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    renkaff

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    たいみつ、付き合ってる
    ネタバレあり
    238前後の話

    ##たいみつ

    238話前後「いい加減にしろ」
    床に這いつくばりながら描き殴るようにデザインを起こしていく三ツ谷を大寿は睨みつけるように見ていた。
    今にも倒れそうなほど憔悴しているはずなのに、描くことを止めない三ツ谷をどれほどのものがそうさせるのか、検討はついていながらも大寿にはただ見ているしかなく、歯痒い思いでいっぱいだった。
    「もう少し……もう少しだから……」
    大寿に対してそう言ったのか、それともただの独り言なのか、または先に見える誰かに向けてなのか、三ツ谷は顔も上げずに鉛筆を握り、線を引いていく。
    「たいじゅくん……」
    その時、三ツ谷の下の妹のか細い声がすぐ傍から聞こえて、大寿はハッとして下を向く。
    心細げに大寿のズボンを小さな手がキュッと握る。兄のこんな姿を見るのは初めてなんだろう。いつも妹たちには笑顔を絶やさない優しく頼りになる兄だった。
    「俺が見てる」
    だから安心しろ、と手のひらに収まるほどの小さな頭をそっと撫でた。
    「マナ、おいで」
    上の妹が声をかける。コイツの方は兄の状況を理解しているから余計に辛いはずだ。なのに気丈に振る舞い妹の世話をしていた。

    襖が閉まるのを確認して、大寿はその場に座り込む。
    薄暗い部屋に僅かな明かり。そこに白く浮かび上がる見た事もないほどやつれた顔。いつからか手入れしていない髭は不精に伸びて、それがまた一層不気味に見せていた。
    「まだいるの?」
    三ツ谷は大寿を一瞥してからまた紙に視線を戻す。
    邪魔だと言わんばかりの声色だったが、大寿はなんとも思わなかった。
    「お前が何しようが俺には止める気もねぇが、アイツら怖がらせんな」
    「悪いけど、今は他のこと考えてる暇はねぇ」
    大事な家族よりも優先されるべきことがある。それは三ツ谷にとって余程のことなんだろう。
    「大寿くん、頼むよ」
    顔を上げた三ツ谷が力無く笑う。とってつけたような笑顔に苛立ちを覚えたが、今の三ツ谷にはそれが精一杯なんだろうと、かける言葉を飲み込んだ。
    「頼んだからには最後までやり遂げろ」
    「ウッス」
    その返事には覚悟を感じた。
    仕方なく大寿はもうしばらく様子を見る事にした。

    立ち上がり部屋を出る。
    すぐに妹たちが顔を出したが、三ツ谷がいないのを見て、くしゃりと顔を歪ませ、泣き出しそうになる。
    「大丈夫だ」
    大寿の言葉に幾分ホッとしたのか、ルナは大きな深呼吸をして、うん、と頷く。
    「お前ら、メシは?」
    「アタシが作る」
    「作れんのか?」
    「できるよ!」
    この間までただ座って待っていただけの妹たちが自信満々な顔をしてキッチンに立つ。
    「たいじゅくん、ハム取って?」
    特に手を出す訳でもなく見ていた大寿は言われるまま冷蔵庫からハムを取り出し手渡すと、キッチンバサミでバラバラに切っていく。
    「何作るんだ?」
    「ケチャップライス!」
    ルナが器用にフライパンを操り、ケチャップがまだらになったケチャップライスが出来た。
    「卵は使わないのか?」
    「オムライスはお兄ちゃんみたいにキレイにくるんってできないから」
    「ンなもん、上に乗せときゃいい」
    妹たちがオムライスを好きなのは知っていた。具もハムだけでは味気ない。
    大寿は手際よくたまごを薄く焼いてやり、ケチャップライスの上に広げて乗せると、二人は嬉しそうに目を輝かせた。

    夢中でオムライスを頬張っていた妹たちは今はもう夢の中。
    あれから三ツ谷は部屋から一歩も出てきていない。
    気にはなっているが、今は何を言っても無駄だと悟っていた大寿は重たい腰を上げ、帰ろうとした時だった。

    襖が開いて三ツ谷が出てきた。
    痩せた体が痛々しく、今にも倒れそうだ。
    ふらつく足取りでキッチンまで行くと、やかんに水を注ぎ火にかけた。
    「ありがとね、こんな遅くまで」
    消え入りそうな声で大寿に礼を言う三ツ谷。
    「また来る」
    「……うん」
    手に取ったインスタ麺を用意しながら力無く返事をする。
    いつもなら笑って手を振る三ツ谷の姿は無い。
    そんな余裕も気力もないんだろう。ただ今を乗り越えるために何でもいいから口に入れているみたいだった。
    大寿は黙ってドアノブに手をかけた。すると、服の背中をグイッと引かれて、振り返ると三ツ谷がすぐそばに立っていた。
    「もう少しだから……」
    「……」
    「ごめん……」
    俯いた三ツ谷の顔は見えない。
    その謝罪がなんの事を指すのかは分からないが、三ツ谷自身すらどうにもできないほど切羽詰まっているはずだ。
    「飯食って寝ろ。お前が今できるのはそれだけだ」
    見る限りもう限界は超えているはず。無理やりにでも寝かせてしまいたい大寿だが、そうすればもっと無理をしてしまうだろう。三ツ谷は案外頑固だから。

    やかんの口からお湯が吹きこぼれる。三ツ谷は火を止めに行き、その背中を見て、大寿は三ツ谷の家を後にした。

    数日後、花垣たちが三ツ谷を訪ねてきたと上の妹に聞いた。そこには大寿の弟もいたという。
    何の話かと訝しんだ大寿だったが、それからの三ツ谷は今まで以上に創作を続け、ついにそれは完成した。





    ピンポーン

    人が訪ねてくるにはまだ早い時間帯。大寿もまだ眠りの中にいた。
    大寿の家に訪ねてくる人物は限られている。いや、ほぼ一人と言っても過言ではない。
    「おはよう」
    扉を開けると予想通り三ツ谷が立っていた。
    まだ髭も生えて小汚いままだったが、表情はすっかり晴れている。
    「…終わったのか?」
    「概ね。あとは会場でやるから」
    上がっていい?と三ツ谷は訊いてきて、大寿は黙って迎え入れる。
    「ちょっと洗面所貸して欲しくて」
    「何する気だ」
    「ちょっとね」
    にこりと笑う三ツ谷の手にはどこか店のビニール袋。それを持ってそのまま洗面台の前に立つ。そして鏡で髪を弄っているのを大寿はじっと見つめていた。
    「そんなに見られると穴が開いちゃうよ」
    鏡越しに目が合って苦笑する三ツ谷に、「汚されるのが嫌なだけだ」と返す。
    三ツ谷は袋から何か取り出したかと思うと、手際良く準備をして、自分の右側頭部の髪を掻き上げた。
    「は?」
    手に持っていたものはバリカン。スイッチを入れると聞き慣れない機械音が響く。そして掻き上げた部分を躊躇なく刈っていく。
    「お前、なに、」
    大寿の呟きは機械音に阻まれ、三ツ谷には届いていない。三ツ谷は真剣な眼差しで自ら刈っている場所を見つめ、何度もそこにバリカンを滑らす。
    そして、ただ刈っていると思われた場所からあるものが現れた。
    大寿は知らなかった。三ツ谷には何も彫られていないと思っていた。なのに、いきなり現れたタトゥーに動揺した。
    機械音が止まった。
    三ツ谷は鏡で色んな角度から自分を映し、ふぅ、と息を吐いた。

    「ハハッ、いっぱい汚れちゃった。ごめん、ちゃんと掃除すっから」
    鏡越しに目が合って、まるで知らないヤツがそこにいるみたいで、ぞわりと粟立つ。
    「どぅ?似合う?」
    振り向いてチラリと視線を寄越した三ツ谷。似合うかどうかなんてどうでもいい。
    「なんだ、それは」
    大寿は少し声が震えていた。やはり動揺が隠せない。
    大寿の視線が自分の刈った部分にあるタトゥーに注がれているのはすぐに分かった。
    「……これ………ほんとはドラケンにあげたんだけどね………」
    指でそのタトゥーを撫でる三ツ谷は寂しそうに顔を曇らせる。
    「チッ」
    その名を聞いた途端、大寿は大きく舌打ちして、三ツ谷をバスルームへと追いやる。
    「その汚い面をどうにかしろ」
    「え、ちょ、大寿くん?!」
    何故か今は無性にその話は聞きたくなくて、無理やりバスルームへ押し込んだ。
    大寿はまた大きく舌打ちをして、苛立ちを顕にした。
    洗面台に落ちる三ツ谷の無数の髪。
    死んだヤツのためにあっさりとそれを刈り上げ、ヤツと似たタトゥーを晒した。
    大寿はギリッと奥歯を噛み締める。
    自分でもよく分からない感情が凄く腹立たしかった。



    「お風呂ありがとね。服も」
    さっきまであった無精髭はなくなり、濡れた髪は下に垂れて、あのタトゥーはチラリと覗くだけになっている。大寿の大きなTシャツを着た三ツ谷はソファに座る大寿の隣に腰をかけた。
    大寿は無意識に手を伸ばして、刈り上げた場所に触れた。
    「っ!びっくりした~」
    ざりっとした感触を指先に感じて、もの珍しさから何度も指を動かしていると、三ツ谷の肩が震え出す。
    「ふはっ、大寿くん、くすぐってぇよ」
    嫌なら離れるだろうと構わずそこに触れていると、いい加減しつこいと思ったのか、三ツ谷に手を取られてしまう。
    「もう、そんなに気になる?」
    「別に…」
    「でも、さっきめっちゃ見てたし」
    下から見上げるように見つめられ、大寿は図星からかふいっと目を逸らす。
    「ドラケンのタトゥーの龍は俺が描いた。それをカルビ丼と交換したんだ」
    「カルビ丼?」
    何言ってんだ?っていう顔の大寿を見て三ツ谷は笑う。
    「だよね、可笑しいだろ。でもそのおかげてアイツらと出会えた」
    三ツ谷は大寿の胸元に凭れるように力を抜く。大寿は少し痩せた三ツ谷の体を腕で支えた。
    「まだ整理がつかない。本当にこれでよかったのかも分からない。でも俺が今やるべきことは、アイツが俺に望んだこと。そして、アイツが叶えられなかったことをする」
    三ツ谷の言葉に強い思いを感じ取って、大寿は三ツ谷のやることを見守ることにした。
    しばらくそのままでいると、静かになった三ツ谷から規則的な寝息が聞こえてきた。

    あまり眠っていなかったはずだ。今はこのままそっとしておこうと、三ツ谷の温もりを腕の中に感じながら大寿も目を閉じた。
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