陽の当たる場所 神田くん、と女性の声に肩を揺らされ、目を覚ました。一瞬だけ状況が分からず、大して似ていないその声を母親のものだと勘違いしかけたのは、よほど眠りに溺れていたのだろう。
授業中じゃないのだけは良かった、と昼食をさっさと平らげて、教室の机で腕を枕に午睡と決め込んだ神田は、まだまつわりつく眠気を払うように大きく伸びをして、起こしてくれたクラスメイトへと顔を向けた。
「もう予鈴鳴った? 気づかなかったわ、助かった」
「ううん、違う。先輩来てるよ」
「先輩?」
彼女が見やった視線の先を神田の柔和なまなざしが追う。下級生とはいえ、自分のクラス以外の教室に気安く入るつもりはないのか、扉の向こうにその人はいた。
「弓場……先輩」
おう、とボーダーでは隊長であり、高校では一学年先輩でもある青年は神田に向かって軽く手を上げた。もうひとつ、余人は知らないことではあるが、神田にとっては別の顔を持つ存在でもある弓場の元へと駆け寄りたくなる気持ちを、そうさせる気持ちを微塵も周囲へと見せないように、しかし待たせることを良しとはしないことを訴えるような絶妙な足取りへと近づいた。
「どうしたんですか、二年の教室までわざわざ」
「少し週末のことで確認してェーことがあってな。おまえはちゃんとしてるから、どうせ私物の携帯端末は預けてあんだろ」
「でも本部のほうの端末は携行許可を取ってますから、ここに」
と胸ポケットから引き出そうとするが、弓場の手のひらがそれを抑える。
「ついでもあったからな」
「ついで?」
ああ、と頷き、弓場は声を低めて、神田の鼓膜にだけ届くほどの音量で告げた。
「時間が取れそうだったら、今夜どうだって話さ」
(あ……)
初めてというわけでもないのに、弓場からの誘いは未だに神田の胸を逸らせた。
「……そういうのは、それこそ下校したあたりにメッセージアプリででも訊いてくれてもいいのに、わざわざ三年の教室から来なくても」
「三門と九州ほど離れてるわけでもねェーんだ、近ェもんだろ。生身でもちったァ歩かねェ―とな」
弓場は神田の卒業後の進路を知る数少ないうちのひとりでもあった。まだチームメイトの王子や蔵内、藤丸にも打ち明けてはいないことだった。
「それに、そんなメッセージひとつで確かめるってのも味気ねェーだろ」
「意外とロマンチックですね、弓場さん」
「閨事くれェーにはちっとは情緒はいるだろって話だ。で、どうする」
「いいですよ。弓場さんは今日は隊長会議があるんでしょ、部屋で待ってます」
隊長のスケジュールをきっちりと心得ている副官に、B級上位チームの長である男は満足そうに、引き結んだ唇のはじをかすかに上げてみせた。