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    天晴れさん

    @hareyoru14

    @hareyoru14 であぷした小話や絵をアーカイブ。
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    天晴れさん

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    【小話アーカイブその13】
    くっついてる光ラハ。冬のちょっとした贅沢❄️

    「やっちゃったなぁ……」
    口の中が苦い。いや、正しくは甘さが無いと言うべきか。手に持ったティースプーンをことりと置くと、グ・ラハは小さな溜め息をつきながら瓶の蓋を閉めた。貼られたラベルは艶消しの黒地で、金の箔押しの文字が上品に光る。
    ピュアココア。純粋という言葉の通り、砂糖もクリームも入っていないククル豆百パーセントの粉末が、大ぶりなガラス瓶にぎっしりと詰まっていた。
    時は週末。昨日のうちに集中して仕事を片付けた甲斐あって今日は半日で切り上げられた為、冒険者よりひと足先に家へと帰る事になったグ・ラハは、たまにはお茶の用意でもして迎えてやろうと思い立ったのだ。夕食はきっと「冒険者謹製」というグ・ラハにとっての最高級ディナーが供されると予想しているので、茶菓子はなるべく響かない軽いものが良い。そんな事を考えながらうきうきとした足取りで立ち寄った輸入食品を扱う行き付けの店で「今回は大層上等なものが入った」と薦められたのがこのココアだった。
    シャーレアンでは誰も彼もついついコーヒー(と言うかカフェイン)を愛してしまいがちだが、恋人と過ごす週末にその覚醒作用は不要だろう。また、グ・ラハの恋人――英雄と呼ばれる冒険者は料理上手なだけあって酒や飲み物も実に幅広く知っており、そんな彼が冬になると決まって出してくれる甘くまろやかなホットココアは、今やすっかりグ・ラハのお気に入りの一つになっていた。
    そんなこんなで二つ返事で買ってしまったココアであるが、家に帰って紙袋から取り出した所でようやく違和感に気が付いた。見慣れた粉末より色が濃く、容量の割には軽い気がする。試しにほんの少し掌に乗せ、そろりと舌先で掬い耳を垂直に立たせた所で冒頭に戻る。
    「確かに香りは良い気がするけど……毎回砂糖とクリーム入れなきゃかなぁ」
    大した工程では無いものの、これが毎度となると案外手間である。それに、普段用意されている砂糖の入ったココアは概ね分量がわかるが、こちらは適量が良くわからない。いつもと同じ量をカップに入れたら、本来砂糖の締めている割合の分間違いなく濃いだろう。
    冒険者が菓子を作る時に使うのはこういった無糖の物であったはずだ。彼ならば分かるだろうか……そう思ったタイミングで、グ・ラハの耳が微かな愛しい音を捉えた。
    「ただいまー。お、早かったな」
    「おかえり!あんたこそ、夕方近くになるんじゃなかったのか?」
    玄関の扉を開けて目に入った赤毛の恋人の姿に、冒険者の表情がふにゃりと緩む。パタパタとスリッパを鳴らして駆け寄るグ・ラハを温かい腕が抱き込んだ。
    「ああ、実は思ったよりも依頼の調査が進んでな。これ以上はもう少し遺跡の中を回らないと恐らく情報が足らんから、週明けに改めることになったんだ」
    「そっか、それじゃお互いゆっくりできるな」
    「ああ。夕飯までまだ時間もあるし、軽くお茶にでもしようか」
    「あ……それなんだけど」
    ぺそ、と下がったグ・ラハの耳に冒険者の瞳が少しだけ心配そうに揺れた。大した事ではないんだが、と苦笑いしながらキッチンカウンターを指し示す。
    「実は、お茶の用意をしておこうと思って帰りにちょっと買い物してきたんだが……ひとつ失敗してしまって」
    「おお、どうした?」
    「これなんだけど……」
    そう言って手渡された瓶のラベルを見て、冒険者は合点がいったように「ははぁ」と声を上げた。
    「もしかして、普段飲んでる砂糖入りのココアのつもりだったか?」
    「ああ。店主が今回とても質の良いものが手に入ったんだと薦めてくれたんだが、良く見ないで買っちゃってさ。間違えたというか、確認不足だな……砂糖を足せば飲めない訳じゃないし、あんたがお菓子を作るのにも使えるだろうから、無駄にはならないとは思うけど……」
    「なるほどなるほど。……うん、確かに良い香りだし、きめも細かい感じだな」
    品質を確かめて顎をひと撫ですると、冒険者はグ・ラハの頭にぽんと手を置いた。
    「砂糖とクリームを入れただけでも旨そうだが、折角上等なココアパウダーだ。時間もある事だし、どうせなら思いっきり手間をかけてみるか」
    「思いっきり?」
    「おう」
    そう言うと冒険者は、棚からミルクを温めるのによく使っている小振りな片手鍋を取り出した。グ・ラハが使っていたスプーンと共に軽く洗って水気を拭くと、瓶からココアを山盛り掬って飛び散らないように何度かそっと入れて行く。
    「ピュアココアの時は、だいたい一人前でティースプーン山盛り二杯って所だな。じゃ、火にかけるぞ」
    「えっ、焦げたりしないのか?」
    「もちろん、弱火でほんの短時間だけな」
    小さな火に鍋を当てて、最近手に入れた帝国製の耐熱ラバーで作られたヘラで絶えず混ぜながら熱を加える。明るい茶色がワントーン濃くなり、パサパサしていた粉が少ししっとりと落ち着いたように見え始めた所ですかさず火を止めた。
    「凄く良い匂いだ……スパイスみたいに、煎ると匂いが強くなるんだな」
    「ああ。やり過ぎると焦げ臭くなるが、ちょっと熱を加えてやると抜群に香りが立つんだ。で、ここにミルクを少量っと」
    大匙一杯か二杯位だろうか。アイスボックスから取り出したミルクを垂らしてヘラで押さえるように混ぜていく。初めは浮き上がり気味だった粉が、徐々に馴染んで一塊にまとまった。
    「さて、ここからは目を離すなよ。すぐに状態が変わるからな」
    再び弱火に掛けて、塊をヘラで練る。すると、粉の粒子でざらついて見えたペーストがグ・ラハの目の前でみるみる姿を変えていった。塊はとろりと溶けて、鍋底を流れる度に光を弾いてつやつやと光り出す。
    「すっげぇ……!さっきまでボソボソに見えたのに……まるで溶かしたチョコレートみたいだ」
    「だろ?粉末ではあるけど、実際はチョコレートと同じ油脂が少し含まれてるからな……っと、ラハ、ここに残りのミルクを入れてくれ。どばっとやらないで、少しずつな」
    「了解」
    時間に磨き上げられた革のような深い茶色が、柔らかい白を混ぜられ徐々に淡くなってゆく。ミルクを入れ終わったら火を強めて中火に。鍋の端に小さな泡がプツプツと見えたら沸騰直前、出来上がりの合図だ。
    並べたカップに目の細かい茶漉を乗せて、半分ずつ注げば幸せな香りが部屋に満ちる。
    「砂糖は割合で言うとスプーン二杯から三杯位だが、茶菓子が甘いなら少なめでも良いかもな」
    「なるほど、これだと甘さも好きに調節できるんだな」
    「そう言う事だ。……おっ、チョコ掛けのクレープクッキーがあるじゃないか」
    「へへ、あんたこれ好きだろう?」
    「ラハ様最高」
    買い物袋から好物の菓子を見つけ、冒険者は嬉しそうにグ・ラハの額に口付けた。シュガーポットと共に抱え、連れ立ってリビングのソファーへと腰掛ける。
    まずは様子見と一匙だけ砂糖を溶かして、グ・ラハはスプーンで掬ったココアを冷ましながら啜った。
    「旨い……!」
    水を一切加えなかった為かミルクの甘味が濃く、しかしココア自体の香りも乾煎りの効果か全く負けず。砂糖はいつもより随分少ないだろうに物足りなさは感じない。むしろ奥に潜むココアのほろ苦さが、薄い層を重ねた軽い歯触りのクッキーの優しい甘さと相性が抜群だった。ふうふうと息を吹き掛けなから味わうグ・ラハの耳が動き続ける様に、冒険者の顔が綻ぶ。
    「手間をかけた甲斐があるだろ」
    「うん、今まで飲んだどんなココアより旨い。……て言うか、インスタントのやつに戻れなくなりそう……。いや仕事中とかは流石に毎回鍋出せないからアレはアレで重宝するんだけどさ」
    予め砂糖とクリームがブレンドされている普段のココアは何せお湯を沸かせば良いだけなので手軽だ。猫舌のグ・ラハとしては少なめの湯で溶いてミルクを足すのも丁度良い。しかし、今飲んでいるこの味は当分忘れられそうに無かった。
    「ま、一緒に居る時は幾らでも煎れてやるからさ。お前が喜ぶならこの位の手間なんざ惜しくもない」
    「ん、オレも手伝うから。……へへ、冬の楽しみが増えたな」
    冒険者はこうしていつもグ・ラハの為に気配りと時間を割いてくれる。贈られるもの全てが愛おしくて嬉しいが、何よりもその気持ちがグ・ラハにとって幸せを感じるものだった。




    「ちなみに夏場はアイスココアにしても旨いぞ?ああ、砂糖を入れないでアイスクリームを浮かべても良いな」
    「ぐあっ!それ絶対旨いだろー!」
    偶然やってきたピュアココアは、どうやらこの家の常備品に加わりそうだ。
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