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    凛潔/甘えたがり凛と嫉妬潔の新婚ネタ

    小夜啼鳥たちの戯れ 玄関の方から鍵が開かれる音がする。
     通常時なら流石に気が付かないが、スマホのメッセージアプリに単発で帰宅時間だけの連絡が来ていたのと、俺の聴力は自分でも誇れるくらいには良い。
     リビングの中央に置かれたテレビモニターで見ていた映画をリモコンで一時停止させると、いざ巨悪と戦わんとする主人公たちの決意に満ちた表情で画面が止まった。
     モニター前に設置された革張りの黒いソファーに腰かけながら膝に抱えていたクッションはそのままに、玄関から真っすぐにこちらに向かってきている足音の方向へと上半身をねじって振り返る。
     すると、荒っぽい足音と共に勢いよく開かれたドアから現れたスーツ姿の凛と目が合った。
     見るからに高価そうなスーツに身を包んだ凛は片側だけ前髪を上げるようなヘアスタイルになっており、家を出た際はそうなっていなかったのもあって、恐らく会場に居たスタイリストにいじられたのだろう。
     普段見る事があまり無い凛のフォーマルな姿に「いい男は何を着ても様になるなぁ」なんて冗談を飛ばそうかと口を開きかける。
     しかし、一目見て凛の表情が疲労で強張っており、オマケに全身から殺気立っているのを察知してしまった。
     わざわざ帰宅時刻をこちらに知らせてきた時点で何となく予想は出来ていたのだが、随分ずいぶんと可哀想な目にあったらしい。
     「おかえり」
     「ー……」
     冗談を言うのを止め、おかえりの言葉に獣の唸り声にも似た言語で返してきた凛に、こりゃ相当重症だぞと持っていたクッションをソファーに放り出す。

     今日は凛のスポンサー企業の創立記念パーティーがあるとの事で、パーティー嫌いで有名な凛も仕事の一環だと流石に行かざるおえなかった。
     チーム全体でのスポンサーならともかく、凛個人についているスポンサーであったのと、俺は俺で雑誌の取材が入っていたから付いてもいけなかったのだ。
     試合や練習が無い日でもプロサッカー選手というのはなんだかんだで忙しい。勿論、暇よりはマシだけれども。
     目の前に立った俺を見ているだけの凛の後ろに回りながら、ジャケットを脱がせてやる。
     むせ返りそうなほどの様々な匂いに思わずこちらも顔をしかめたが、凛にはそれを悟られまいと唇を動かしていた。
     「とりあえずシャワー浴びてこいよ。飯はちゃんと食べられたん? あとでお茶漬け作ってやろうか」
     脱がせたジャケットを腕に抱えつつ、凛の背中に軽く触れてやる。
     汗を掻いたらしいワイシャツはヒンヤリと冷たくなっていて、その奥にある肌もきっと冷えてしまっているのだろう。
     何も言わないまま小さく頷いた凛は、こちらの手に押し出されるようにバスルームの方へと向かって行った。

     ふらふらと覚束おぼつか無い足取りの凛の背中を見送ってから、無意識に腕の中にあるジャケットの匂いを嗅ごうとして止める。
     不愉快なモノを改めて嗅ぐ必要も無い。明日まとめてクリーニングに出してしまおう。
     それを心に決めた俺は持っていたジャケットを手に、凛が向かったであろうバスルームへと履いているスリッパを滑らせ廊下を進む。
     扉を閉め切るのも面倒だったのか、わずかに開いた隙間から水音が響いている。どうやらバスルームまではなんとか辿り着けたらしい凛に向かって声をかけた。
     「凛ー、スーツだけ回収させて」
     返事はない。でも返事が無いのが答えだと扉に手をかけて、そろりと中に入り込んだ。

     フランス国内でも高級住宅街にあるアパルトマンで凛と暮らし始めて早三ヵ月。
     付き合っていた期間が長かったのもあり、同じ空間で生活を共にする日常にそこまでの違和感は無かった。
     喧嘩も勃発するけれど、そこは俺も凛も青い監獄ブルーロック時代からは大人になったし、俺が"猛獣・糸師凛"の扱い方に慣れたように、凛は"サッカーフリーク・潔世一"の扱い方にすっかり慣れている。
     時には流血沙汰手前の殴り合いも無くは無いが、それはもはやご愛嬌あいきょうの恒例行事と化していた。
     「失礼しまーす」
     わざとそう言いながらバスルームが冷えないように開けた扉を閉める。
     そのまま正面に向き直れば、湯気が漂っている広い面積のユニットバスに備え付けられたガラス製のシャワーブースで、湯を頭から被っている凛がこちらに視線を投げかけてきていた。
     じっとりとした凛の視線を特に気にするでもなく、空の白いバスタブの縁に雑に引っ掛けられたスラックスとワイシャツ類を発見し、分別していく。
     スラックスとワイシャツもクリーニングで、靴下と下着は洗い物用の籠の中。
     そんな俺に向かって、水も滴る良い男という言葉を体現している凛は、濡れた前髪を掻き上げつつ曇っているブースの中からくぐもった声を飛ばしてきた。
     「……テメェも入るのかと思った」
     「それならそう言うし。お前が疲れてるのに押し入る程、鬼じゃないから」
     「なら、なんでこのタイミングで入ってくんだよ」
     言われてみればそれもそうかと、スラックスとワイシャツをジャケットを引っ掛けていた腕に乗せながら首をかしげた。
     確かに凛本人に持ってこさせれば良いだけの話なのに、わざわざバスルームにまで取りに来てしまったのは何故だ。
     自分も咀嚼そしゃくしきれていなかった感情の答えが導き出されて、勝手に唇から洩れ出る。
     「せっかくシャワー浴びたお前に、また変な匂いが付くのがヤダってか無理」
     「……は?」
     「あ」
     そこまで言って、これは"嫉妬"なのだとようやく気が付き口をつぐんだ。
     お偉方の相手をさせられるのだって、凛の容姿に寄ってくる美しい女性たちの甘ったるい香水の匂いをつけてくるのだって、仕事だから仕方が無いのは理解出来ている。
     俺だって青い監獄ブルーロックをへてプロチームに移籍した際には、世界に注目される事でこんなにも心地よさと表裏一体の不自由さに悩まされるなんて思っても居なかったから。
     けれど、床から拾い上げたスラックスからはジャケットよりかは薄いが、濃密過ぎて不快なまでの欲望と駆け引きの匂いがする。

     こんなものは凛に必要ない。だって凛はサッカーの事だけを考えて生きるべきであるし、ついでに一番隣に居るのは俺だから。
     しかしながら、この状況で言うのはちょっとまずいと持っているスーツ一式を胸に強く抱き込んだ。そこまで考えが及びながらも、誤魔化す言葉も出せずに一歩後退する。
     パタリ、と履いているスリッパの踵が小さな音を立てたのを皮切りに、なんとも表現しにくい不思議な静寂から逃げ出したのは俺の方が先だった。
     というよりも、凛はまだシャワー中で、こちら側が圧倒的有利だというのもある。
     「おい、潔、待て。……おい!」
     そそくさとバスルームの扉から出ていこうとする俺の背中に向かって、珍しく戸惑った凛の声が聞こえたが、『水音にかき消されて聞こえませんでした』というフリをしてその場を後にした。

     □ □ □

     指で掬うようにしながら温風を当てていた毛先の湿り気が失われ、次第にさらりとした質感に変わっていく。
     眺めているテレビ画面には、主人公の唯一無二の親友である男が実は真の黒幕であったと告白するクライマックスシーンが映っていた。
     時折字幕を目でチラチラと追いながらも、艶を帯びている凛の丸い頭頂部を今度は整えるように撫で梳かしていく。
     けして猫っ毛ではないのだが、凛の髪は触り心地がよくて、癖があまりない。
     俺の毛もそこまで癖毛ではないものの、頭頂部の跳ねっ返りだけはいくら押さえても収まらないのだ。もう慣れたものではあるが。

     あの後、バスルームから無事逃亡した俺は、途中だった映画を凛が出てくるまで鑑賞しようと再びソファーに座って画面を見つめていた。
     そしておおよそ十五分後。俺の背後に音も立てずに現れた凛の姿が暗くなった画面に反射して映り込んだ瞬間、俺は二重の意味で叫びそうになったのだ。
     何故なら真っ暗の画面に映った凛の髪はびしゃびしゃに濡れており、その上、般若のように不機嫌そのものな顔をしていたから。──ホラー映画なら、次のカットで殺されているだろう。
     しかし凛の手の中に持たれていたのはロープでもナイフでもなく、延長コードに繋がれたドライヤー。
     それを振り返って発見した途端、恐ろしいと思っていた感情は霧のように消え失せて、背後に立っていた凛を自分のかわりにソファーに座らせたのだった。

     均一に整ったキューティクルの表面をもう一撫でしてから、ドライヤーのスイッチを切る。されるがままの凛は真剣に映画を見ているのか反応もしない。
     よく途中からなのにこんなに熱中出来るものだなとも思うが、最初から見ていた俺でも緊迫感のあるシーンの連続に凛の髪を乾かす手が止まりかけたくらいだ。
     まぁ良いかと持っていたドライヤーをソファーに置くと、今度は両手で凛の頭をさすり始める。
     せっかく綺麗に乾かした後ではあるものの、日課になっているマッサージを済ませるなら今が一番いいタイミングだからだった。
     掌に当たるほのかに温かさの残る髪をかき分け、出来るだけ指を大きく広げつつ凛の頭を包み込んで柔く揉む。
     こうしてマッサージをしてやるようになったのは、元々目のケアを行うのが日課であった凛の頭をちょっと触ってやった所、想像していた以上に凛が心地よさそうにしたからだ。
     こめかみからつむじにかけて数回に分けて揉みながら、頭皮が若干固くなっている事に気が付く。ならばと、重点的に疲労に利くツボを押してやる。
     力が抜けてきているのか、前のめりになりつつあった凛の体がソファーの背もたれにしっかりと寄り掛かった。
     映画は激しい銃撃戦の果てに、主人公の足元で息も絶え絶えになっている親友が詫びの言葉を述べているシーンへと切り替わる。
     「……うわー……これ死んじまうんかなぁ……」
     降りしきる雨の中、地面に出来たにごった水溜りに赤い血が多量に混じり、喘鳴ぜんめいを洩らした親友の瞼が閉じられていく。
     うずくまって慟哭どうこくの声を上げる主人公を見ながら、俺は凛の頭をこね回していた手を滑らせ頬まで動かすと、しっとりとした肌を撫でてみる。
     どれだけ忙しくとも兄である冴を見習ってスキンケアを怠らない凛の肌は、きめ細やかで触ると冷たくて気持ちがいいのだ。
     触れたついでに頬骨の下辺りも触ってみるものの、凛の表情筋が硬いのは今に始まった事ではない。
     「うらぎったんだから、そりゃしぬだろ」
     頬を揉まれているせいで少し不明瞭な凛の声が真下から聞こえてくる。
     コイツが言うと説得力が増すのが怖い。
     何をどう間違って付き合うようになったのか俺も凛もいまいち理解しきれていない所があるが、唯一知っているのは凛の独占欲と嫉妬心が想像以上に強い事だ。
     あとは気を許した相手になら、ある程度の無体をシカト出来るくらいには鷹揚おうような所も存在するという事だろうか。

     もう映画もそっちのけで今度は耳に滑らせた手で耳たぶを揉んだり引っ張ったりしてみる。
     耳にも色々なツボがあるというのをかなり前にネットで調べていたから、勿論、痛みはないだろう強さでだ。
     髪から覗く耳殻じかくも凛は整っている。耳が整っているとはいったい何ぞや? ともなるが、とにかく絵に描いたように耳らしい耳をしている。
     美しい人間は遺伝子レベルで全身の形が美しいというのは、あながち間違いではないのを凛を見ていると常々思う。
     その分、この男は精神がとんでもない傲慢エゴイストなので神様というのはバランスの良い采配をするらしい。
     「……え」
     そんな事を考えながら眺めていたエンドロールが終了した映画の最後、黒幕であるとされていた親友の妹が意味深な発言をして画面が止まる。
     洋画ではよくある次作への繋ぎなのだろうが、あまりの唐突さに思わず洩れた呟きだけが静かな部屋に響いた。
     伏線が張られていただろうかと思考する俺の耳に、凛の声が聞こえる。
     「んだよこれ。クソ映画か」
     「うーん。前半でそれっぽい伏線あったかもしれないけど、わっかんねー」
     「どのあたりだ」
     「めっちゃ最初の方。多分、最初の十分くらいじゃないかな」
     俺の言葉にリモコンを操作した凛が映像を巻き戻し始める。
     そうして最初から始まった映画を見ながら、なんとなしに凛の耳に触れていた手で頭を撫でつつ後ろに傾けさせた。

     特に深い意味はない。が、どこまで凛が許してくれるのかが気になったのと、日課とはいえマッサージの礼は貰わなければ割りに合わない。
     いきなり傾けられた頭に文句を言いたそうな凛と目が合うが、それを無視して一段と高い鼻先にキスを落とす。
     ちゅ、と軽い音を立てて離れると一瞬だけ丸くなった碧色へきしょくの瞳と視線が絡んだ。逆さまになっている凛の顔に俺の影が映る。
     映画のセリフが遠くに聞こえ、逆に凛の吐き出す息が穏やかに鼓膜を揺らした。
     「……そこかよ」
     ぽつりとただ一言だけ呟いた凛の手が伸びる。後頭部に大きな掌が当てられ、引き寄せられた。
     鼻先がわざとくすぐるように擦り付けられ、乾いた唇が触れ合う。
     顔はずらしてはいるものの、上下逆さまのキスはどうしてもぎこちなさが抜けない。
     それでも、凛の不満げな顔がどことなく満足そうな顔に変わったのだけは分かって、微笑ましくなってしまう。
     映画を邪魔したので怒られる可能性もあったが、どうやら俺は自分が思っている以上に凛に甘えられているらしかった。
     「どうせすんならこっちにしろ」
     「あはは、今日は本当に甘えた凛ちゃんじゃん」
     「うぜぇ」
     「ごめんごめん! 悪かった。詫びついでにお茶漬け作ってこようか?」
     後頭部を掴んでいる手に力が籠ったのを察知して、慌ててご機嫌取りに回る。世界で活躍しているプロスポーツ選手のフィジカルを舐めてはいけない。
     ましてや相手は凛だ。恋人だろうとキレたら止められない男である。
     つまり、片手であっても思い切り頭を鷲掴まれたら絶対に痛いのは確定事項だった。
     しかしながら俺のご機嫌うかがいに鼻を鳴らした凛は、そっと首を前に戻すと自分の座っているソファーの隣を叩く。
     当然のようにまたもやリモコンを握った凛が進んでしまっている映画を巻き戻すと、一時停止させた。
     「いいから座れ」
     前を向いているので表情は見えないが、俺が隣に座るのを当然だと疑ってすらいない行動が愛らしくて仕方が無い。
     他人を寄せ付けない、関わらないで有名な凛が俺だけは隣に座らせたがる。この事実に優越感を覚えない筈が無かった。

     ソファー脇を回って定位置となっている場所にもう一度腰掛ける。
     そして先ほど放り投げたクッションを手に取ろうとした俺をさえぎるように、隣に座っている凛の頭が膝の上に乗っかった。
     ついでにさっさと撫でろとばかりに宙を彷徨さまよっていた俺の手を掴んだ凛が、自身の頭にそれを着地させる。
     マッサージのせいで乱れてしまった髪を撫で梳かし、無言で凛が再生しなおした映画のオープニングを見直す。
     太ももに乗っかった凛の頭の重みと、繰り返される穏やかな呼吸が着ているスウェットの布地越しに伝わってくる。
     シャワーを浴びたからか温まった体温の凛からはもう香水の甘い香りはせず、俺と共同で使っているシトラスのシャンプーの香りがした。
     「おかえり」
     帰ってきた時には戻ってこなかった挨拶を、凛の耳元に顔を寄せて再度囁いてやる。
     俺の声に太ももに乗せた顔を動かした凛がチラリと視線を寄越し、頭に触れている手の甲をそっと指先で一度撫でさすった。
     「……ただいま」
     ぶっきらぼうにも聞こえる挨拶の後、すぐにまた凛は顔を画面に戻してしまう。
     けれど当たり前に返ってくる『ただいま』の言葉と、もっと触れと要求するように掌に擦りつけられる髪が妙にこそばゆくて、これまで以上に凛の頭を優しく撫でてやった。
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