山姥切長義を冷遇してみた!! この本丸の歴史は長く、戦績もなかなかのものだった。
審神者は若く小柄な女性だったが、見た目と裏腹に度胸と卓越した戦略の持ち主だった。
そして全ての刀剣を愛し、無茶な鍛刀や進軍はさせなかった。
そんな主はもちろん刀剣達からの信頼も厚く、本丸の空気は清浄で四季折々に花が咲き、刀達の笑顔や話し声が聞こえる穏やかな場所だった。
慈悲深い彼女が愛さない刀剣男士などいない。大切にしない相手などいない。誰もがそう思っていた。当の本人でさえそうだったのだ。
しかし彼女は今しがた離れの屋敷に一振りの男士を監禁した。これから彼は他のものとの交流を断たれ孤独のうちに刃生を終えるのだろう。普通であれば。
これは『普通ではない』山姥切長義冷遇本丸の話。
1
「つまり俺は今からこの屋敷を出てはいけないということかな」
内番着で軽く腕を組んで長義は主の使用する端末を横から覗き込んだ。
「そうなりますねぇ、食事は三食と気まぐれでおやつが出ます。どれも審神者が持って来る場合が多いようですね」
「食後も主に片付けさせるのかな、それはなんだか気が引けるような...」
「うーん、詳細な文献がないので分かりかねますが、審神者が膳を下げてそのまま厨当番に渡してるんじゃないんですか?」
「そうすると厨当番は俺が離れに隔離されていることに気づいてしまうんじゃないかな」
「たぶんなんですが...気づいてはいるが審神者の独裁政権本丸で何も言えないとかそんな感じじゃないでしょうか」
「少しざっくり過ぎやしないかな」
「まあ、最初ですから。始めてみて違和感があれば適宜変更していきましょう」
「それはそうだね、では改めて」
山姥切長義は組んでいた腕を下ろすと片方の手を審神者に差し出した。
審神者も端末から視線を上げ、にこりと微笑みその手を力強く握りしめる。
「はい!長義さん!私頑張って『山姥切長義を冷遇する本丸』を作りますね!」
ぴよぴよと可愛らしい小鳥の鳴き声が響き、春の風に色とりどりの花が揺れた。
一人と一振りはいま互いの目的が同じであることを手の温度から、瞳の熱さから感じ取っていた。微笑み深く頷き合い、長義は言った。
「ああ、2人で良い『山姥切長義を冷遇する本丸』を作ろう」
――そう、彼らの目的は唯一つ。
――『山姥切長義を冷遇する本丸』を作ること。物騒な目標はまだスタートを切ったばかりだ。
2
「さて、妙なことになったな...」
審神者のいなくなった離れの縁側にて、長義は風に揺れる草木を眺めながら困惑していた。
離れの玄関には勿論外から鍵がかけられている。何故ならここは山姥切長義冷遇本丸だから。
しかし他の外へ繋がる窓や障子は内側から開け放題の閉め放題だ。何故なら本当は冷遇などされていないから。
現に今も団子屋の包みを持った写しが真っ直ぐこちらに向かって来るのが見える。
こういう監禁とは外部との接触を断つのが大前提な気がするが、一先ず団子が歩いて来るようなので茶の用意をする。
長義が茶を煎れ終わるのと国広が縁側に腰を据えるのはほぼ同時だった。国広は断りも無しに自分の方の湯呑みに口をつけたし、長義も特に何も尋ねず無遠慮に包みを開けた。
「何だか面倒臭いことになってるらしいな」
「面倒ね...」
包みの中から適当に見繕った団子を一つ口に運びながら長義は繰り返した。
「確かに面倒ではあるけど、主の頼みとあれば無碍にはできないだろう」
「では、冷遇を甘んじて受け入れるのか?」
「まあ、度合いにもよるかな。山姥切長義の冷遇において監禁はセオリーらしいからね、まずは監禁されてみた」
「監禁というより休暇じゃないか」
「俺もそう思い始めてきたところだよ」
そよそよと春風が吹き抜けて心地好く枝木が揺れている。紋白蝶や蜜蜂が草花を飛び回り遠くから短刀達の笑い声がする。きっと何か新しい遊びを見つけたのだろう。
「春だな」
「そうだな」
二振りはしばらくその穏やかな空気を楽しんでいたが、思いついたように国広が口を開く。
「そうだ、本題を忘れるところだった」
「本題?あぁ、俺の処遇についてか」
「そうだ。あんた今自分も忘れかけていただろう?」
「...そんなつもりはないけどね、お前、だってこの状況で冷遇も何もないだろう?夜には夕餉を主が運んでくれるそうだ」
「なんだそれは、逆に特別待遇じゃないか」
「断る理由がないからね、そのまま頼んでおいたよ」
「それは狡い。俺が配膳係を代わろう」
「やめろ、なんでお前の顔を見ながら食事しなきゃならないんだ。鏡のほうがはるかに良い」
「主と二人きりで夕餉だと?俺だって本丸発足当初の数日しかなかったのに」
「それは残念だったね、偽物くん」
「写しは......はぁ、それでどうして急にそんな話になったんだ?」
「おもな原因としてはこれかな」
長義は先程まで何度か目を通した薄い本の束を国広に渡した。
「いやに薄いな」
「特に表紙を見て欲しい」
薄い本の束を受け取った国広はまず一番上にあった本の表紙を見て中をパラパラと捲る。それを三冊目まで繰り返したときに大きくため息をついて、本の束を縁側の板張りの上に置いた。
「表紙はあんた、中身はそれに俺か南泉だな」
「そう、それらは主が集めてきた参考文献だ」
「参考文献」
「あともう一つ」
言いながら長義はジャージのポケットから個人用の端末を取り出す。
「こちらが参考にしている情報サイトらしい」
「SANIsiv―サニシブと書いてあるな」
「そう、サニシブ。様々な審神者が集まって刀剣男士達への妄想をイラストや文章を通じて発信していくんだ」
「妄想...」
横から端末を覗き込んでいた国広はわずかに首を振った。やれやれといった調子だ。
「その中でも主は最近『山姥切長義を冷遇する本丸』という特殊ジャンルにハマっているらしい」
「実際に事件になった本丸もあると聞いているが。そういった妄想は禁止にならないのか?模倣犯が出るかもしれないだろ」
「そう、その模倣犯が主だよ」
ブハッと国広は温くなった茶を吹き出した。
「主が?冷遇?出来るわけないだろう」
「出来ないから今こうして俺はお前と団子を食べているわけだけど」
「主はどうしてそんな無茶な挑戦を思いついたんだ!?」
そこで長義は国広が置いた薄い本の束に視線を落とした。
「その本の中の山姥切長義たちが格好良く見えたそうだ。凛とした背中で不条理に堪える様が美しいと憧れを抱いたそうだ」
「それは、まあ...三つも四つも団子を食う甘党の山姥切長義よりは格好良いだろうな」
「まだ三つしか食べてないよ」
「三つも四つも変わらないだろう、よく話しながらそんなに食えるな」
「ここの餡子は美味しいからね」
最終的には四つの団子を平らげた長義は静かに茶を啜った。
「それで冷遇はいつまで続けるんだ?」
「まずは試用期間ということで三ヶ月。その後は極実装の発表がない限りここで隠居...じゃない、監禁されることになってるよ」
「やっぱりほとんど休暇じゃないか」
「お前や一振り目はやる事が沢山あるんだろうが、俺はただ次の機会を待っているよりマシかな」
「次の機会って何の話だ?」
「修行だよ、一振り目が戻って来て戦力が安定して初めて俺の番だろ?」
「それは多分そうなるが」
「だったらお忙しい一振り目には出来ないことをするよ」
「あんたがそれで構わないならいいが」
国広は少し気遣わしげに長義を見た。流石にいきなり「あなたを冷遇します」と宣言されて気持ちの良いはずがない。いくら中身のないガバガバな冷遇だったとしてもだ。
「あまり過剰に主を甘やかさないでくれ」
「努力するよ」
曖昧に笑う長義に国広は常々一振り目と疑問に思っていたことを口にしようとしてやめる。快く教えてくれるとは思えない。
――二振り目の山姥切はどうして何でも主の言う通りにしてしまうのか。
それは本丸中、全刀剣の予てからの疑問だった。世に言う「もてあた」にしても度が過ぎているのだ。
例えば「明日から利き手を変えて欲しい」と言われればそれがどれほどふざけた理由によるものだったとしても、二つ返事で言われた通りにするだろう。
自分がないのかと疑いたくなるほど、全てを審神者の価値観に委ねていた。
実はこれが彼のある思惑によるものだと皆が知るのはもっとずっと後の話である。
続くはず