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    tamago_dhf

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    ひめるくんが巽のシャッフルiユニットを知ったときの話。あまり穏やかではない

    #ひめ巽
    southeast

    (仮題)色褪せた思い出も、それはそれで美しいと君が言うのでHiMERUに最初にそれを知らせたのは、張本人の風早巽ではなく、同じ事務所からメンバーとして参加していた巴日和でもなく、その件についてはまったく無関係なはずの七種茨だった。
    「かぐや姫?」
    「はい! まるでお伽噺の姫君のようにわがま……いえ、自由奔放で、いつ『お迎え』が来るかもわからない、儚く美しい殿下にはぴったりです!」
    ESの四事務所横断での映画や雑誌のプロモーション企画は、HiMERUも記憶に新しい。コズミック・プロダクションからはまだCrazy:Bのメンバーしか縁がなかったのだが、いよいよ他のユニットにも声が掛ったようだ。どういう経緯かはHiMERUの知るところではないが、巴がタイアップ曲のセンターを勝ち取ったというのだから、やはりESビッグ三の一角は格が違う。ともあれ、HiMERUが口を出す立場でもないし、まあ、そういうこともあるのだなと思って適当に相槌を打った。
    「ところで、なぜHiMERUに報告していただいたのですか? 今回はCrazy:Bのメンバーも呼ばれていないようですし、お忙しい副所長のお手を煩わせるのは本意ではないのです」
    HiMERUは笑顔で問いかけながら、手渡された――というか、反射的に受け取ってしまった企画書に視線を落とす。七種の返事を待たずとも、HiMERUの問いに対する答えは「メンバー」の欄に載っていた。上から二番目に書かれた「風早 巽(ALKALOID)」という文字に、HiMERUの視線が吸い込まれる。
    「……かぐや姫?」
    「はい! まるでお伽噺の姫君のようにわが――」
    「その台詞は先ほど聞きました」
    つとめて冷静に返事をすると、七種は「失敬!」と言いながら笑みを深めた。言葉とは裏腹にまったく謝罪の気が見えないので、HiMERUは密かに舌を打つ。いたずらな嫌がらせをする人間ではないから、おおよそ、牽制のつもりだろう。HiMERUがこの世で最も憎んでいる男の情報を先に手に入れることで、七種がHiMERUたちの生殺与奪権を握っているということを、わざわざ知らせに来たのだ。もちろん、HiMERUがそのことに気が付くということすら織り込み済みだから質が悪い。
    「教えていただきありがとうございます」
    HiMERUは口角を持ち上げて、企画書を突き返す。
    「メンバーに選ばれている鳴上嵐はHiMERUと寮で同室ですから、シャッフルユニットの活動中は気を遣わないといけませんね。尤も、撮影のために寮を不在にするのであれば話は別ですが」
    後半は、鳴上ではなく他のメンバーへの願望にも近い。その言葉を聞いた七種は、随分と満足そうに頷いた。



    そうして時が経ち、「かぐや姫」のシャッフルユニット――「月都スペクタクル」での共同生活を終えた鳴上がHiMERUたちの部屋に戻ってきて数日後。どういうわけか、HiMERUは、寮の自室で風早巽とふたりきりになっていた。
    いや、決して、HiMERUが望んでそうなったわけではないのだ。HiMERUは苛々しながら足を組み替えて、たった十分ほど前のことを思い出す。
    夕方頃にHiMERUが仕事から戻ると、部屋の中には鳴上と巽がいた。テーブルに広げられた紅茶や可愛らしいお菓子から推察するに、巽はシャッフルユニットで親睦を深めた鳴上に用事があったのだろう。つまり、HiMERUはお呼びでないと判断して、適当に挨拶をしてやり過ごそうとする。しかし、それから十分もしないうちに、鳴上が部屋を出て行ってしまったのだ。鳴上が扉を引く寸前に思わず引き止めれば夢ノ咲学院で季節の行事があるとかないとかで、ともすれば、もうひとりのルームメイトである南雲鉄虎もしばらく戻ってこないだろう。それを聞いた巽が「では、HiMERUさん、今日は一緒に夕食でもどうですかな? 少し時間がありますが、ハーブティーをたくさん持ってきましたから、それまでお話ししましょう」などと人の好い笑みを浮かべるので、HiMERUは断れなかった。
    「勝手にお邪魔していてすみません」
    そう言って眉尻を下げる巽に、「本当に邪魔なので帰ってください」などと言えるはずもなく、HiMERUはできるだけ爽やかに笑う。
    「お構いなく。ここはHiMERUだけの部屋ではありませんから」
    「ありがとうございます。実は、先日のシャッフルユニットの撮影のときの写真をいただきましてな。昼過ぎまで別件で嵐さんと一緒だったので、その流れで一緒に見ていたんです」
    巽はそう言いながらたどたどしい手つきでスマートフォンを操作して、HiMERUに画面を向けた。覗き込むと、随分と派手なセットの中にいる巽が、顔の横でVサインを作って微笑んでいる。巽にしては珍しいポージングだと思うより先に、HiMERUはその衣装に釘付けになった。
    シルエットから判断して着物かと思ったが、よく見ると帯は締めておらず、羽織の下は開襟シャツにスキニーパンツ、足元はスニーカーというカジュアルさだ。鮮やかな黄緑色に濃い紫色、派手な橙色と、カラーリングもなかなか個性的で、HiMERUは思わず、目の前の巽と写真の中のアイドルを見比べる。普段は比較的落ち着いた格好をしているだけに、よくもまあ、こんな奇抜な衣装を着こなしているものだと感心した。HiMERUは巽のことをあまり、いや、これっぽっちも好意的に思っていないけれども、やはりアイドルとしては超一流だと認めざるを得ない。
    「……変わった衣装ですね」
    「そうですな。でも、十二単のようでかわいらしいでしょう?」
    「十二単? 女性の装束ではないですか」
    まっとうに返事をしてから、ふと、先日の七種の言葉を思い出す。巽が参加した今回のシャッフル企画のテーマは――。
    「ええ。俺はかぐや姫ですからな!」
    巽が自慢げに胸を張るので、HiMERUは盛大に咽た。いったいなにを言っているんだ、この男は。
    「おや、大丈夫ですか?」
    俯いて咳き込むHiMERUの背中を、巽が優しく撫でる。HiMERUはこくこくと何度か頷いて、差し出された温い紅茶を煽った。一気に飲むものではないのだろうと思ったが、背に腹は代えられない。柑橘系の爽やかな風味と共に液体が食道を滑り落ちると、不思議と気管の通りも良くなった気がする。HiMERUはほっと息を吐いて、乱れた髪を整えながら巽に向き直る。巽は胸の前で手を組んで、菫色の瞳を不安げに揺らしていた。
    「変なことを言わないでください。びっくりするでしょう」
    「すみません。まあ、俺が演じた役が『帰って』しまうわけでは……おっと、『ネタバレ』になってしまいますな。ついつい喋りすぎてしまいます」
    巽にしてはハイカラな言葉を知っているものだと感心したが、ユニットの後輩に教えてもらったのだと言うので納得した。
    「というか、なぜHiMERUがその教育番組とやらを見る前提で話を進めるんですか」
    HiMERUが笑顔でそう言うと、巽は驚いたように数回瞬いた。きっと、HiMERUが巽の晴れ舞台を見ない可能性など、思い当たりもしなかったのだろう。そもそも考えることすらしなかったのかもしれない。HiMERUは巽のそういうところが嫌いで、しかし、そうやって他人の性善を素直に信じる哀れな美しさを、いつまでも失わないでほしいと思っている。
    巽は、しばらくHiMERUの顔を見て考え込んでいるようだったが、突然、春の風が吹いたように表情を緩めた。いかにも聖人然りとした、慈しむようなまなざしで見つめられると、どうも居心地が悪い。
    「……なんでしょう?」
    「いえ、少々驚いてしまって。HiMERUさんが番組をご覧にならないかもしれないなんて、考えもしませんでしたから」
    予感が的中して、HiMERUはため息を吐く。
    「随分と自惚れているのですね。羨ましいです」
    「自惚れ、ですか。……そうですな、俺は未だにHiMERUさんのプライベートについてはあまり存じ上げませんけれど、アイドルとしての君のことは、他のひとよりよく知っているつもりです」
    わかり易く皮肉を言ったつもりだったのだが、まさか気が付いていないのだろうか。生真面目なわりに要領を得ない返答に、HiMERUは顔をしかめた。苛立ちを露にすればさすがに伝わると思うのだが、しかし、巽は表情一つ変えずに続ける。
    「君が、同室の嵐さんや、事務所の先輩の日和さんの仕事をチェックしないとは思えません。HiMERUさんは昔から、どんなに忙しくても、他のアイドルや共演者のことをよく見ていたでしょう? HiMERUさん自身の魅力を損なわないままで相手との調和をはかって、完璧なステージを幾つも作り出しました。君はそうやって努力して、当時のコズプロでいちばんのアイドルに――」
    「わかったような口を利かないでください!」
    「っ!?」
    HiMERUが叫ぶと同時に、がちゃん、と大きな音が鳴る。つい一秒前まで巽が手にしていたティーカップが、あちこちに紅茶を撒き散らし、フローリングの床の上で無様に割れた。驚きのあまり零れ落ちそうなほど大きく見開かれた菫色の双眸には、怒りで歪んだHiMERUの顔が映っている。巽の唇から漏れる息がHiMERUの肌を湿らせて、そこで漸く、HiMERUは、衝動的に巽の胸倉を掴んで引き寄せたことに気が付いた。途端にHiMERUも巽と同じくらい動揺して、鼻先が触れそうな距離で真っ直ぐ見つめ返す。
    当然ながら、巽の顔をこんなに近くで見たのは初めてだった。かつてHiMERUが憧れたアイドルは、劣等生という烙印を押されてもなお美しい。額を撫でる青磁色の髪は艶めいていて、菫色の瞳は凛として透き通っていた。白くきめ細やかな肌の上で踊るふたつのほくろが愛おしいものに思えて、たとえば、これがドラマのワンシーンであれば、どんなによかっただろう。


    続くといいな
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