箱庭の鳥達 カーテンで仕切られた窓の向こう側。
パタパタという軽い響きを奏でながらガラスを叩く雨の音が聞こえる。
ソラスでは余り雨は降らない。基本的には水が枯渇していて、痩せた土地ばかりが目立つ砂漠の星だ。
ただ、そんなソラスでも忘れた頃に空が泣き出す時があった。
雨は嫌いだ。
普段なら干せば昼前にはカラリと乾く洗濯物も、室内で湿り気を帯びて、エアコンの送風口から吐き出される冷たい風にその裾を揺られてばかり。
買い物にだって行きにくいし、出たら出たで靴裏やパンツの裾が濡れもする。今日は買い物に行かなくとも、有り合わせの食材でなんとか間に合うだろうが。
そんな事を考えつつ、そういえば今、何時になったのだろうとボンヤリとした視界の中で置き時計の光る文字盤を見遣る。
そこには左真横を指す短針と、右斜め下辺りを指している長針が見えた。
別に今日は【ゲーム】も無いオフだから、いくら寝ていたって良い。しいて言えば、夜にパラダイスラウンジに顔を出す予定のつもりだった。
けれど、いつもならとっくにダルい身体を持ち上げて、二人分の洗濯物で埋まった籠を空にする為に動き出している時間だった。
雨は嫌いだ。
眉や鼻についた傷だけではなく、身体のそこかしこにある古傷が痛む。
【ゲーム】でついた傷もあるし、子供の頃にバカをやってついた情けない傷もあった。
どちらかといえば、【ゲーム】でついた傷の方が今は多い。
その傷のひとつひとつの原因を覚えていられる程に記憶力は良くないが、それでも一際大きく残っている傷の理由は大体思い出せた。
フラググレネードを踏み抜いて吹っ飛ばされた痕だとか、店で暴れる薬中を追い出す為に負った傷だとか、俺が誰なのか分からなくなって混乱した母さんに、怯えた目で投げつけられた花瓶が当たった場所だとか。
そういったモノの記憶が、雨音と共に少しずつ滲み出しては、ジクジクと膿んだ火傷を我慢する時のように胃を苦々しい液で満たしてくる。
今すぐに泣き出してしまいそう……だとか、そこまで感傷的な気分になるのではない。
ただ、もう消える事が無いくらい皮膚にこびりついた傷口の深さを、上手に忘れられていたのにも関わらず無理矢理思い出させられるのが苦痛だった。
隣で起きている筈なのに、身動ぎすらしないクリプトの方へと目を向ける。
コイツも雨が苦手なのだろう。
そういう話をしなくとも、互いに雨の降る日は起き出すのが遅いからだ。
元々クリプトがオフの際に起きてくる時間は遅いが、そういう気だるげなのとは違う。
何かを噛み締めているように、それとも、腹の奥底に押さえ付けている"怒り"を外に出さないように。
そんな様子のクリプトは、眉をしかめて雨の降る外を睨みつけている。
復讐するべき相手がそこに立っているのだろうかと、そう思うくらいに鋭い視線だった。
――――俺達は、雨が嫌いだ。
忘れたくて、常に隠したがっている傷口の表面を、その雨粒がふやかして生乾きの傷へと変えようとしてくる。
グレネードを踏んだ時、確かに感じた死への恐怖と、安心感。
薬中の荒くれ者と揉み合う俺を見て、『これは賭けになる』と笑っていた当時の友人達。
混乱する母さんに、鎮静剤を打ってからこちらに振り返った医師の哀れんだような瞳。
皮肉な事に、それらが起こった日は全部、ソラスにしては珍しい雨の日だった。
未だに窓の外を睨みつけているクリプトへと手を伸ばす。
そのままその窓から視線を外させるように自分の方へと抱き寄せれば、俺の顔を見たクリプトはしかめていた眉をほどいて抱き締め返してきた。
その胸元に顔を埋め、今までその理由を問うた事はないが、クリプトの背中に複数ついている鞭痕へ衣服越しに手を伸ばす。
同じように俺の頭や肩を撫でてくるクリプトの手は少しだけかさついていて、冷たかった。
軒下で寄り添う小鳥のように、この箱庭めいた部屋の中で二人、息を潜めて雨が過ぎ去るのを待つ。
ひとりならば耳を塞いでいた両手も、ふたりならば、少なくともコイツの辛さを紛らわせてやれる。
こうして分け合うぬくもりが、仮にその場しのぎだったとしても、それならばそれで悪くは無いと思えた。
未だに窓の向こう側では雨音がする。
さっさと止めば良いんだと、クリプトの身体を抱き締める力を強める。
その分、肩を撫でてくる力を少し強めたクリプトを慰める為に、出来るだけ優しくその背を擦っていた。