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    凛潔/子供じみた癇癪起こす凛と受け入れる聖母めいた潔

    ストレイシープ 右手の中にあるスマートフォンが微かな振動と共に通知ライトを光らせる。
     その振動に落ちかけていた瞼を開くと、ぼやけていた視界が次第にクリアになって、尻の下にある冷たい床の固さに舌打ちをした。
     誰からの連絡かなど、わざわざ見なくても分かる。
     だからこそ画面を開く気にもなれず、力の抜けた身体をさらに壁に預けた。
     正直な所、久々にやってしまったという自己嫌悪の方が先立っているし、あれからどの程度の時間が経ったのかもわからない。ここまでの衝動はあの日以来だ。
     何故なら物に当たった所で何一つ解決にはならず、まさしく"時間の無駄"だとあの日に学習していたから。
     激しい怒りがおもむくままに破壊衝動に身を任せるくらいなら、その分、フィールドという名の戦場で敵を破壊した方がよほど効率良く成長出来る。
     破壊されきった品々を片付ける時の虚しさは余計に自分をみじめな気持ちにさせるが、モブ共が目の前で何も出来ずに落ちていく様はそれよりかは悪くないからだ。
     その上で、思い切り蹴りつけるなら、トロフィーよりも蹴り慣れたボールの方が良いというのもあった。
     試合の時とは比べ物にならない泥のような不快感に満ちた疲労がべったりと身体にまとわりつく。
     今日は丸一日オフだと朝方まで内心少し嬉しく思っていたのが遠い過去のようだった。

     相変わらずしつこく鳴り響いていた着信を無視し続けていると、その振動はやっと収まった。
     しかし、代わりに玄関からガチャガチャと鍵を開ける音が聞こえてきて、また舌打ちをこぼす。
     アパルトマンのフロントに居るコンシェルジュは家主である俺よりも奴との方が馴染み深いから、説明を受けて通してしまったのだろう。
     鍵なんて渡さなければ良かったと今更ながら思うものの、『絶対に向こうが来るべきだ』という傲慢さが顔を出した。
     大体、なんで奴の告解を聞きに俺が出向かねばならないのか。それこそ"時間の無駄"だ。
     廊下の方から玄関の開く音と共に、やかましく聞こえるくらいの足音が真っすぐにこちらへと近づいてくる。
     そうしてリビングへと通じるドアが開かれたのと、申し訳無さそうな声が聞こえたのはほぼ同時だった。
     「お邪魔しまー……あ、……あーあ……」
     「なにしに来た」
     「……お前、怪我はしてないの」
     頭頂部から跳ねる双葉に似たアホ毛が特徴的な髪形。その下の間抜け面の中央にある瞳が部屋中をザッと見回す。
     こちらの問いなどまるで聞こえていない風にそう言った潔は、勝手に自分の物にしている客用スリッパを時々床から浮かせながら、恐る恐る近づいてきた。
     慌てていたクセにちゃんとスリッパを履いてきたのは、コイツにしては良い判断だっただろう。
     何故なら、普段は整理整頓を心掛けているこの部屋は至る所に細かなガラス片や、紙の屑、飲もうとして淹れた筈のコーヒーや朝食が撒き散らされていたからだ。
     「ガラスとか結構色んな所に飛んでんなぁ……掃除機で全部取りきれっかな?」
     能天気に小さくそう呟いた潔に苛立つものの、改めて問われたのもあり、自分の状態を無意識に確認する。
     怪我をしているかなんて気にも留めていなかったが、そう聞かれれば何となく左手が痛い。
     一瞬だけ視線を左に走らせたのを目敏めざとく見つけた潔は、ジャリ、とガラスを踏みつけて俺の前まですっ飛んできたかと思うと、その場でしゃがみ込んだ。
     「手、見せろ」
     「……いやだ」
     「いやじゃない」
     しゃがんだまま手を伸ばしてくる潔を拒否する為に軽く頭を振って、青い瞳を睨みつけた。
     でも同じくらいに強い光を灯している潔の目と視線が絡んで、その間にあっさりと両手で左手を掬い取られる。
     強く握りしめた左手の甲には恐らく壁を殴りつけた際にでも出来たのだろう擦過傷さっかしょう
     それからクルリと返された掌を導かれるようにゆるりと開けば、立てた爪によってにじんだ血と、投げ捨てられなかった銀色の輪がひとつ。
     既に乾いている血がついた傷口を撫でた潔の左手薬指には全く同じものがはまっていて、それは俺の物とは違って嫌に輝いていた。
     「ごめんな、凛」
     「死ねよ、潔」
     飛んできた謝罪に、すぐさま恨みの籠った言葉をぶつける。
     労わる手付きで俺の掌を撫でて、指の一本一本の動作を確認してくる潔はこちらの暴言なんて気にもしていない。

     一つだけの出来事ならば良かった。それならここまで揺らがずにいられただろう。
     けれど、早朝のニュースで出た兄貴のインタビューで『今一番注目している選手は?』という問いに迷わず『潔世一』と答えた後、何故か俺の事にも言及したインタビュアーに向かって『さぁ? 今は興味がない』としか答えなかった姿。
     そうしてその後すぐに出た『あの潔世一と有名女優Nの熱愛発覚!?』というくだらない特集の連続に、俺の頭のネジは驚くほど一気に吹き飛んでどこかに行ってしまった。
     持っていたマグカップや食器やらを床に叩きつけ、リビングのテーブルに置いたままだった書類は一部も残らず紙屑と化し、問題の人物に【とっとと死ね】というメッセージを送りつけた辺りでエネルギーが尽きたのだ。
     自分でも柄では無いと分かっていて渡した指輪だけは投げ捨てられずに。
     「指は大丈夫そうだな。足は? 怪我してない?」
     「してねぇ。お前ホントにムカつくな……他に何か言いたい事はねぇのか? 無いなら死ね、むしろ殺してやるよ。今すぐ、ここで」
     「それは無理。だって死んだらお前とサッカー出来ないし、凛がひとりぼっちになっちゃうだろ」
     「……くそが……」
     「……うん。ごめんな。ちゃんとマネージャーさんに訂正記事出してもらうように頼んであるから」
     穏やかな顔で掌の傷を確認していた手の片方を頭に伸ばしてきた潔は、ゆっくりとそこを撫でてくる。
     青い監獄ブルーロックに居た時なら簡単に振り払っていた筈のその甘やかす指先が、髪から滑り下りて、頬に触れてくる感触がした。
     元々温かい潔の手は、いつも以上に熱くて湿っている。
     よくよく見れば髪もぼさぼさで、着ているグレーのトレーナーは裏表逆だ。そのくたびれた姿に思わず壁にかかっている時計の針を確認した。
     ドイツからフランスまでの所要時間は約三時間で、コイツはメッセージを出してから四時間もかからずここに居る。
     その事実を当然だと思っていたが、どこかで来ないかもしれないと思っていた己の疑念が打ち消された事への安堵の気持ちも確かにあった。
     「凛。ギュッってしていい?」
     「……うぜぇ、いちいち確認してくんな。ぬるいんだよ。お前」
     「そーかも」
     向かい合った潔は柔らかく笑って、頬に触れていた手が動く。
     脇の下から両腕を通し、胸元に潜り込んできた潔の手の熱さが背中をさすっていく度に衣服越しに伝わる。

     こんな風に己が弱くなっていくのが心底嫌で仕方がない。
     メッセージを送ったのも、指輪を放り出せなかったのも、子供じみた癇癪かんしゃくを起こしてコイツが来るのを待っていたのも。
     自分の生きる意味は、サッカーをしていく理由は、ただひたすらに糸師冴を潰す為だった筈だ。
     だからいきなり現れてあっという間に冴の関心を奪った潔が憎くて許せなくてたまらないのに。
     それと同じくらいこの男の存在に生かされている気がして、胸が苦しい。
     何度、殺してやりたいと願ったか分からない。
     何度、向けられる好意の重みに逃げ出してしまおうと思ったか。
     何度、この生命エゴイストの二面性に惑わされているのだろう。
     数えるのすら止めてしまった回数の分だけ、世界に向けていた自分でも形容しがたいよどんだ感情が潔に向かっていく。
     大体コイツだって分かっているだろうに、丸っこい目を細めて、全部受け止めるように笑うから悪い。
     許容する器がデカいのか知らないが、どこかで逃がしてやろうとすら思わなくなったのはいつからだっただろう。
     「あとで治療しような。片付けもして……んで、今日は俺もオフになったから出かけようぜ」
     「勝手に決めんな」
     「いいじゃん。たまには大通りでウィンドーショッピングとか……悪く無いだろ」
     胸元から顔を上げた潔の表情は、悪戯を思いついたガキの顔に近い。
     わざと俺と二人で居る所を周りの人間に認知させるつもりなのだろう。それと同時に訂正記事が出れば、世間の騒ぎなどすぐに収まる筈だ。
     その手助けをさせられるのはムカつくものの、もう頭の片隅にはバレそうでバレない微妙なラインの変装用の服を考え始めているのだから、どうかしている。
     「なぁ、凛からは返してくんねぇの? 俺も一応勘違いで殺害予告されて悲しいんですけど」
     ふ、と寂しげに笑った潔の言葉に体の横に置いたままだった両手の存在を思い出す。
     右手には握り締めたままのスマートフォン。左手には銀の輪。
     どっちにしてもコイツに繋がっている物ばかりをずっと掴んでいたのに気が付いて、無性に苛立った。それらを床に置いてから俺の様子をうかがっている潔を見据える。
     どれだけの言葉を吐こうとも、冬の海の色をした目が反らされる事はない。
     抜いていた力を入れ、両手を持ち上げる。そのまま、青い監獄ブルーロック時代から変わらずにいつまでも俺を追ってくる背へと回す。
     そうして着古しているらしいトレーナーに触れた。どうせならば、この手の血がこびりついてしまえばいい。
     そんな祈りにも似た願いをめた指先は、ピリリとした鈍い痛みを擦り付けるようにグレーの布地を強く握り込んだ。
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