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    verderven

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    verderven

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    8/28 モクチェズ版ワンライ「恐怖」

    ##モクチェズワンドロライ

    「ハハハッ! もう逃げられねえぞ、『仮面の詐欺師』ィ!!」
     私の通り名を叫ぶ下卑た声が、狭い倉庫の中に響く。私は紙袋を抱えたままゆっくりと振り返った。喜々として銃をこちらに向けるその男には見覚えがある。つい先日襲撃した組織の、次期ボス候補だった一人だ。中でも一際罪科の多い下衆だったと記憶している。その背景だけでどうしてこんな蛮行に至ったのか想像がつき、その短絡ぶりにため息が出た。確かにあの組織は頭とその側近、そして実働部隊の一部を潰したのみで、手足はまだ残っている。頭以外大したことのない烏合の衆だったから、その他は一旦捨て置き確実な弱体化を狙ったのだが。言い換えればこの状況は、ボス候補の一角だった男が取って代わろうとするにはむしろ好都合なのだろう。
     モクマさんはショーマンの仕事で一日空けている。帰ってきたあの人へどぶろくのつまみでも作ってあけたいと思い、買い付けに出ただけなのだが。まさかこの世界に長く身を起きながら、衆目のある往来で仕掛けてくるほど短絡的だったとは思っていなかった。どうやら、想定以下の男のようだ。一般人に何名かけが人も出たように見受けたし、何より私の名が知らなくても良い人たちの耳に残った。このけが人も出た襲撃と「仮面の詐欺師」を結び付けられたら今後とも都合が悪い。コントロールのきかないバタフライ・エフェクトこそ、警戒しなければならないものだ。小さな噂も馬鹿にはできない。
     目の前の男は未だ勝ち誇ったように何か叫んでいたが、もう耳には入らなかった。その長々とした話を聞く気もない。
    「失礼、ミスター。そろそろよろしいですか?」
     そう割って入ると、自分の口上を邪魔されて下品な舌打ちをした男が「何だ」と応じる。排除する相手を前にこうして立案の隙を与えている時点で、やはり小物に違いない。私は微笑んで、手番を示すように手のひらを返した。
    「チェックメイトはあなたのほうだ。私がなぜこの倉庫までわざわざ追い詰められたとお思いで?」
    「……ハッ。お得意のはぐらかしかよ。この倉庫に手が入ってないこた知ってんぞ!」
    「ええ。確かに私の手は入っていません。……この倉庫 "自体" には、ね」
    「……ッ! まさか『無敵の武じ』――ッ!」
    「――モクマさん! 今です!」
     多少わざとらしく男の頭上を指差すと、男がその指の方向へと意識を向ける。その隙をついて、手にしていた杖――仕込み刀は抜かず、鞘付きのまま――を、男の足元へと思いっきり薙ぎ払った。
    「ぐわあ!」などと滑稽なほど小物らしい悲鳴を上げ、男の体がひっくり返る。見事に地に叩きつけられてそのままぐったりした男を見下ろした。体格の良い男とでは、単純な力勝負だと押し負ける可能性がある。だからます反撃を警戒したが、今のところは問題なさそうだ。ほぼ身長分の落下による衝撃は頭に響き、受け身を取ったようだが軽い脳震盪にまで至ったようだった。起き上がるどころか意識が混濁している。
     とりあえず銃を拾い上げて、都合よく仰向けにひっくり返ったまま意識が回っているらしい男の腰を踏みつける。銃を構えていた利き手と推測される手のほうも杖を使って押さえつけておいた。これでそうそう起き上がれない。「うぅ」と唸るその男には最早脅威もないが、騙し討ちくらいは挑んでくる可能性がある。見破れないとは思わないが、可能性を潰しておいて悪いことはない。
    「……ふ、……フフ」
     そうしてようやく落ち着いてから、私は思わず笑みをこぼした。先日この男の組織を襲撃したときは、裏工作でほとんど片がついたのでモクマさんの華麗な立ち回りが披露されることはなかった。それなのにこの男がその通り名も含めて知っているということは、だ。モクマさんという「無敵の武人」も、「仮面の詐欺師」同様恐れの対象として名が売れたということだ。これで取れる選択肢は格段に増える。切り札は持っているだけで切り札になるから、これ以上ないほど良い知らせだった。
     そして、同時に。「仮面の詐欺師」と「無敵の武人」が、通り名のうえでも相棒関係になったということでもある。あァ――昂る。名実ともに彼の相棒になったとは。嬉しい、と陳腐な感想しか抱けないほど高揚した。自然に口角が上がってしまう。
     さて、と私は男を見下ろした。あとはこの男を始末するだけだ。都合よく男の指紋しかない銃もあることだし、ここは衆目のない町外れの倉庫。製造ラインは機械の不調で数日前から止まっているから、社員はここから遠い別の倉庫で作業をしているはずだ。あとはただ、耳元で奏でてやれば簡単に、
    「――……ッ!?」
     ――待て。今、何を考えた?
     ゾッ、と全身が怖気立った。景色がぼやけ、暗転する。何も見えない。何も聞こえない。世界に置き去りにされてしまった、と感じるほど何もかもが遠い。体が空洞になったようで、がらんどうのそこへ焦燥感と寂寥感が冷たく吹き抜けた。
     思わずよろめき後ずさる。呼吸の仕方すらわからない。「は、は、」と浅い呼吸がさらに思考を混乱に落としていく。鼓動が耳障りなほど早打ちし、猛烈な吐き気に襲われた。冷えて仕方ない体を抱き身を縮めさせる。身を滑る汗すら肌を切られるように苦痛で、体は震えが止まらなかった。
     あまりにも自然に、それもあの人を想った直後に。――……私は今、何を考えた?
    「っ、……」
     ヴー、と。空間を裂くようなかすかなバイブ音。聞こえるのは、私の端末から。呆然としてしまって、しばらく呆けていた。ただバイブの音が鼓膜に響く。
     反射的に、父なのではないかと思った。そんなわけはないのに。右手に握ったままだった杖が目に入る。打ちっぱなしのコンクリート。乱雑に置かれた資材たち。薄暗い倉庫。足元で気絶している男と、いつの間にか手からこぼれ落としていた紙袋から転がる果実。中身が飛び散り、ぐしゃりの潰れた実を中心に花咲くように伸びていく。視界に収まる鮮やかな赤は、ジワジワと赤黒く変わっていった。錆びた血の色。記憶が、迫ってくる。
     あァ。また、落としてしまった。また私は、手を離してしまったのか。あんなにも、きれいだったのに。気をつけていたはずなのに。
    「…………」
     なおもバイブ音は煩く響いていた。歪んだ音が思考をかき回す。静寂をかき乱すその音に、憤りに似たものがこみ上げて震える端末を引っ掴んだ。衝動的に叩きつけてしまいそうになる自身を堪えて内に飲み込み、発散などさせずそれをさらに推進力へと変えようと――そう、覚悟を決めた瞬間。液晶に表示された名を目にした私の思考は、パンッと滑稽なほど軽い音とともに全て弾けた。弾けた思考の中に、パチパチと炭酸が弾けるような音が響く。粒の残るドロリとした何かが思考に混ざりこみ、やがて凪いだ水面のような黒い闇に濁っていく。いつか作ってくれたカフェオレのように混ざり合い、黒白の境が崩れてどちらでもない色が広がった。端末へ表示された相棒の、苦悩と覚悟を表した髪の色へと。モノクロの世界に差す、鮮やかな灰の色に。
     全身の力が抜けた。何とか指先を動かして、未だ鳴動する端末の着信に応答する。
    「……、はい」
    『あ、出た! チェズレイ、大丈夫かい? 出るまで随分かかってたけど、何かトラブルでも』
    「いいえ。……トラブルというほどでは。小物に多少じゃれつかれた程度です」
     ほんの数時間離れていただけなのに、なぜか懐かしく感じる声音は私を心配するよう。目頭が熱くなる。声を聞くだけで胸が温かくなり、不安をすべて取り除かれた。たったこれだけで歌いだしたくなるほど嬉しい。安堵と安らぎを与える調子外れな、それでいて力強い旋律。例えようのないこの感情は知っていた。愛おしい。本当にどうしようもない愛おしさに、心が震える。
     直接聞くより少し低く聞こえる端末越しの声は、さらにその色を濃くして続けた。
    『……何かはあったのか。その様子じゃ支障なかったんだろうが、……ごめんな』
    「おや。なぜ謝るのですか?」
    『いや、近くにいれなかったからさ』
    「フフ……。ご心配なく。ただ座して救いを待つどこぞの姫君とは違いますから。降りかかる火の粉くらい一人で払えます」
    『そりゃ、お前さんの強さは疑わんけども……、……』
    「何か?」
    『……本当に大丈夫かい?』
     鋭い人だ。音声だけの会話で、それもニュアンスを感じとりにくい端末越しの声で何か異変を感じたらしい。「大丈夫ですよ」とテンプレートを返し、私は話題を変える。
    「あなたはヒーローの仮面を脱いだところですか? 今、どちらに?」
    『ちょうど裏口抜けたとこだよ。チェズレイも外にいるなら、合流してから帰らない? 一緒に晩の買い物でもしてからさ』
    「ええ、ぜひ。今夜のメニューのリクエストでも考えながら、あなたを待ちますよ」
    『じゃあ俺も、今夜のつまみのメニューでも考えながら行っちゃお〜っと。今日は珍しくセリフが飛ばんかったんだよね〜。一緒に祝ってくれる?』
    「随分と小さな目標達成ですねェ。もちろん付き合いますよ。……モクマさん」
    『はいよ』
     名を呼ぶと応じるこの人を、私は二度と失くしてはならない。
    「……電話、ありがとうございます」
    『…………、チェズレイ』
    「今日のショーでのお土産話、楽しみにしていますね」
     駄目になってしまった食べ物たちを見下ろしながらそう返して、「それでは」と一方的に通話を切る。しばらく待ったが折り返しは来なかったので、私はそのまま端末を手元へ戻した。温かな声が液晶の向こうへ消えてしまったから、またシンと静まる倉庫に闇が戻る。
    「う、うう……」
     足元からうめき声があがった。強打による昏倒から目覚めてしまったらしい彼はしばらく視線を彷徨わせたあと、私を見つけて恐怖に目を見開いた。わかりやすく動揺した男の鼓膜に、導入の旋律を奏でる。
    「ド、レ、ミ……」
    「――……、……」
     濁った目がトロリとまぶたを半分落とした。あとは私が一言、「自害しろ」と命じれば、手を汚すことすらなく後の反乱因子を腐った根ごと絶やすことができる。だが、しない。少なくともそれだけはしてはならないと理解した。
     私は男の耳に口を寄せ、その奥の脳へと囁く。もしも存在している手下がいるならそれを解散させ、そののち表の騒動に対する出頭を命じた。そして、
    「…………あなたは二度と、私とモクマさんを思い出さない」
     曖昧なラインへの明確な答えが出ないまま、逃避する。日常生活を送るに支障ない程度の記憶の消去は、大事な約束に触れない。それだけは確定的だが、まさか本人にそのラインを確認するわけにはいかないから、同道してから確かめることができたラインはたったその程度だった。
     根本からして違うのだ、と改めて認識する。幼い頃から「守れ」と教えられてきたあの人と、「害せ」と命じられてきた私では。命の重みの感じ方が違う。だから「殺さず」を誓ったものの、本当はその範囲すら捉えかねていた。例えば命を取らなければ四肢を不能にしても良いのか。身体的、もしくは精神的な苦痛を与えるのは。催眠で意思を永遠に眠らせるのは。――一体どこまでが、あの人との約束を違えないラインなのだろう。
     私は、息を吐くように人を殺せる。それだけの技量を持っている。そして殺すことへの心理的ハードルが低い。それをもっと強く自覚し、自ら律しなければ。いつか、また私の気が緩んで。もしくは耐え難い衝動が身を灼いて。曖昧なこのラインを自ら踏み超えてしまう。モクマさんとの約束を違え、その隣にいる資格を失ってしまう。
     今はそれが、何より恐ろしい。
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    verderven

    DOODLEモクマさんお誕生日おめでとう〜〜!!(フライング)
    モクチェズ版ワンライ「エンドウ」日差しというよりは湿度が高いせいか、調べていた気温よりも体感的にはずっと暑い。今が秋だなどととても信じられない暑さにノックアウトされそうになりつつ、チェズレイは一人、通された客間で大人しく座っていた。やることもなく、仕事も片をつけてきたので考えることもなく、暇つぶしに出来ることすらない状態で放置されてしまったチェズレイは、ぼんやりと客間を見回した。開放的なデザインの民家だ。レイアウトも統一されており、最低限以上に清潔に保たれている。
    モクマとともに南の国に降り立ってから約五時間。少し難しい大きな仕事を終えたチェズレイとモクマは、休暇として一ヶ月近く休みを取っていた。各国所々様々な事由により、その動きが鈍くなるとほぼ確定的な空白期間。今後通してもあるかないかの休息日。それがチェズレイ及びモクマの誕生日近くと重なったのは、随分と都合のいい話だった。「ずっと頑張ってたから、ご褒美もらえたんじゃない?」と楽観的に言われた瞬間、張り続けていた気が緩んでしまったのは秘密だ。おそらく察されてはいるので、大変今更ではあるのだが。ともかく、その期間はモクマの現在の実家へお邪魔するかと聞いたのはチェズレイのほう。モクマが了承し、モクマの母に連絡を取り、今に至る。
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