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    bin_tumetume

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    bin_tumetume

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    よるさき3用展示でした。見に来ていただきありがとうございました。

    『like the cat that got the cream』 窓の外の暗闇にはネオンが光り、このセカイで言うところの夜が広がっている。寂れた路地裏には誰の人影もなかった。特に見ていて面白いものはないが、他にやることがある訳でもないのでなんとは無しにただ風景を眺めていた。視線を動かす度に、座り込んだ窓台から垂れたしっぽが振り子のように揺れる。
    「何を見ているんだ?」
     ガラスに映っていたピンと伸びた三角耳が音を拾って、勝手にぴこりと跳ねた。シャワーを浴び終わったのだろうクールな顔つきの男がスマートフォンを片手にタオルで髪を乾かしながら話しかけてくる。にゃあとひと鳴き返事をすれば、オレの言葉が分かる訳もないのに満足そうに目元を緩めた。非常に分かりにくいが、多分笑ったのだろうと思った。
     冬弥がタオルで髪を拭くので、オレも何となく自分の腕をべろりと舐めて毛繕いを始める。会話もない、不思議な時間が流れる。
     ふと、代わり映えのしない外の景色にもう一度視線を投げる。今度は冬弥がオレを真似するように、隣に立って窓の外を眺めた。
    「う……、高いな」
     高いとは言ってもせいぜい二階くらいの高さだ。オレなら窓さえ開いていればぴょんと外に飛び降りてしまえる。それでも困ったように眉を寄せるのだから、この男にはこのくらいの地上高でも充分恐怖を感じるのだろう。外には車が通れないくらいの狭い路地があり、真向かいのビルの壁にはグラフィティと呼ばれるペイントで何かが描かれている。この辺りじゃ、ありふれた景色だ。
     ふいに冬弥の手が丸い頭の上に乗せられた。毛並みの流れにあわせて撫でられるが、その手から安っぽくてキツいシャンプーの匂いがする。何だかそれが気に食わなくて、腕にごしごしと丹念に自分の体を擦り付けた。やがて白いロングティーシャツの袖がオレンジの毛まみれになる。ざまあみろ。
     一仕事終えて満足して毛繕いをしていると、カーテンを閉めきった冬弥がこの部屋の数少ない家具であるベッドに腰掛けた。俗にダブルと呼ばれる大きなサイズだが、ネコであるオレはそんなことなんか知る由もない。
    「彰人、おいで」
     そう言って、自分の膝を軽く叩いた。そこに座れと言うのだろう。人間に指示をされるなんて気に食わないが、几帳面に揃えられた太腿の上は居心地が良さそうだった。どうするか悩んで、ぴくりぴくりと耳が揺れる。来ないのかとでも言いたげに首を傾げられて、しょうがなく、そう、呼ばれたから仕方なく、窓の縁から飛び降りてその脚の上に飛び乗ってやる。前足でふにふにと寝心地を確かめてから、その場に丸くなって寝転がる。自分から枕になりたいと主張したのだから、占領するのに遠慮なんか要らないだろう。
     指先がカリカリと耳の下の絶妙に気持ちいいところを掻く。この男、オレ以外にもネコを触り慣れているのだろうか。いやに慣れた手つきだった。つい触らせてしまうのは、そのせいだろうか。
     コイツとは、数時間前にすぐそこの路地裏で出会ったばかりだ。警戒心が強いオレは、滅多に他人に体など触らせない。それが、コイツだけは違ったのだ。
     路地裏でバチリと目が合ってしまって、威嚇しながら後退りするオレを見てもいたずらに追いかけることはせず、ただしゃがんで手を差し伸べてきた。オレが警戒心丸出しでふすふすと匂いを嗅いでも嫌な顔ひとつせずに、敵意はないと微動だにしなかった。だったらいいか、と思ったのだ。
     そうして撫でられて抱き上げられたところにコイツの知り合いだろう奴らに囲まれた時も、イカ耳になってしまったが何とか引っ掻くのは耐えた。コイツの腕の中にいる手前、暴れ出す訳にもいかなかったからだ。星型のヘアピンの女やキャップを被った女に触りたそうにされてうっかり唸って威嚇してしまったが、無遠慮に撫でくり回されなかったのでノーカウントだ。その二人との会話からこの男の名前が冬弥というのだと分かったので許してやろう。
     しかし、いま冬弥の手にはオレのつけた引っかき傷がある。シャワーを浴びて温まったからか、赤く腫れてしまったそこを舌で舐めた。
    「気にしてくれているのか?このくらい、何でもない」
     真っ白な手に浮かんだ引っ掻き傷は、見ていて痛々しい。それをオレがやってしまったと思えば、反省もする。
    「あれは、俺も悪かった」
     本当にな。その時のことを思い出して、鼻がふすんと鳴った。
     コイツの連れと別れて、抱きかかえられるままにこの部屋にやってきたまではよかった。一緒にシャワーを浴びようと言われたのも、水が嫌だったし猫であるオレには必要ないけど、冬弥がしたいなら我慢しようとした。でもコイツはよりにもよって「かわいい」とか何とかほざきながら、オレのキンタマをつついたのだ。デリカシーの欠片もない。信じられない。思わず飛び退いて、本能のままグワッとやってしまったのだ。オレに引っかかれてようやく機嫌を損ねたことに気がついた鈍感な男は、毛を逆立てるオレに謝罪をして一人でシャワーを浴びに向かったようだった。おそらく、敵意剥き出しのオレを構うよりも少し時間を置いた方がいいと考えたのだろう。おかげで、オレの方も変な場所さえ触らなきゃ好きにさせようと思えるくらいには機嫌もいい。
     ごろり、と仰向けに寝転って白くてたっぷりとした腹の毛を見せつけてやる。短毛種のオレの中でも、一番触り心地の良さそうな場所だ。
    「ふふ。野生はどこへやったんだ?」
     うるせえな。さっきから、お前が撫でる手がやたらと気持ちがいいせいだ。そうでもなきゃ、オレがリラックスしてしまう魔法でも使っているのかと疑わしくなる腕前だ。普段はこんなんじゃないから、お前のせいなんだよ。オレが他の奴らには触れさせもしなかったの、見てただろうが。それに、そういう冬弥だってオレに腹を見せられて悪い気はしてないだろ。表情には出なくても、声の調子で丸分かりだった。
    「いや、お前の場合躾がなっていないだけかもしれないな」
     冬弥のデカい手でわしゃわしゃと柔い腹の皮ごと掻き混ぜられる。野良なんだから、躾なんかされてるわけねえ。だから、今はオレのために用意された特等席をめいっぱいに堪能して大の字に伸びてもいいってことだ。ぐるると聞きなれないエンジンのような音がして、何かと思えば自分の喉が鳴っていた。ふるふる尻尾が揺れる。
    「気持ちいいんだな」
     ああ、バレちまった。コイツの耳がいいのかそれだけオレがデカい音を鳴らしてしまったのか分からないけど、色々考えていることが筒抜けになってしまうこの体はすこし不便だと思った。それでも自分にピッタリな膝の上が落ち着いたせいか、くぁ、とアクビまで出てきた。
    「眠いのか? 寝るなら、もうちょっとだけ我慢してくれ」
     膝からそっと両手でベッドに下ろされた。何をするのか見守っていたら、隣に冬弥が横になったので、どうやら一緒に寝ようということらしい。ちょうど寝転んだ冬弥の目の前で丸くなり、ベッドの感触をならして確かめてから丸くなる。シーツは少しだけ冷たくて、さっきの冬弥のあたたかい膝の方が気持ちよかったなと不満はあったものの、こっちの方が冬弥の顔がよく見えるから良しとしよう。そんなことを考えていたらずいぶんと優しい顔でこちらを眺める瞳と目があったから、ゆっくりと瞬きをした。なぜか冬弥は少しだけ驚いたような顔をしてから、同じように瞬きを返してくれる。
    「──────……♪」
     小さく、冬弥の唇から音が漏れる。いつも歌っているような激しい曲ではなく、ゆったりとした優しい曲だ。今にも眠ってしまいそうなオレに聴かせるためだけの歌だった。オレの口からはにゃあんという鳴き声しかでなかった。ふす、と鼻から空気が抜けていく。この部屋にはオレと冬弥しかいなくて、満ち足りていた。でも、欲を言うならあともう一つだけ。
     小さな子守唄をBGMに、意識がとろとろと溶け出していって、それ以上は意味のある思考にならなかった。



    「────ぁ?」
     目が覚めて、すぐには自分のおかれた状況が理解できないことはよくあることだ。それにしても今日はいつもよりもひどい。見慣れないベッドに裸で横になっている。しかも、ちゃんと声が出る。いや、人間なんだから声は出て当然だ。そんな変な感想が真っ先に浮かぶなんて、猫になる夢を見たせいだろうか。
    「……ん、彰人?」
     あまりにも聞き馴染みのある声が隣から聞こえてきて、反射的に振り向けば目を擦った冬弥が起き上がるところだった。
    「は? え、冬弥? なんで?」
    「何でって、昨日一緒に寝ただろう?」
     冬弥は一番よく着ている服装の、上着を脱いだロングティーシャツで眠っていたようだった。あれ、夢の中でも風呂から出てきたときそんな格好をしていなかったか? それに、一緒に寝たのは夢の中とも一致する。起きてから今までずっと、頭に情報を一気に詰め込まれて掻き回されて混乱で頭がグチャグチャだ。
    「その顔だと、猫になっていた間のことは覚えていないんだな。俺以外のみんなを威嚇していたくらいだったし、中身も猫になっていたのか?」
    「……いや、なんとなく記憶はある」
     こはねや杏……だけじゃなく、猫になったオレを探してたであろうセカイのみんなまで威嚇したのに、冬弥にだけは最初からベッタリだったことも、冬弥の膝の上を占領してご満悦になっていたこととかも、猫になっている間はオレの記憶が無くなってても、確かにオレの意思は混じってた。
    「そうか。すまないが、少し携帯を借りたぞ。練習で疲れきって俺の家で寝てしまったから、そのまま泊まらせると絵名さんへ連絡させてもらった」
    「いや、謝らなくていい。助かる……」
     冬弥にだけはオレの携帯のパスワードを教えていて助かった。いくら放任主義の家庭とはいえ、無断外泊はヤバい。段々と落ち着いて来たから説明を聞いてみみと、オレ一人だけ先にセカイに自主練しにきたタイミングでバグが発生してネコになってしまった、とミクが言っていたらしい。後から三人がやってきた段階でオレがカフェにいないことに気がつき、みんなでセカイを捜索して回り、記憶がないせいで半野生化していたオレを冬弥が確保した……という顛末だ。さらに、音楽を止めてもオレが元に戻る保証がないうえに、オレより先にオレの服や荷物だけ見つかったせいで元に戻っても素っ裸なんじゃないかと疑念があったことと、いつオレが戻るかも分からないとのことでセカイから出るのをやめて一晩様子を見るという結論になったらしい。
    「ってことは、ここ、セカイか」
     そんでもってオレが素っ裸なのもそのせいか。かけ布団は共同で一枚だったから、気持ち引っ張って体を隠す。
    「ああ。泊まれそうな場所を教えてもらった」
    「なるほどな」
    「その格好じゃ、ベッドから出られないな。服を着たら、朝食は報告も兼ねてメイコさんのカフェに行こう」
     ビジネスホテルらしく、窓際にぽつんと置かれたテーブルの上には確かに昨日オレが着ていた服が丁寧にたたまれている。冬弥はそれを取ろうとベッドから離れていってしまおうとした。その手を掴んで、ベッドに備え付けられた時計で時間を確認する。
    「……まだ時間あるだろ」
    「しかし……」
    「猫のときの方が触り心地良いかよ?」
     勇気をだして甘えてはみたけど、思ったよりも反応悪く煮え切らない冬弥にムっとした視線を投げる。オレが猫だったときはデレデレの顔をして、遠慮なく全身を撫で回したくせに。
    「いや、違う。先に服を着てくれないと、俺が落ち着かないんだ」
    「なんだそれ」
     人間のオレに触れられない理由が、意識してしまって恥ずかしいということなら気分はよかった。それに、猫の姿のままじゃ冬弥と、それからこはねや杏達と一緒に歌うことが出来ない。甘えやすくはあったけど、あの姿に未練はない。
    「ミャウ」
     わざと誘うように高く声を作って猫の鳴き真似をしてみる。顔を真っ赤にした冬弥がぎこちない動きでベッドに座るオレのところに戻ってくる。そうそう、それにほら、猫のままだと不便なのは抱きしめあうことすら出来ない。他にも、いろいろと、な。
     声に釣られた冬弥の指先が、オレの喉をくすぐった。


     =END=



     ────────────────




     =おまけ=


    「東雲くん、元に戻れてよかったね」
    「彰人は普段から猫っぽいところがあるから、もう少しあの姿でも面白かったけどね」
    「勘弁しろよ……」
    「よくないよー! せっかくの猫の姿だったのに、リンも触らせて欲しかった!」
    「冬弥以外は全員威嚇するなんてヒドいじゃん!オレも触りたかった!」
    「あー、覚えてねえ、覚えてねえ」
    「でも彰人くんらしいと言えば彰人くんらしいわよね」
    「冬弥に甘くてゴロニャンってしちゃうとことかね」
    「おいミク、喧嘩なら買うぞ」
    「怖いな。ちょっとした冗談じゃない」
    「……あれ、冬弥手のとこ怪我してない?昨日はあんなに仲良しだったのに、何か引っかかれるようなことしたの?」
    「ああ、ふぐりをつついたら怒られてしまった」
    「冬弥ァ!!!!」


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