『Dear,Darling』「ダーリン」
「……あ?」
冬弥が口にした四文字が歌詞を読み上げたものではなく、オレに向けられていると気がつくまで、少し時間がかかった。二人きりのオレの部屋に、変な沈黙が横たわる。
「ダーリン」
相変わらず同じ言葉を繰り返す冬弥の目は、しっかりとオレを捉えている。でも、そんな呼ばれ方なんかしたことがないから戸惑ってしまう。
「なんだよ」
ガラスのようなシルバーグレーに射抜かれて、とりあえず返事をしてみる。しかし、それだけでは足りなかったらしく、そのまま見つめ合う。いったい何だというのだろう。ダーリン?
「……ハニー?」
「!」
思いつきで言ってみたのが正解だったらしく、途端に目がキラリと輝きを増す。これがやりたかったのか……いや、ダーリンとハニーって。バカップルか。
「なんだよ、ハニーって呼ばれてみたかったのか?」
っていうかオレ達の場合、お前がダーリンじゃなくて? とか思ったけど、冬弥に言われて悪い気はしないので黙っておく。というか、オレがダーリン♡ なんて呼ぶガラじゃない。今ちょっと考えただけでも寒気がした。
「ああ。海外では恋人にマイスイートなどと呼びかけることもあるんだが、ハニーも甘いものだろう?」
「まあ、そうだな」
相変わらず話の終着点が読めない。冬弥は漫画で言うならばウキウキと擬音がつきそうなほど、テンションを上げている。相変わらず表情は分かりにくいが、声が上擦って、そういうところがかわいい。何がそんなに嬉しいのかはサッパリだけど。
「彰人の好きな甘いものの名前で呼ばれてみるのは、その行為だけで大好きだと言われているようで良いなと思ったんだ」
「ンッ」
あぶねえ、変な声が出るところだった。何を言い出すかと思ったら、こうしてオレの予想の斜め上をいくから困る。
「彰人?」
顔を覗き込むようにして首をかたむける冬弥とは、どうもオレとは恥ずかしいと思うツボが違うらしい。オレが甘いの好きだからって、ハニーとか言われてみたいと思うか? 思ったからこうなってんだろうな。恥ずかしいのを紛らわすためにうなじを掻いて、目をそらす。
「冬弥」
「どうした?」
「とーや」
っていうか、好きなモンって言ったら、お前のことだってそうだ。パンケーキよりも、よっぽど。だから名前で呼んだって変わんないはずだ。
そもそもハニーってハチミツだろ。そんなのを口に出したって、好きよりも腹減ったとか食いたいとかが過ぎるばっかりだ。
だから、理解させるためにありったけの気持ちを込めて、たった三文字の羅列を音にする。
「……とうや」
「……彰人、どうしよう。キスしてもいいだろうか」
頬を指で掬われて冬弥の方を向かされたら、オレと同じくらい真っ赤な顔と目が合った。
もう何度もしてるって言うのに、そんな野暮なこと聞くなんてそうとう効いたらしい。ハチミツなんてメじゃないくらいの甘さを混ぜたんだから、当然と言えば当然だ。
「冬弥も呼んでくれたら、いい」
オレが差し出したのと同じくらい甘いのが欲しくてねだってみれば、冬弥の切れ長の双眸がとろりと蕩けた。
「好きだ、あきと」
どんなスイーツよりも甘ったるい、病みつきになりそうな三文字を冬弥の口が紡ぐ。間を置かずに触れ合った唇も、ひどく甘いような気がした。