6日目『With Envy』「飲み物を取ってくるから、楽にしていてくれ」
そう言い残して、冬弥は自室にオレを置き去りにしていってしまった。冬弥の両親が不在のときにだけやってくるモデルルームみたいなこの部屋は、家具があまりにも少なくてどこに自分の居場所を定めるべきか、数回訪れていても未だに悩む。
「つってもな……」
やけに高級そうなデザインの椅子とベッドを見比べて、消去法でベッドに腰を下ろす。今日は振り付けが参考にできそうな動画を何本か冬弥に見せると約束していたから、横並びに座れる方がいいと思っただけで、決して邪な意味はない。……、ちょっとは期待してないと言ったら嘘になるけど。
「ん?」
ベッドサイドに荷物を下ろしていると、見慣れないものがベッドの上に転がっているのがみえる。何かと思えば、そこそこのサイズのオオカミのぬいぐるみだ。ティディベアみたいな体型のソイツが寝転んでいるのを手にとってみると、もちもちとした感触が手を跳ね返す。手触りもよくて、なんだかクセになりそうだ。にしても、こんなところに置いてあるってことはもしかして一緒に寝たりしてるんだろうか。コイツを抱えて眠る冬弥の姿を想像して、微笑ましくなる。
「待たせた。コーヒーでよかったか?」
ぬいぐるみを弄っていると、コーヒーの入ったグラスが二つ乗った盆を持った冬弥が戻ってきた。グラスの横には丁寧にミルクピッチャーとシュガーポッドまでついている。冬弥はブラック派なので、もちろんオレ専用なんだろう。
「おう、ありがとな。けど、オレ相手にそんな気にしなくていいって」
「家に呼ぶとなると、どうしても客人を招いている気分になってしまってな……」
「気持ちは分かるけど」
この部屋唯一のテーブルにお盆を置いた冬弥が、ふと何かに気がついた。
「最近クレーンで獲ったんだが、触り心地がいいだろう?」
「ああ、コイツな」
いつの間にか、無意識でぬいぐるみを抱え込んでいたらしい。それだけなら気にならないのに、冬弥の目線が微笑ましいものでも見るように緩まるせいで恥ずかしい気持ちになってくる。ぽんとそいつを放ると、慌てた冬弥が手元でなんとかお手玉にしてからなんとかキャッチした。
「お前だって、ここに置いてるってことは一緒に寝たりしてんだろ」
「そうだな、たまに」
冬弥は特に何か気にした様子もなく、そのぬいぐるみを両手で抱える。確かにこの図はかわいいかもしれない。じっと冬弥を観察しそうになって、ハっと今日の本題を思い出す。早速脇道に逸れそうになっている。気を取り直して、スマホをポケットから取り出した。
「んじゃ、さっさと言ってた動画から見るか」
「ああ」
動画アプリを立ち上げていると、ベッドに座ったオレの横に冬弥が並ぶ。その腕の中にはぬいぐるみが抱えられていた。
「冬弥、ソレ……」
「ん? ああ、抱えていると落ち着くんだ。彰人が抱えるか?」
「いや、いらねえし」
何か言いたそうな表情に気がついたのか、ご丁寧にぬいぐるみを差し出される。ソイツを抱えたいんじゃなくて、冬弥に抱えられる方になりたいとか言えるわけねえ。
「……、やっぱり彰人が抱えてくれ」
冬弥はぬいぐるみを押し付けると、ぎゅうとオレにハグしてきた。
「俺は彰人を抱えさせてもらう。それでいいか?」
「……お前、こういうときだけ察し良いのマジでやめろ……」
「ふふ、当たりだったようで何よりだ」
「うるせえ」
じわじわと耳の先まで熱くなるのが分かって、誤魔化すように冬弥の肩に顔を埋める。もうちょっとだけこうしていたいから、動画は後でもいいか。オレたちの間に挟まることになりそうだったぬいぐるみは、適当にベッドに転がしておく。その顔は心なしか不満そうな気がした。