そういえば昨年のことなんだけど…未だに夢に見ることがある。
昨年の春先のことだ。
その日、私は夫に幼子の世話を任せて久しぶりに夜の繁華街に飲みに出掛けた。
1人だったがそこそこ賑わっている小さな飲み屋で常連や店主と打ち解けて楽しい時間を過ごしていた。
ふと御手洗に席を立ち、戻ってみると先程まで一緒に騒いでいた他の客が半分ほどに減っていた。
店主に尋ねると終電が近いので急いで会計を済ませて帰ったのだと言う。
私が今まで暮らしていた地域は午前1時過ぎまで電車があり、まだ終電には早いのではないかと思いながらスマートフォンを開くと、そこは繁華街とはいえ地方都市。私の想像より遥かに早い時刻に最終電車が来てしまうことが分かった。
蒼白になった私に驚いた店主が急いで会計をしてくれて、ヘロヘロに酔った私に駅までの道程を早口で説明する。
もし間に合わなかったらどうせ朝まで誰かしら店にいるから戻っておいでと、意外と治安も悪いから1人で外で過ごすことがないように念押しされる。
外に出ると季節外れの雪が散らついていて、一気に酔いが覚めた。
駅までの道を急ぐが碁盤のように整備された街は私には綺麗すぎて見分けがつかない。
そうこうしてるうちに終電の発車時刻を過ぎてしまった。
タクシーに乗ろうかと思ったが想定外の雪のせいか全くつかまらない。
仕方なく店に戻ろうとしたが慣れない土地を右往左往したせいか完全に迷ってしまった。
孤独と不安に襲われかけたとき、名前を呼ばれて顔を上げた。
そこには数年間連絡を取っていなかった昔の男友達の姿があった。
お互いに再会を喜び近況を簡単に報告した。彼はこちらで結婚していて、家に招いてあげたいが嫁がいるので難しいと言われた。
ただ歩いて行ける距離に彼の友人家族が住んでおり、そこなら部屋も余っているだろうから泊めてもらえるに違いないとすぐにアポを取ってくれた。
彼の友人に会ったことはないが、彼とはかなり親しく過ごしていたので、数年のブランクがあるとはいえ私は安心しきっていた。
彼の友人宅はそこから歩いてすぐのところの一軒家だった。
繁華街を抜けて一度路地裏に入ると少ないながらも古い住宅地になっていた。その一つが彼の友人の家だった。
新しくはないがごく普通の家屋に見える。彼がインターホンを鳴らすと中年の女性が出て来て「寒かったでしょう」と優しく迎え入れてくれた。
二階は空いているから好きな部屋を使ってくれて構わないと言われ、居間で他のご家族に簡単に挨拶を済ませると彼の案内で二階へ上がった。
途端に空気が冷たくなった。
誰もいないから暖房が入っていないせいだと自分に言い聞かせるが、廊下の隅にうっすら積もった埃が私に違和感を抱かせる。
奥の長兄が使っていた部屋なら鍵もかかるし安心だろうと彼が先導してくれるが、途中の部屋に仏壇と遺影があることに気付いてしまう。
暗くてよく見えなかったが、この家のご家族は誰か亡くなっているのだ。
奥の長兄が使っていたという部屋に通される。いよいよ違和感が強くなる。
壁のカレンダーは3年前の日付けで止まっており、本棚の本も捨て忘れたのであろうどこかのレシートも少し古いもので止まっている。
恐る恐る長兄が留守である理由を尋ねると、都内に就職が決まって出て行ったとさらりとした答えが返って来た。
彼は一晩だけならエアコンで十分だろうと手近にあったリモコンで電源を入れて去って行く。
昔馴染みなのでお礼などしなくていい、信頼出来るご家族なので安心して休むといいと残して。
さて、残された私は一先ず近くのディスクチェアに腰を下ろす。
必然的に机の上のものが視界に入る。写真やお菓子の包み紙…どれも少しだけ古びているのだ。
多分、こちらの方が亡くなったのだと私はなんとはなしに気付いてしまう。
知らない故人の部屋はなんとも言えない薄気味悪さを抱えており、すぐにでも帰りたい気持ちと優しく迎え入れてくれたご家族への感謝がせめぎ合う。
――これからどうしよう?
と、思ったところで目が覚めた。
はい、全部夢でした。
そんな男友達は初めからいなかったし、昨年は飲みに行くような余裕もなく推し活に専念していた。
怖い夢とはまたちょっと違うけど、なんか夢見悪かったなーと思いながらトイレに向かうと、背後で使っていないはずのエアコンが静かに回り始めた。
(※ガチです)