とーあらハロウィン小ネタ携帯のライトを頼りに真っ暗な廊下を歩く。
10月31日午前4時半。
眠いし寒いし、今すぐ布団に舞い戻りたい誘惑に何とか抗いながらも、荒北はひたりひたりと廊下を歩く。
しん…と静まり返った廊下は不気味ではあるが、今の荒北にとってはむしろ雰囲気があって都合が良い。
頭から伸びた黒く尖った耳、ツメの鋭い大きな獣の手、口は大きく裂け、その口元には乾いた紅がこびり付いていた。
目的の部屋に辿り着くと、荒北はドアノブの鍵にヘアピンを差し込む。
音を立てないよう慎重にヘアピンを扱う荒北は、それはもう悪い顔をしていた。暗闇に浮かぶ特殊メイクも相俟って、狼男役としてB級映画に抜擢されそうな程には。
荒北自身、ハロウィンとかいうイベント自体にさして興味はなかったが、興味はなくとも強制的に巻き込まれるのだからタチが悪い。
忘れもしない。去年は酷い目に遭ったのだ。
菓子を持っていないという理由で人の身体を好き勝手してもいいなんてトンデモ解釈をしてくれた恋人のせいで。
「見てろヨ、東堂…今年はたっぷり悪戯してやっからなァ…?」
今年は先手必勝。東堂が寝ている隙を狙って、一年越しの復習を果たそうという魂胆だ。
シンプルな構造の鍵は、比較的簡単に突破出来た。
思わず笑みが浮かぶが油断は禁物、なんせ相手はあの東堂だ。
携帯のライトを消すと、荒北は息を潜めながら室内へと忍び込む。部屋の構造は頭に入っている。焦らず、ゆっくり、一歩ずつ近付いて。
ベッドに乗り上がる時は更に慎重に。マウントポジションを取るまでは揺らしたり、音を立てて起こさないように。
規則正しく寝息を立てる東堂の顔を暗闇に慣れ始めた目が捉えた。その整った顔立ちに一瞬見蕩れしまい、ずっと眺めていたくなるが、グッと堪える。
今宵、スリーピングビューティを目覚めさせるのは王子のキスでなく、狼男の復讐の咆哮だ。
「トリックオアトリート!」
心地の良い眠りを妨げる声に、東堂は無意識に眉間に皺を寄せる。
起床時刻は体に染み付いている。まだ起きる時間じゃない。そう判断した体が再度東堂を眠りに誘うが、それを許さないとばかりに肩を揺さぶられた。
「起きろ、東堂」
「………んん…」
聞き慣れた声に何とか重い瞼を持ち上げる。
部屋の中は真っ暗だった。暗闇の中にぼんやりと浮かぶ輪郭。
三角の耳、獣のような手、愛しい荒北の声――
「…………ねこ?」
未だ覚醒しきらない脳は暗闇のせいではっきりと見えない影をそう判断した。
猫の格好をした荒北が、オレに夜這いを…
「…面白い、乗った」
「ア?」
ベッドのスプリングがギシリと嫌な音を立てながら弾む。東堂に腕を掴まれたと気付いた時には、既に荒北の身体が反転していた。寝惚けている分、力加減に容赦がなかったからだ。
「ッてぇ!何しやが………っひゃ」
ひっくり返った際にスエットが捲れて剥き出しになった脇腹に、東堂の冷たい指が触れた。身を竦ませる間もなく、東堂がのしかかってくる。
「寝惚けてんじゃねぇ!東堂、トリックオアトリート!」
「じゃあトリートで」
「じゃあじゃねぇヨ!何でお前がする側だ!逆だろ…ってちょ、馬鹿!触んなって!!」
「かわいいな、荒北。にゃあと鳴いていいのだぞ?」
「何で猫と勘違いしてんだヨ!オレ!狼男ォ!!」
敗因:照度不足及び東堂さんの寝起きの判断力