなた達をちゃんと守れているだろうか」
    溢した声は消えそうなほど小さく、何を言われたのか分からない少女は頭に疑問符を浮かべて首を傾ける。今日見たこの光景はきっとディオンが思っていたよりもずっと悲惨な状況で、しかしそれは決してディオンのせいではないというのに彼はきっと自分を責めようとする。民に犠牲を強いず、全ての民の安寧は己が力で護るものでありそれがこの力に選ばれた者の義務であると自分の事など顧みずその身を焦がし続けているというのにまだ何が足りないと言うのだろうか。
    「…そろそろ行くよ、日が暮れてしまうから。」
    テランスがゆっくりと近付きディオンの方に手を添える。ディオンは振り返る事なく頷いた。
    少女はそんな2人のやり取りをきょとんとした顔のまま暫く見ているとふと笑顔を溢す。
    「優しいご主人様の元に居るのね、貴方」
    「…?優しい、ご主人…」
    言われるままにディオンが視線を上げると、その優しいご主人様とやらと目が合う。
    「…目が笑ってる」
    「いえ、決して…ご主人様を笑うだなんて、ふふっ」
    言っている事に反して漏れる笑い声にテランスはやれやれとため息を吐く。それでも先程までの思い詰めた様子は今はなく、穏やかに笑っていてくれるのならば…と思ってしまう辺り自分も大概なのだが。
    「さて、そろそろ本当に戻らなくては日が暮れてしまう。君も早くお帰り?」
    テランスが優しい声で少女へ語りかける、少女はこくりと頷くとその場を去った。
    「テランス、皇都に戻ったら食料と修繕の手配を」
    「は、仰せのままに」
    ディオンは少女が去って言った方を見つめたまま呟く。深く被ったケープの奥から聞こえる声は思い詰めたような沈む声でも従者のふりをして悪戯に笑う声でもなく、この国を守る責務を果たそうとする上に立つ者のそれだった。彼がこれ程まで真っ直ぐに国を想い進み続けられるのはどうしてなのだろうか。あまりに清廉潔白で、自分のことを顧みないその姿は美しくも思うが彼の身を案じるテランスはそれが時に恐ろしくもあった。どんなに守りたくてもこの手をいつかすり抜けて、この国に囚われ奪われてしまう。自分とてこの国に使える平氏ではあるが、この身が忠誠を誓うのは国ではない。自分が本当に彼の主人であったのならばなどと、言われずとも何度だって思わずにはいられなかった。
    「ディオン」
    「…?如何なさいましたか、ご主人さ…」
    真面目なテランスが最後まで“ご主人様“の続きを演じようとしているのだと勘違いして答えかけたディオンの言葉が掻き消える。テランスの両腕が強くディオンを抱き寄せる、その勢いではらりとフードが落ちる。言葉は無い、無音の時間が暫し流れる。そっとディオンが手を伸ばし慈しむようにテランスの頬を撫でると、促されるようにテランスが顔を上げる。
    「そんな顔をするなテランス。そなたは十分、余のために尽くしてくれている」
    テランスが困ったような怒っているような或いは泣きそうな…いろんな感情を瞳に宿してディオンを見つめる。
    「それでも私は、ディオンに何もしてあげられない」
    「こんなに幸せな事が他にあるものか、誰よりもそなたが余を想ってくれている。」
    暗い教会の中に差し込む光がディオンの柔らかな金糸に注ぐ、キラキラと輝いてそれがあまりに美しくて目を奪われた。
    神の使いがこのような姿だと言うのならば信じるだろう。瓦礫の中に立って尚、いやだからこそ美しいのかもしれない。彼はそういう者なのだ。
    ディオンが両手でテランスの頬を両手で包み口付ける。

    「それだけで十分だ」



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