次はないと思え「……今夜は帰りたくないです」
思わず急ブレーキを踏んだ。蹴躓くようにして前のめりになった体にシートベルトが食い込む。後部座席からワッと驚く声となにかがぶつかる音が聞こえた。
なに?なんて?ギギギと首だけを動かして後ろを見た。
タクシーの後部座席に座る緑土丁呂介は打ち付けたらしい鼻をおさえていた。
「ですから、今夜はまだ帰りたくないんです」
「な、なに、なんで」
「ようやく小五月蝿い連中から開放されて晴れ晴れしい気分なんで。たまにはお酒に付き合ってくれませんか」
丁呂介の妹のダヨ子ちゃんが結婚することになった。これはめでたいことなのだが、田舎の古臭い村にはめでたいだけでは済まない「お付き合い」がたくさんある。
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