主よ、我を許したもうことなかれカツン、カツン……
硬い靴底の音が静かな廊下に響いた。後宮のさらに奥の、誰からも隠すようにひっそりとある重い扉を開く。部屋からはレッドムスクの甘い香り。ローズマダーの天蓋、天井から下がる黄金に輝くランプに照らされた寝台。薄衣を纏い輝く宝石にも劣らない美しい貴人がそこにいた。
「こんばんは、愛しい薔薇の君」
天蓋を捲りそこで待つ愛しい人を呼べばコンスタンティノスは目を伏せ長いまつ毛は影を落としている。ゆっくり顔を上げ視線が絡まるがすぐにまた俯いてしまった。
「ああ、贈った宝石も良く似合っていますね」
色白の肌に映えるパープルサファイアは華奢なデザインのネックレスとなり胸元を飾っていて、それをするりと撫でた。美しいあなたには何色でも似合うけれど。若き王は次に贈る宝石は何にしようかと楽しげに声を弾ませた。
「お顔を見せてください」
言葉は丁寧だがコンスタンティノスの顎を掴むと無理やり自分と視線を合わせた。そして首筋に口付けると耳元で囁いた。
「あなたの立場をゆめゆめお忘れなきように」
愛する祖国は落とされ民草も命を奪われたり捕虜、奴隷にされている。自分の振る舞い一つで捕虜にされている兵士だけでなく罪のない民間人も処刑されてしまう。自分のせいで誰一人傷ついて欲しくない。最初こそ抵抗したが悲しいことに臣下の首がはねられた。自分が拷問を受けるなら構わないが愛しき民の命を奪われるのは耐えられなかった。それからコンスタンティノスは諦めてしまった。
顔を向き合わせれば先程の悪魔の囁きにすっかり怯え悲しみの色に染まる瞳。メフメトはコンスタンティノスを優しく寝台へ横たえると、シャラ……と装飾品が揺れた。そして覆い被さり豊かな黒髪を撫で恍惚とした表情で見つめた。
今宵も好きに貪られてしまうのか。コンスタンティノスは諦めて目を閉じた。
end
パープルサファイアの宝石言葉
初恋の思い出