良いこと悪いこと 人一人分の重さが、僕の背中を床に縫い付けている。勿論、フローリングに直で、なんてことはなく、毛足の長いカーペットがしゃんと床との間に挟まっていた。
重さだって、やろうと思えば難なく跳ね除けられる。でもそれをしないのは、可愛い僕の恵が珍しく自分からくっついてきたからだ。我が物顔で僕の上に寝そべって、何やら心臓の音を聞いているようにも見えなくもない。
「恵。これ、僕でも分かるけどさ」
ふく、と思わず小さく笑った。眠気が勝っているのか表情の乏しい恵が、僅かに首を横に傾ける。僕の上で。
「悪いことだよね。キスも、セックスも」
僕の言葉に、少し遅れて恵が身じろいだ。ドライヤーで乾かしたばかりの髪は、流石の恵でも毛先が少し丸っこい。
「―――あんたは」
目を焼くような昼光色ではなく、室内は灯りを随分と落としている。勿論そんな中でも僕の目は明確に情景を把握できるけれど、ふわふわとした浮ついた意識がそれを疎かにさせていた。ぱさり、と布の落ちる音がした。少し上体を起こした恵を見上げ、それからやっと恵にかけていた毛布がカーペットを叩いた音だと気付く。
「俺とするの嫌ですか、そういうの」
ううん、と首を横に振った。すると恵が目を少し細め、目尻を下げる。本当に少しだけ、きっと僕の六眼がなければ部屋の暗さで分からないくらい少し。その口角が上がった。
「じゃあ、いいじゃないですか」
下りてきた恵の手が、頬に少し触れる。指先で、輪郭をなぞるみたいに触れられて、くすぐったさに少し首を反らした。ふっと、恵が息をついて、指は追ってこない。
「あんたが嫌じゃないなら、いいことですよ」
ね、とまるで子供に言い聞かせるような口調だ。恵に似合わないことこの上ない。
そして、恵に言われた言葉を脳内で反芻して、呑み込んだ。
「恵は?」
思わず尋ねると、はあとため息を吐かれる。呆れたというポーズを取ってはいるが、これは特にそんなこと思っていない時の仕草だとあたりをつけた。
「嫌ならしてないです」
恵が前のめりにゆっくりと倒れてきて、ひたりと僕の横に手をつく。ぱくり、と食べられるみたいにキスをされた。食むように唇を恵のそれで挟まれて、嫌悪感なんて微塵も感じない。
なら、これはきっと良いことなのだろう。恵本人が言うんだから、きっとそうに違いない。
「じゃあ、いっか」
今度は人の頭くらいの重みが肩に乗っかった。まろい頭を撫でて、拾い上げたリモコンで今度こそ灯りを落とす。僕より高い体温が、触れた肌から少しずつ侵食するみたいだった。温さに息を吐いて、目を閉じる。寝つきは悪い方ではないが、今日は殊更すぐに眠れるような、そんな予感がした。