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    bin_tumetume

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    bin_tumetume

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    メインストーリー準拠の彰人視点捏造。

    『いきぐるしい』 夜の十時。これから埋めていくはずだったカレンダーの空きを見つめていた彰人のスマホに着信をくれたのは、日頃からお世話になっているライブハウスのオーナーだった。
    「はい、もしもし」
     ベッドの上に横たわっていた体を起こし姿勢を正すと、何時もよりも声のトーンを上げる。もう半ば無意識におこなってしまう猫被りは、彰人がストリートで生きるための護身術だった。相手からは電話越しで分からないと知っているのに、口の端は勝手に吊り上がって接客するみたいな笑顔を作った。
    『よう、彰人。今ちょっといいか』
    「もちろんです。何か急ぎの用事ですか?」
    『ああ。実は急遽明日のライブに一組出られなくなっちまったんだ。もし暇してたら、二人で歌いに来ねえか』
     電子の向こうからは、かすかにライブハウス特有の重低音が響いている。きっと、バックステージか事務所辺りからかけてくれているのが易々と想像出来た。
     電話の相手は、RAD WEEKENDを越えると息巻く彰人と冬弥をいたく気に入ってくれていた。こうやってライブに空きが出れば、いつも優先的に声をかけてくれる。ライブハウスにいるであろう他のグループに声をかけず、わざわざその場にいない彰人に電話をしてきてくれるのがその証拠だった。
     数日経って痛みは引いたはずなのに、冬弥の頬を打った拳がじくりと疼いた気がして、強く握りしめる。
    『……彰人?』
     その沈黙を訝しんだのか、オーナーは促すように彰人の名前を呼んだ。
    「あ、すいません。……冬弥はちょっと、明日は都合が悪くて」
    『そうか』
    「オレ一人でも良ければ、ぜひ」
    『……そうだな。それじゃあ頼めるか?』
    「任せてくださいよ。オレだけでも他の出演者、全員喰ってやるんで」
    『おお、怖い怖い。それじゃ、詳細はメールで送っておく。楽しみにしてるぞ、じゃあな』
    「はい、明日はよろしくお願いします。おやすみなさい」
     スムーズに事務連絡を終えて通話を切ると、一気に疲労が押し寄せて来た気がしてそっと溜息をこぼした。何よりも、自分で自分の発言が腑に落ちない。冬弥は都合が悪いなんて真っ赤な嘘だ。冬弥はビビットストリートを出ていった。あんなやつとは解散してやった、と正直に言えば良かったのに。
    (──俺たちの音楽にはなんの意味もない)
     冬弥が突然離別を切り出した理由やきっかけが、彰人にはさっぱり分からない。そのくらい、あまりに突然だった。もしかしたら何か思い悩んでいたのかもしれないが、前に進むことばかりに気が取られて、いつも隣にいてくれた冬弥のことを気にかけてやる余裕がなかった後悔ばかりが頭を占める。
     ただ、彰人までもがBAD DOGSであることを辞めてしまったら、一緒に過ごしてきた二年が本当に〝意味がなかったもの〟になってしまう気がして。
    「……クソッ」
     気がつけば感傷的になっていた意識を散らすように、行き場の無い拳をベッドにぶつける。罪のないベッドのスプリングが軋み、悲鳴を上げた。違う、今はやらなければいけない事について考えなくては。
     軽快な音をたてて届いた、明日のライブの詳細に目を通す。持ち時間や、出演する時間帯から予測される客層をイメージし、パズルを組むようにセットリストを思い浮かべていく。やることがあるのはいい。余計なことを考えずに済む。冬弥とのことは辛いけれど、彰人にはゆっくり傷心に浸っている時間などないのだから。
     イヤホンを耳に嵌め、新しくカバーする候補だった曲のプレイリストを再生する。どれも冬弥と歌うことを想定した曲ばかりで、彰人が一人でライブで歌うのはイメージしにくかった。この様子じゃ新曲はいちから探し直しになりそうだ。しばらくは今までの持ち歌の中から回すしかない。
     そうして、どうにかこうにか組み終えたセットリストを試しにかけてみる。盛り上げる場所と抑える場所を思い浮かべても、流れにおかしいところはどこにも無いように思えた。
     
     ……本当に?
     
     じわりと、腹の底で不安が燻る。彰人としてはこれでいいと思うのだけれど、客観的に見てもそうだろうか。まるで、目隠ししたままの綱渡りのようだと思った。ゴールも見えず、立っている足先のバランス感覚だけが頼りで、一歩でも踏み外したら暗闇に真っ逆さまに落ちていきそうな。
     つい、冬弥の意見が聞きたい、とそう思ってしまう。悪く言えば馬鹿正直、良く言えば歯に衣着せない物言いをする冬弥の意見は、いつも彰人には足りない視点で、それでいていつも真摯だった。彼が良いと言ってくれれば、これで間違っていないと安心出来た。しかし、もうそんな甘ったれたことは言っていられない。冬弥は彰人を置いて、去っていってしまったのだから。
     セットリストなんて出会う前から一人で作れていたはずなのに、こんなことも満足に出来なくなるなんて。自分がどれだけ冬弥の存在に支えられてたのかを思い知る。彰人には冬弥が離れていった理由も分からないままだが、こんな頼りないんじゃ捨てられても当然だと納得できた。
     鼻の奥がつんといたむ。涙の予兆を察して唇を食いしばった。眉間に皺が寄り、拳を強く握りすぎて指先は真っ白になっていたが見咎める者は誰もいない。いてもたってもいられない衝動に任せて、彰人はランニングウェアに着替え始めた。
     
     ===
     
     いざこざが解決して冬弥がビビッドストリートへ帰ってきたとき、彰人は冬弥との喧嘩別れのことについて口を閉ざしていて良かったと安堵した。人の口に戸はたてられないから、少しでも誰かに話していたらすぐに噂は街中を広がり戻って来た冬弥は多少居辛くなっていただろう。そんなことにならなくて、よかった。彰人は秘密主義……と言うほどではないが、言葉でグダグダと語ることが好きではないという自分の性質を、今まででこのときほど良かったと思うことはなかった。
     過程なんて、さほど重要ではないと彰人は考えている。例えば冬弥がなにがきっかけでストリート音楽を始めたとか、どんなことで挫折しかけたとか。そして、彰人がどれだけ目的に向かって努力ができるかだとか。何をどれだけ捨てて、人生を歌だけに捧げても、歌の神様が自分たちに振り向いてくれるとは限らない。例えば誰かが彰人達より先にRAD WEEKENDを越えるようなライブを開催したとしたら、それが全てになる。第三者からしたら、夢を叶えられなかった彰人達の努力なんて、それこそ何の意味も無い。
     それでも、彰人の隣に冬弥は戻ってきた。杏とこはねという仲間が増え、セカイのバーチャルシンガー達や、謙も見守ってくれている。ならば、夢を掴み取るという結果を出す為に駆け出すことに迷いはなかった。
     ずっと一人で走り続けるのは息苦しくて、生き辛かった。それでも横に冬弥が付き添ってくれるのなら、どんなに苦しくても走り続けられると確信していた。
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