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    ミラプト/とりあえず途中まで載せる
    続くかはわからない
    調整甘いので気が付いたら直してくやつ

    インディゴに沈む その日は、酷く蒸し暑い日であった。


     「俺さぁ、お前の事、案外好きかもしれねぇわ」
     不意に投げ掛けられた薄っぺらい響きの混ざった言葉にクリプトは一人、瞠目する。
     だが、それを悟られるワケにはいかないと、覗いていたセンチネルに取り付けられた四~八倍スコープから目を離した頃には、既に普段通りの冷静さを取り戻していた。
     【APEX】を一度でも観戦した事のある人間にしてみれば、特に印象深く頭に残るであろう【クリプト】というコードネームからはイメージし難い白いジャケットを纏い、さらに正体を隠すように何枚も衣服を重ね着した最奥に確かに存在している日に焼けぬ背中をジワジワと伝う汗が湿度の高さを物語っている。
     惑星ガイアにあるストームポイントは、天候の安定しにくいエリアではあったが、基本的には亜熱帯らしく高い温度と湿度をしている事が多い。
     そんな温度と比例する強い日差しを避けるように巨大な木の根元、広げられた枝葉の影が風によってその形を変える最中で、クリプトはようやく隣にしゃがみこんでいるミラージュへと視線を投げると、いかにも"くだらない"という気配を滲ませて声をあげた。
     「……気味が悪い事を言うな」
     「気味が悪いってなんだよ、せっかくこの俺が褒めてやったってのに」
     プシュ、と気の抜けた音を立ててあっという間に使用済みになった注射器を傍の草むらに投げ捨てたミラージュは、トゲのある言葉の割には機嫌良くそう囁く。
     その注射器は先ほどクリプトがミラージュへと放り投げたばかりの物だった。
     ミラージュの背後には目に眩しいくらいのオレンジ色をした拘束変形リングが迫っており、少しでも触れたならヘルスを笑えない程度には削り取る威力を宿している。
     どうにか息を切らしてリングを走り抜け、辿り着いたこの木の根本の先には、クリプトがスコープ越しに確認したのみではあったが、まだ敵影は見えなかった。
     「お前の褒め言葉は何かしてやった時にしか飛んでこないからな。信用度が低い」
     「逆に俺が何も無い時にお前を褒めたら、それこそ気味悪がるクセに」
     「……うるさい奴だな。回復が終わったなら、周囲を見ておいてくれ」
     クリプトはそれ以上の問答は不要とばかりに掲げていたセンチネルを背中へと戻すと、代わりにジャケットのポケットに手を入れ込み、握り慣れたドローンのコントローラーを取り出した。
     そうしてセンチネルと引き換えに空へと放り投げたドローンへと接続を行い、草木の合間からコマンドセンター付近にあるバナーを探しにドローンを操作し始める。

     ミラージュ、クリプト両名と共に戦っていたバンガロールは、迫り来るリングに呑み込まれ、途中で倒れ伏せてバナーと化してしまった。
     蘇生をするにしても、バナーを拾うにしても、時間が足りなかった為、目だけで先へ行けと合図をしてきたバンガロールを置いてクリプトとミラージュは必死に足を動かしてコマンドセンターとザ・ウォールの中間に位置しているリフト際の草木が繁る高台までどうにか辿り着いた。
     他のアリーナであるキングスキャニオンやオリンパス、ワールズエッジに比べてストームポイントは戦闘エリア自体が広く取られている。
     その為、移動に使えるグラビティキャノンやトライデントの数も多く、物資が豊富な降下しやすいエリアが隣接しているのもあって、一度戦闘が起これば音を聞き付けて敵が集まってくるのはある意味、必然であった。

     今回のトリオ部隊のジャンプマスターであったクリプトの中で、初動で降りた発射台にて戦闘になったのは予定通りではあったものの、思った以上に決着が着くのが遅かった上に、音を聞き付けた複数の別部隊がさらに追撃をしてきたせいで、ザ・ウォール側へと寄ったリングの縮小に間に合う程の注射器や医療キットを各々が充分な数を確保するのが難しかった。
     その為、背後から迫るリングとのそれこそ死に物狂いの追いかけっこと相成ったのだが、そんな事よりもクリプトにしてみれば隣に居るミラージュから先ほど告げられたからかいまじりの言葉の方が余程、心臓の脈を速めるのにクリプト本人もとっくに気がついていた。

     海の波間をまっすぐに飛ぶカモメのように、白いドローンがバナーの前まで飛翔し、そこに表示された部隊数を確認する。
     そこに書かれた数は三。
     残り四部隊となったのはアナウンスやミニマップにて示されており、残った人員の数は十一となっている。
     つまり、クリプトとミラージュの部隊だけが一人欠けている状態であるのが確定してしまった。
     『ここに三部隊居る』
     そこまで状況確認を終えたクリプトは、ミラージュへと報告しがてらドローンとの接続を解除する。
     目の前を覆うグリーンのホログラムスクリーンが端から消失していく前に、想像していたよりも遥かにミラージュとの距離が近い事を理解し、視線をさりげなく横へと向けた。
     しかし、ミラージュはからかってやろうという風な顔をしているのではなく、寧ろ真剣な表情でクリプトに言われたように、周囲を警戒しているらしい。

     普段は無駄だと思うくらいに開かれる唇はキュッと閉じられ、長い睫毛の下にあるヘーゼルの瞳は真剣な眼差しで周囲へと視線を巡らせている。
     ゴーグルの取り付けられた額と高い鼻梁が汗のせいかテカリを帯び、長い前髪を鬱陶しそうに払った指先は走っている途中で拭いきれなかったらしい血と泥で僅かに汚れていた。
     絵画のような、とはいかずとも、戦士としての野生み溢れる美しさがそこには確かに存在しており、クリプトはそんなミラージュの横顔を伝う一筋の汗が、そこから立ち上るどう考えても芳しいとは言えぬ匂いが、瞬間的に自身の精神を濁らせかけるのを否定するように声をあげる。
     「ドローンとの接続を解除した」
     その声にミラージュがクリプトの方を見る前に、クリプトはミラージュの腕を肘で押し込みながらドローンを回収して背中のホルダーへと収納する。
     近い、というのを言外に示されたミラージュは少しだけその身をクリプトから離しつつも、持っていた三倍スコープの取り付けられたランページの銃口を下げて閉じていた唇を開く。
     そのタイミングで、ザ・ウォールの奥側の建物で戦闘が始まったのか、はたまた遠距離でのスナイパーの撃ち合いなのか、複数の銃声が響いた。
     「敵はみんなここに居る感じだよな? そんでもって、俺達は人数不利だ……あぁ、言わなくたってお前の言いたい事は分かるぜ。『残り三部隊になった時点でハイドしながら残り部隊がぶつかるのを待つ、必要なら俺様最強のEMPをぶっぱなす』……だろ?」
     「あぁ、少しは賢くなったみたいだな、小僧。ただ、その下手くそな声真似とセンスのないセリフは評価出来ないが」
     「評価されるなんざ思ってねぇよ、そもそもお前に評価されたって嬉しくなんかねぇし……それこそ、自分の事をか、……か、……まぁいい。それよりも、どこに敵が居るかは分かったのか? ギークなおっさん」
     「近くには居る筈だが、撃ち合っている部隊以外はハイドしているのかもしれないな。またドローンを飛ばしても良いが、場所がバレるのは避けたい」
     「んじゃ、リング際ギリギリで待ってからゆっくり移動って感じか」
     ザ・ウォールのエリアに存在している建物のどれか一つを取得出来ればそこからドローンを操作しても問題は無いだろうが、どうしても今はミラージュとクリプトは二人きりである事を考えれば、ドローンでの索敵はヘイトを買いやすく、無意味なタイミングで行うべきではない。
     人数が不利な場合は何よりもまずは痕跡を残さず、かつ、敵に自分達の位置を把握させない事。
     特にブラッドハウンドとシアという索敵に特化した二人が各々編成された部隊がまだ二つとも残っているらしい事を考えれば、こちらが二人部隊だと気が付かれた時点でどちらかの部隊に早々に詰められ潰されても可笑しくはなかった。
     クリプトがそこまで考えているのをミラージュが察しているのかはクリプトには予想もつかない事ではあったが、少なくともミラージュという男は口の軽さだけでここまで生き延びたのではないのは、クリプトもよくよく知っている真実なのは間違いなかった。
     「なぁ、クリプト?」
     もう一度センチネルに取り付けたスコープを覗き込み、ザ・ウォールにある建物のうちの二つの屋根上で撃ち合う人影を見張っていたクリプトの横でミラージュが囁く。
     生ぬるい空気をかき混ぜるどこかあまやかな気配を宿した声に、クリプトは顔を上げる事無く、肩に当たるスナイパーストックの重みだけを感じ取っていた。
     「もしも今日、チャンピオン取れたら俺の店に飲みに来いよ。お前、最近いつもに増して付き合ってくれねぇだろ? ……パスも寂しがってる」
     パスファインダーが? そんな話は一度たりとも本人から聞いた事が無いが、とクリプトはそう言いかけて喉奥へとその言葉を押し込める。
     可変式のスコープの倍率を無意味に変化させては、恐らくヒューズらしき人物の輪郭をなぞったクリプトは、足元にある草むらが履いている黒いパンツの布地越しに擦れる感覚に不快さを感じていた。
     人数差も、位置取りも、何もかもが不利なこの状況下でチャンピオンを取るのは中々に難易度が高い。
     それでもなお、ミラージュがそんな提案をしてきたのは、そのくらいの大判狂わせが無ければクリプトがミラージュと共に飲むという選択肢を選ばないだろうと察していたからだろう。
     それは概ね間違いではなく、クリプトは確固たる意思を持ってミラージュとの接触を必要最低限に止めていた。
     けれどこうやって同じ部隊になってしまうのは、クリプトの意思ではどうしようもない運命であり、すぐ隣にて、まるで犬のように構われぬ寂しさを振り撒く男を切り捨てられる程にはクリプトは非情には成りきれない。
     そもそも、ミラージュという人間はミラージュ自身が想像している以上に、クリプトという存在を何度も救っていた。
     「……勝てたらな」
     ポツリと落ちた呟きをミラージュが拾い上げる前に、クリプトは持っていたセンチネルの銃口の位置を整える。
     数百メートル先、スコープの中でユラユラと陽炎と人影が揺れてはクリプトの網膜へと投影され、その影に誘われるままに引き金にかけた指先を動かす。
     他の銃よりもいっそう独特な発砲音と共に射出された弾丸は、大きく狙いを外れて誰も居ない建物の屋根へと一発の弾痕と空の薬莢だけを残して落ちた。







     肌の上を滑るぬるい湯がこびりついた血と土を流し去っていく。
     頭上から降り注ぐシャワーを敢えて顔をあげて顔面に直接当てたクリプトの頬についていた筈の傷は、優秀な衛生兵の治療によって殆ど跡も残らず消え去っていた。
     その他にも最後のリング内での戦いで放り込まれたテルミットグレネードによる足先から脛まで広範囲に渡ってついた熱傷も、僅かな凹凸と赤みを残すのみですっかり塞がっている。
     このゲームに於ける怪我など、骨や内臓にまで到達しなければ大した事は無いのだとクリプトが理解に至ったのは随分と早い段階であった。

     備え付けのラックに置いた持ち込みのボティソープを掌へと押し出し、頭から一緒くたにそれを纏わせたクリプトの水気を帯びた肌の上に無臭の泡が伸びていく。
     頭も身体も洗えれば構わず、何を使っても同じだろうと一番洗浄力が高く、匂いの無い物をクリプトは特に好みでもなく使用していた。
     過去に自分のシャンプーを忘れたから貸してくれとクリプトに頼んできたミラージュは、『そんな物で洗っているのか』と半ば呆れるような顔をしていたが、だったら忘れなければ良いとクリプトはその時に言い返すのも面倒になり、黙ったままそう考えていた。
     適度に泡を纏わせ、金属デバイスの埋め込まれた手でラックから取ったボティタオルでサッと全身を洗い終え、すぐさまシャワーを浴びる。
     クリプトにとって、裸体でいるというのは酷く無防備で恐ろしい事に思えるのもあって、極力【ゲーム】内施設でのシャワーの使用は短時間で済ませるようにしていた。
     自分のセーフハウスに戻ってもう一度必要なら、再度シャワーを浴びればいい。
     クリプトはその思考通りに無意識に行動を進めていく。

     全身の泡を流し終え、ボティタオルも洗って水気を絞ったクリプトは、シャワーの栓を締めてからブースの扉を開いた。
     水捌けの良いブルーのタイル地の上をヒタヒタという音を立てて更衣室の方へと向かえば、何故か更衣室とシャワーエリアを区切るドアの横に腕を組んで凭れているミラージュが立っている。
     湯気がドアの方に向かう程に更衣室の方向へと吸い込まれて、ヒヤリとした冷気がドア周辺を包み始めていた。
     わざと時間がかかるだろうミラージュのシャワー時間と重ならないように、施設内で姿を眩ませ待っていたのに、とクリプトは内心舌打ちをするが、このまま立っているワケにも行かずにゆっくりとミラージュの方へと向かう。
     ドア横に立ったままのミラージュは既にシャワーを終え、私服である黒のシャツと白デニムへと着替えており、あれだけ乱れていた前髪は外に出ても違和感の無い程度には整えられている。
     クリプトがそこまで近付いていないにも関わらず、フワリと香る甘くもスパイシーさを感じられる香水の匂いが嫌味な程に全て似合っていて、今度こそクリプトは舌打ちを洩らした。
     「帰ったんじゃないのか?」
     「お前こそ、なんで消えちまったんだよ。散々探した……ってか、みんなに聞いて回る羽目になったんだぞ」
     「消えたワケじゃない。急な仕事の連絡が入ったんだ」
     「……お前のブースにも居なかったのに?」
     そんな所まで探しに来たのかと、ミラージュの行動力に驚く。
     仕事の連絡なんて嘘であったが、そう言えば納得するだろうと踏んでいたクリプトは一瞬だけ息を詰まらせた。
     そうして、ポタポタと拭ききれていないクリプトの髪の先から雫が落ちる。
     ミラージュが開け放ったままのドアからは、今度は更衣室内の空気が入り込み、靄がかっていたシャワーエリアはすっかり澄みわたっていた。
     そんな場所に一人佇むクリプトの全身をミラージュのヘーゼルの瞳が上から下までサッと往復したのを感じ取り、戦いの後に残りがちな興奮とはまた違った重い感覚が腰へと宿りつつあるのを察して、クリプトは持っていたボティタオルをさりげなく下腹部へと動かした。
     こんな場所で待ち構えるなんてマナー違反じゃないのか、とそう言いたくなる気持ちをクリプトはグッと我慢してそのままミラージュの横を抜けようと足を動かす。
     「なぁ、飲みに来いって。パラダイスラウンジが嫌なら他の店でだっていい」
     「チャンピオンが取れたらって言っただろ」
     しかし、ミラージュの横を通り抜ける前に湿ったクリプトの腕をミラージュの指先が掴んで引き留めていた。
     【ゲーム】の結果としては、二人だったのにも関わらず二位という悪くはない結果だった。
     計画通り残り三部隊になって、敵同士がやりあうまでハイドしていたクリプトとミラージュは残り二部隊になった瞬間にEMPを撃ち込み、残り一部隊を急襲した。
     だが、相手は誰も欠けていなかった上に、そこまでのダメージも受けておらず、妙にエイムのブレたクリプトの方が先にダウンを取られてしまい、残されたミラージュはアルティメットを使用して善戦したものの勝つ事は無かったのだった。
     自分が先にダウンしてしまったという負い目があるが、それに関してはそもそも二人なのだから仕方がないとクリプトは考えていた。
     先に施設に戻っていたバンガロールにも、二位までいけただけでも充分だと二人揃って慰められたくらいだ。
     だから、チャンピオンが取れなかったのはわざとじゃない。

     「そうだけどさ、……いや、……そうじゃなくて……」
     「俺達は二位だった。それだけの話だ」
     だから離せと言う前に、ミラージュの指先の力が籠る。
     痛みは無いが、簡単には振りほどけない程度のそれにクリプトが眉をしかめたのに気が付いているらしいミラージュは、それでもなお腕を離すことはしないまま辿々しく言葉を発した。
     「そんなつれない事、言うなって……あー、……その、……俺達は"友達"だろ?」
     ミラージュの言葉に下腹部の奥でとぐろを巻いていた筈の熱が瞬時に酷く冷たいものに変化して、クリプトの背をうっすらと撫ぜる。
     そうだ、俺達はただの友達だ、とクリプトは自分自身の囁く声を聞いた。
     この身に宿りかけた熱も、今日は余りにも蒸し暑かったからその熱がまだ残っていただけ。けしてそれ以外の何物でもない。
     「……分かったよ……本当に仕方のないガキだな。とりあえず着替えくらいさせてくれ。このままじゃ風邪をひく」
     「! よっしゃ、パラダイスラウンジでいいな? お前が着替え終わるまで待ってるからな、逃げようなんて考えるんじゃないぞおっさん」
     「……逃げねぇよ」
     ようやく離された腕に、僅かについたミラージュの手の形はすぐに弾力のある皮膚によって跡形もなく復元される。
     なに一つだって残りはしないその痕跡が嫌に煩わしく感じられて、クリプトはニコニコと太陽のように嬉しそうな笑顔を浮かべたミラージュに気が付かれぬ程度に緩く奥歯を噛み締めていた。

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