その名前を知っているか 珍しい夜だった。
どこかぼんやりとした頭のまま、とすんとベッドに腰を下ろした。いつもと同じはずなのに、まるで熱があるみたいに思考が煙っている。確かにさっき百々人は湯船を上がったばかりだが、それと今の状態は関係ないように思えた。
ヘッドボードに背を預けて、深くため息をつく。今日は酷く疲れてはいたが、浮ついた気分は眠気をどこかに放り投げてしまったようだ。目を閉じれば、瞼の裏をちらつくのは眩いライト、踊る度移り変わる景色、観客の熱のこもった視線、プロデューサーの嬉しそうな顔、共に踊る二人の姿。三人の新しい曲は何度も聞いたはずだったけれど、今日のそれが一際耳にこびりついている。
明日が怖くない夜なんて、きっとあったはずだろうに思い出せない。まるで、雷みたいに鮮烈な記憶だった。とくとくと、心臓が音を刻んでいる。アイドルになってから、百々人の世界はびっくりするくらいに変化していった。今もそうだ。
プロデューサーと出会ったこと。天峰と眉見が同じユニットになったこと。おもちゃ屋で描いた絵を喜んでもらえたこと。努力していたのは自分だけじゃないと知ったこと。三人で、アイドルなのだと分かったこと。
初めてのライブで、抱いた感情は今も形容できない。高揚感、興奮、どれとも表現できない。
「もうちょっと、ああして歌って、踊っていたかったな……」
過ぎた瞬間を惜しんだ声は、ぽとりとベッドの上を転がる。落ち着くことを知らない心臓の音は、どこか目覚めを告げる鐘に似ていた。