『付き合ってないのに彼氏面はするんだね? なんて言えるわけない』「げっ、司センパイ、神代センパイ……」
「やあ、東雲くん」
校内で出くわしたオレ達とバッチリ目が合ったのを悟ると、彰人はあからさまに顔を歪めた。大事な弟分とも随分と仲良くしており、いつの間にか類とも交流を持つようになったこの後輩を、オレは憎からず思っていた。
しかし、彰人の方はそうでもないようで、不意に視線を感じて目を向ければ、あからさまに逸らされることも多い。
彰人とまともに話すことが出来るのは、おおよそ冬弥がオレのもとに訪れるのに付き添ってきた時ばかりだ。それも、オレと冬弥の会話を横に立って大人しく聞いているだけの事も多い。口を出すのは、どうしても黙っていられずツッコミに回ってしまった時や、イタズラをしかけてくるときぐらいだろうか。
彰人はいつも、オレ自身にはあまり興味が無いように見えた。そんなだから、冬弥抜きでの交流というものは新鮮だった。『類と彰人』という取り合わせも。
だからふと、気になった事を口にした。
「そういえば、類のことは神代先輩と呼ぶのだな」
「……は、」
挨拶を交わしていた二人の視線が、たちまちオレに向けられる。当然の疑問のつもりだったので、そんなに注目を集めると思っておらず、首を傾げた。
天使が通ったのかと錯覚するほど、しぃんとその場が静寂に包まれる。
たっぷり五秒は静止していたが、突然、彰人の頬がぶわりと色付いていく。あまりにもあざやかな桃色の頬に、目を奪われる。なんだ、その反応は。
「おやおや」
隣で類が笑っている。その口元は、さながらアリスに出てくるチェシャ猫のようだ。全てを理解していて、なお盤面を楽しんで傍観している。
瞬時に面白がられていることを察したのだろう。凄まじい形相をした彰人がギロリと類を睨みつけ、そのまま視線をオレに向けた。頬の紅潮、上昇した体温のせいか潤んだようにも見える瞳と目があって、不覚にもドキリと心臓が跳ねる。
「……別に、冬弥が司先輩って呼ぶからうつっただけですけど」
「ふ〜ん?」
なるほど。確かに知り合いの呼び方につられることはある。納得して頷くオレの横から、随分と楽しそうな類の相槌が聞こえてきた。
視線を向ければ、顎に手を当てた類が好奇心を隠しもしない目で彰人を観察している。この顔をしているときは、だいたい何か良からぬことを考えている。その事を経験で知っているオレは身震いした。ゾワリ、と背中が総毛立つ。
「……っ、用が無いんならオレはこれで!」
「あ、おい!廊下は走るんじゃない、彰人!」
律儀に会釈をした彰人は、くるりと踵を返すと呼び止める間もなく脱兎のように駆けて行き、階段に隠れるように見えなくなってしまった。
「どうしたと言うんだ、いったい……」
姿が見えなくなるまでポカンと見送ることになったが、まるで嵐が過ぎ去った後のようだ。えむや類に比べれば、木枯らし程度の可愛いものだったが。
「おやおや。東雲くんは随分と無理がある誤魔化し方をすると思ったけれど、司くんは分からなかったのかい?」
「何がだ?」
「……いいや、なにも?」
類の顔は何もないと言う割には、好奇心に満ち溢れていた。彰人の去っていった方向を眺めたまま、金色の目がいたずらにかがやく。これは機械を弄くり回すときの顔と一緒だ。
「あまり、いじめてやるなよ」
オレに接するようにしていては、きっと彰人は嫌がるだろう。そう考えての発言だったが、珍しく類の予想を裏切った発言だったらしい。此方を見つめ返してくる目は驚きで丸くなっていた。
「あぁ……そっか、うん」
「何だ。気が抜けたような声を出しおって」
「……何でもないよ。馬に蹴られる趣味はないからね」
「?」
類は的を得ない発言をすると、それきりとばかりに教室へ向かって歩き始めた。いくら首を捻っても、類の考えることはよく分からないままだった。