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    bin_tumetume

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    bin_tumetume

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    冬彰♀の彰ちゃんが職場の飲み会に参加した話。モブ視点。

    ##女体化

    次はノンアルコールで 珍しい子が参加してるな、とふわふわのオレンジ髪を眺めた。
     珍しい子──東雲さんは、半年程前に入社してきた後輩だ。仕事の覚えも要領も良くて、上司にも気に入られているのにとっても謙虚だ。暇な時にちょっと話したりするけど、そつの無い良い子って印象だ。あんまりプライベートには踏み込ませてくれないけど。
     なぜなら、彼女の入社の志望動機はもとより、家族構成や休日の過ごし方などのプロフィールが謎に包まれている。彼女を狙っている男子社員が何とか聞き出した情報だと、音楽に詳しいらしいということくらい。それも、結構マイナーなアーティストも知ってたりするから推測ってだけだ。
     さらには、今まで月に一回くらいの頻度で開催される女子社員数名での女子会(という名の飲み会)にいくら声をかけても、ずーっと空振りだった。今日もダメで元々のつもりで声をかけたら、承諾してくれたらしい。
     どこから聞いていたのか、東雲さんに興味津々の男子社員が自分も行きたいと手を挙げたが、東雲さんが来なくなりそうだったので女子会を名目に断ることになったと幹事が言っていた。
     そんなわけで飲み会初参加の彼女が何かを飲み食いするところを見るのも、これが初めてだ。
     日本酒じゃないよねとツッコミたくなるほどちびりちびりと、カルアミルクを舐めるように飲んでいる。最初の注文でビールは苦くて飲めないと彼女が頼んだものだが、女子力の高さに目眩がするかと思った。
     初参加ということで最初は主賓のような扱いをされていたけれど、いつの間にか隅の席に移動している。宴もたけなわといった酔っ払い達に絡まれないような、それいて避けているという印象を与えないような絶妙な距離感だ。
     アレは年上との飲み会で鍛えられてきた、よっぽどの世渡り上手なのではないか。と、バレないように観察させてもらう。
     それにしても東雲さんの横の席、かなり出来上がってきて話題がだいぶエグい事になっている。
    「浮気されてるのかと思ったら、こっちが不倫だったの! 信じられる!?」
    「うわ、ご愁傷様~。そんな男とは別れて当然だって」
    「おかしいと思ったんだよ! 君だけだよとか言いながらめちゃくちゃ手が早かったし、セックス慣れてる感じあったし!」
    「あー、それは……」
    「ちょっとこっちの見た目チャラいからってすーぐヤレると思ってさ! まあ流されてヤッちゃったから言えないですけど!」
    「どうどう」
     喚いている主催者に苦笑しながら、週末の居酒屋、しかも個室で良かったなと思う。他のどこの席も同じぐらいガヤガヤしていて、今の叫びが水を差すことはなかったらしい。急に飲み会しようとか言い出すから何かと思ったけど、これが原因だったか……。運悪く隣に座っている先輩には悪いが、今回はこのまま被害者になってもらおう。
    「やっぱり顔が良くてセックスが上手い男なんて遊んでるに決まってる!」
    「えっ」
    「えっ?」
     どん! とビールジョッキを机に叩きつけるように置いた音と共に小さく漏れた驚嘆の声は、東雲さんのものだ。カルアミルクのグラスを持っていない方の手で口を抑える彼女の顔には、バッチリ『しまった』と書かれている。
     この反応は完全にクロだ。あーあ、今まで平穏そうだったのに、その反応で完全に酔っ払い達にロックオンされてしまった。
    「東雲さん彼氏いるの!?」
    「しかもイケメンでセックスうまいの!?」
    「えっと、あの、あはは……」
     笑って誤魔化そうとしているが、この場にいる全員が降って湧いたゴシップに完全に食いついてしまっている。普段はストッパーになってくれる一番上の先輩も興味津々だ。これはしばらく解放されないぞ。
     かくいう私も気になる。東雲さんは可愛らしいから、彼氏がイケメンだと言われても納得はするけども。
    「い、いや、普通ですよ?」
    「写真は!?」
    「な、ないです」
    「芸能人なら誰に似てる!?」
    「あんまり詳しくないので……」
     その場しのぎなのか、東雲さんはこれまでずっと手に持っていたカルアミルクをグイッと煽る。すると先に来ていた、誰が頼んだか分からないピーチフィズが、空になったグラスの代わりに渡される。
     くれぐれも急性アルコール中毒には気をつけて欲しいけど、甘~いカクテルの一杯や二杯くらいなら大丈夫でしょ。
    「セックスうまいんだ? ねえねえ、どんな感じ?」
    「どんな……って、言われても」
     東雲さんの顔が赤く染まる。どんどん俯いていってしまったので、こういうネタは苦手なんだろうな。ちょっとだけ可哀想になって、助け舟でも出そうかと思ったら。
    「……とうやしか知らないので、わかんないです」
     ぽつりと落とされたのは爆弾。え、東雲さんちょっと可愛すぎないか? 自分は至ってノーマルな嗜好だと思っていたけど、あまりのいじらしさにその彼氏さんがとても羨ましく思えてしまった。
    「彼氏、とうやくんって言うんだーー!」
    「いつから付き合ってるの?」
    「高校一年から……」
    「じゃあ五年とか六年くらい? 随分長いけど飽きたりしない?」
    「しない」
    「じゃあ逆に飽きられた~とか、浮気されてそうとか思ったことは?」
    「ない。とうやはそんなことしない」
     絶対に敬語を崩さない東雲さんの口調がかなりふにゃふにゃになってきたと思ったら、もしかして顔が赤いのって照れてる以上に酔っ払ってる?
     普段なら受け流すような話題を避けたりしないのがその証拠かも。甘いカクテル一杯でここまで出来上がるのなら、そりゃビールも飲めないし、割り勘負けする職場の飲み会は顔を出しづらいだろう。
     疲れが溜まってるとお酒回りやすいって言うし、今日週末だもんね。うんうん。と微笑ましい気持ちになるが、私ももう酔った東雲さんを止める気はさらさらない。
    「え、じゃあそれだけ付き合ってて喧嘩とか不満とかは?」
    「たまにあるけど……、喧嘩しても思ってることは口にするって約束してるから。ちゃんと仲直りするし」
     めちゃめちゃ良いカップルじゃん……。そりゃ長続きもするわ。いつか東雲さんが会社に結婚報告してきたら、相手はその人なんだろうな。イケメンって情報よりもよっぽど羨ましい。
     彼女狙いの男子社員の皆さまにおかれましては、勝ち目は無さそうですよ。成仏してね、アーメン。
    「性格も一致して、体の相性も良いならそりゃ長続きするよねえ」
     良いなぁ、なんて主催が零した途端、ピーチフィズを口に含んでいた東雲さんの体がぴくりと反応した。ん、どうした?
    「いや、カラダ……は……」
    「え、なになに? なんか悩み?」
     何でも聞くよ~なんて先輩が笑っているが、絶対に面白がっている。東雲さん、今日だけでかなりぶっちゃけてくれてるけど、休み明けにちゃんと出社して来てくれるんだろうか。記憶残らないタイプだといいねえ。
    「……なんか、気持ち良くしてもらうばっかで……マグロ? みたいな」
    「へー!」
    「フェラ、とか……ネットで勉強して実践してみようとしても、口に全部入りきらなくてうまくいかなくて……」
    「へえー!!」
     今日初めて存在が明るみに出た東雲さんの彼氏像、ここ一時間でイケメンでセックスうまくて誠実で巨根とかいう合成獣みたいなイメージになってるけど大丈夫かな。というか、珍獣かもしれない。そんな男存在する?
    「構わないって言ってくれるんだけど、やられてばっかは性にあわない……」
     おや、結構負けず嫌い? また新しい東雲さんの一面だ。お酒が回ってぼんやりと濡れた瞳で、元彼氏持ちの幹事と見つめあっている。主催はちょっと考えてから、ニヤリと笑った。あ、これ悪いこと考えてるな。
    「じゃあ騎乗位とかどう? したことある?」
    「きじょーい……」
     ない。とふるふる東雲さんが頭を横に振った。
    「まずはエッチする前に対面で膝に乗って、で、チューして誘ってみたらいいよ! 東雲さん可愛いからさ、自分にやらせてって言ったら男は絶っ対イチコロだって」
    「とうやの膝に、のって……ちゅう……」
     ちょっと戸惑うというか、考える素振りを見せた東雲さん。
     話を聞く限りかなり長く付き合っているみたいなのに、膝に乗るような甘え方が苦手なのか、それとも自分からキスをするのも恥ずかしい奥手なのか。
    「あれ? もしかしてそんなことも出来ない?」
    「できる。やってやる」
     挑発されて、更にグイッとピーチフィズを煽る東雲さんは完全に目が据わっている。うーん、そろそろお冷が要る頃合いかな……。
    「お、言ったね、東雲さーん! 報告待ってるから」
     東雲さんは、まるで挑戦でも受けるかのように重々しく頷いた。あーあ。完全に出来上がっているな。
     残念ながら私が頼んだお水が届くよりも早く、東雲さんはそのまま机に突っ伏して寝落ちてしまった。
     
     三〇分程して、みんなが帰り時間や二次会を考え始めたころ、一つの携帯が震えて着信を知らせた。
    「東雲さーん。電話、鳴ってるよ~」
    「んん……」
     肩をゆさゆさと揺らされても東雲さんはむずがるように唸るばかりで、全く起きる気配がない。本当にお酒弱いんだなあ……。というか、どうやってお家に帰そう。東雲さんの家の場所なんて、誰も知らない。
    「あ、ねえ。これ噂の彼氏の名前じゃない?」
    「え」
     机に伏せられていた携帯をひっくり返したらしい先輩が、画面を見せてくる。とうや……なるほど、冬弥くんか。
    「そうだ。彼氏さんにここまで迎えに来てもらえばいいじゃん」
    「え、え。でも勝手に携帯に出るのは」
    「東雲さんもこんな感じだし、緊急事態だって」
    「いいのかなぁ……」
    「それにさ、見たくない? 東雲さんの彼氏」
     それは見たい。
     
     かくして、欲望に負けた我々はその着信に出た。というか、出るまでかけ続けるつもりか? ってくらいずっと呼び出しされていた。よっぽど東雲さんが心配だったんだろう。
     電話の向こうの彼氏さんは、最初は別人が電話に出たことに困惑しているようだったけれど、事情を話せばすぐに納得して迎えに行くと自ら提案してくれた。
     店の位置を教えれば、二十分位で着くらしい。飲み放題の時間が終わるまでに何とか間に合いそうで、ほっとする。
     電話を切ってから、私たちは今日のホットな話題の当人が登場することに沸き立った。ラストオーダーで届いたお酒を片手に、どんな人が来るかを肴にもう一度盛り上がった。完全に珍獣扱いだ。
     電話の感じだとしっかりしてそうな印象だったけど。
     
    「すみません、お邪魔します」
     もう一度東雲さんの携帯に店に着いたと着信があったので、先輩が店の入口まで迎えに行き、連れ立って戻ってきたのはマジのイケメンだった。あまりに顔が良過ぎて、口からうわっとか悲鳴が出そうになったのを何とかこらえた。ねえ東雲さん、この顔を普通って言い張るのは無理があるよ。
     切れ長の瞳に、目元にはセクシーな泣きぼくろがあって綺麗系だ。身長はかなり高めで、清潔感のあるゆるっとしたオーバーサイズのシャツを着ている。なにより、声がめちゃくちゃイケボだ。
     なるほど。これが誠実な彼氏さんか。確かに真面目そうな顔をしている。ちょっと表情が固くて威圧感があるけど、美人特有のやつだろう。ちょっとぐらい表情が乏しくても、ぜんぜん許容範囲だ。
    「彰人、迎えに来た」
    「んぅ……、とうや……?」
     背中を優しく叩かれた東雲さんが、彼氏さんの呼びかけに反応する。何とか体を起こしたけど、目が全然開いてないからダメそうだ。
     彼氏さんもそう思ったのだろう。帰る準備をすると伝えると、立ち上がってこちらを向いた。
    「車で来たので、連れ帰ります。荷物は?」
    「あっ、ここに上着と鞄が」
    「ありがとうございます」
     東雲さんの華奢な鞄を肩にひっかけ、自分の財布を取り出した彼氏さんは一万円札を机に置いた。スマートな動作だった。それが今日の会費だと理解した幹事がはっと金縛りから再生する。予想以上のイケメンが出てきて、固まってしまっていたらしい。
    「あ、えっと、お釣り」
    「構いません。飲めもしないのに、彰人が迷惑をかけたようなのでその分だと思って頂ければ」
    「そんな、私たちこそ知らないとはいえ飲ませちゃったから」
     まあ東雲さん結構自分で飲んじゃってたけど。今日の会費の二人分はさすがに貰いすぎだ。
    「それじゃあ、その分また彰人のことをまた誘ってやってください。酒には弱いんですけど、酒の席に居るのは嫌いじゃないらしいので」
    「東雲さん、そんなこと言ってたんですか?」
    「はい。いつも誘いを断るのが心苦しいと言ってました」
    「お酒弱いって教えてくれたら飲ませなかったのに」
    「自分の苦手なものを人に話さないんです、彰人は」
     あ、笑った?
     冷たい印象だった彼氏さんの目は東雲さんのことを話しているととっても優しくて、本当に大切なんだなぁと胸に沁みた。なんだか食事だけでなくお腹がいっぱいだ。
    「それじゃ、遠慮なく」
    「お願いします」
    「気をつけて帰って下さいね」
    「はい。女性が出歩くには危ない時間なので、皆さんもお気をつけて」
     そう言うと、彼氏さんは上着を東雲さんの肩にかけ、自分の首に腕を回させるとほとんど夢の中の東雲さんをお姫様抱っこした。東雲さんも何かをむにゃむにゃ言いながら、ぎゅうっと抱きついている。
     それを見た彼氏さんの美貌が、今にも東雲さんにキスするんじゃないかってくらいに甘くほころんだ。わぁ、凄いもの見ちゃった。
    「それじゃあ、お休みなさい」
    「えっ、あ、おやすみなさい」
     彼氏さんは全てを彼女の同僚に見られていたのに、全く気にした様子も無い。くるっとこちらに振り向いた時にはまたクールな顔に戻っていて、そのまま挨拶を残して去っていった。
    「いやあ……衝撃だったね」
    「ね」
    「あれがセックス上手くて巨根の彼氏か~~」
     今そこを掘り下げるのはやめてあげてほしいな。
     
     
     これは余談だけれど。
     週明け出勤してきた東雲さんは、恥ずかしい所をお見せしましたとお菓子の差し入れ付きで挨拶に来た。
     ああ、記憶が残るタイプだったんだな。可哀想に。
    「あと、あの……」
     普段ハキハキしている東雲さんが珍しくもじもじと俯いた。心なしか顔が赤い気がして、一緒にいたあの日の幹事と先輩と目を合わせて首を傾げる。
    「……喜んで貰えた、ので、ありがとうございました……」
     喜んで貰えた? だれに?
     なんの事だとあの日の記憶を思い起こしてピンときた。
    「えっ、あのアドバイス実行したの!?」
    「よ、酔った勢いで」
     酔った勢いってことは、もしかして帰ったあと!? あの彼氏、酔った東雲さんに手なんて出さなさそうなのに、意外……でもないか。大好きな東雲さんに可愛くおねだりされて、我慢出来なかったんだろうな。
    「待って東雲さんその話は次の飲み会でくわしく!」
    「話しません!」
     そう言いながらも、東雲さんは次の飲み会の誘いは断らなかった。報告の約束を守ったことといい、律儀な子なんだなあ。
     東雲さんに俄然興味が湧いてきた。今度の飲み会では、もっと沢山話ができるといいな。そのためにも、次はノンアルコールで。

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