幸せのビーチ 富裕層に人気のビーチ。カリムのお気に入りゆえにバカンス先として定番で、従者のジャミルも何度も来たことのある見慣れた海。だが今年は面子が違う。オクタヴィネルの三人、アズール・ジェイド・フロイドがついてきたのだ。
それだけでバカンスは毎日が新鮮な驚きだらけの楽しい反面たいへんな疲労を伴う日々と化した。
「ジャミルさん!海水浴って何をすればいいんですか?」
大きな天幕とレジャー用の絨毯の上で、アズールが水着姿でジャミルに付き纏う。人間の姿での初めての海水浴に興奮していた。
「砂浜で遊んだり、波打ち際で遊んだりすればいいんじゃないか」
出来るだけアズールを見ないように、ジャミルは正面の海から視線を外さずに答える。
普段のアズールは制服をカッチリと着込み手には手袋を足にはタイツをつけ素肌の露出は少ない。だがここは真夏の海。普段は紫外線に対して完全防備の女性たちも、装いを水着に変え美しい肌を晒している。当然アズールも水着のため肌のほとんどを露出させていた。しかもセクシーな黒のビキニ。それがジャミルの目には毒だった。なにせアズールは男性特攻の武器をいくつも備えている
太陽の光を反射し輝く銀色の髪、健康的に光る白い肌、誰が見ても美しい顔、スラリとした長身と細く長い手足。特に男性の目を引くのは大きくたわわに育ったバスト、食事制限と筋トレによりくびれたウエスト、それと男性好みの柔らかそうなヒップだった。特に胸は女性も思わず視線を向けてしまう、所謂巨乳と呼ばれるサイズで、一際目を引いてしまう。
そしてアズールは自分が注目を集めていることには気づいておらず、寄せては返す波と戯れ、無邪気に飛んだり跳ねたりして周囲の男を惑わしていた。そんな彼女のお守り役という、近い位置にいるジャミルは意識しないように自身を律している。
「アズール楽しんでるか?」
ジェイドとフロイドを連れてフードストリートに行っていたカリムが戻ってきて、俺の隣に座る。手には飲み物や食べ物を持って。
「ああ、今は波打ち際ではしゃいでる」
見失わないように視界に入れるつつも、ピントは合わないように努めていたジャミルはやっと役目から解放されて気を抜くことが出来た。
「アズールの監視員お疲れ様でした」
「おかげでいっぱい見て回れたぁ」
カリムと同じく食べ物を大量に持ったジェイドが労ってくれる。そしてフロイドも。本体ならば彼らがアズールの保護者である。場合によってアズールが保護者の時もあるが。
「アズール!お昼ご飯いっぱい買ってきたよぉ」
フロイドが大きな声で呼ぶと、アズールはすぐ走って戻ってきた。当然大きな胸が揺れる。
「バカ、走るなっ……!」
保護者の帰還に油断していたジャミルは思いっきり目にしてしまい、慌てて自分のジップアップパーカーを手にアズールへと駆け寄っていく。
「ありがとうございます」
ジャミルに意図など知らないアズールは笑顔でお礼を言い、パーカーを羽織った。ただ前は開けたままだった。
「前を閉めろ」
従者としての癖でファスナーを合わせて上まで一気に上げる。ファスナーの引き手を持つ手が胸の前を通過するとき、アズールの胸とポヨンと当たった。
「うわっ、ごめん!」
慌てて両手をパッと上げて、わざとではないことをアピールする。
「大丈夫ですよ、気にしないで」
アズールは言葉通り気にしてない様子でニコリと笑って見せた。
そうか大丈夫かならいいかとジャミルが思えるわけもなく。柔らかな感触や手を押し返す弾力が脳に伝わり、脳が陰茎の血管を拡張して血液を陰茎海綿体に血液が送られて始める。体に変化に気付いたジャミルは慌てて絨毯へと戻り膝をそろえて座り、ゆっくりと呼吸を繰り返してなんとか抑えることができた。
「ジャミルさん何を飲まれます?」
男の苦労など知らずに話しかけてくるアズールに、まだ初日だぞとジャミルは慄く。アズールに恋愛感情を抱いているわけでもないのに、それでもドキドキしてしまうくらいにアズールは性的な魅力に溢れていた。ジャミルが多感なお年頃なせいもあるだろう。
あっけらかんとしているカリムと、常にアズールと共にあるジェイドとフロイドは気にならないようだが、ジャミルはどうしてもアズールが気になって早くも疲れを滲ませていた。バカンスはまだまだ長い。
食事を終えたアズールはジェイドとフロイドと三人でモストロ・ラウンジの参考にならないかと話し始めた。商売に集中しているならばしばしの間ジャミルは解放されるとホッとして、カリムと一緒に海にはいる。胸くらいまで海に入って、水を掛け合ったり頭まで潜ったり。それなりに楽しく遊んでいたら、オクタヴィネルの三人も海へと入ってきた。
「おっ優雅だな、アズール!」
紐のついた大きな浮き輪に座ったアズールはジェイドに引っ張ってもらって優雅に水遊びをしている。カリムにヒラヒラと手を振って、まるで皇女のように振る舞うアズールにジャミルも笑った。
「ラッコちゃんたちビーチボールで勝負しよぉ」
「よし、やろうぜ!」
「この水深だと水球になるんじゃないか」
「身長の分僕たちの方が有利そうですね」
男子同士で盛り上がっているのを、アズールは楽しそうに見ている。どちらに味方するわけでもなく、ビーチボールを目で追っていた。
「俺たちの負けか〜!ジェイドの言う通り二人の長身には勝てなかったな」
負けてもカラッと笑っているカリムの隣で、ジャミルは少し悔しそうにしていた。
「ですがジャミルさん身体能力は素晴らしいですね」
「バスケ部でもすげぇ活躍するよねぇウミヘビくん」
「カリムさんはムードメーカーとして場を盛り上げてくれましたし、僕たちいいチームメイトになれそうですね」
褒め合いながら架空のチーム結成に笑って、そろそろ上がろうと砂浜へと足を向ける。
「あ、アズール忘れたぁ。ウミヘビくんアズール引っ張って来てぇ〜」
一人でズカズカ進んでしまったフロイドが後ろを振り返る。置いていかれたアズールの一番近くにいたジャミルに牽引役を頼み、返事も聞かず砂浜へと上がった。
「お願いします、ジャミルさん」
「君だって足つくだろう」
「この浮かび方がいいですね、ぷかぷかして」
アズールが足でパシャパシャ海を蹴り、はねる水飛沫が眩しくてジェミルは目を細める。
「そんなに気に入ったのなら、もう少し歩こう」
砂浜に上がるのやめて、紐を引いてゆっくりと海を進んだ。
両手を広げて空を仰ぐように背を後ろに倒すアズール。
「はぁ、気持ちいい……」
暑さと海水の冷たさが心地よい。目を瞑って瞼に太陽の熱を感じて、海水浴客の楽しそうな声に耳を傾ける。
「海辺に出店するのもいいかもしれませんね」
海を眺められる客席を思い浮かべて、アズールが薄く微笑む。
「このバカンスを君がそんなに楽しんでくれるとは思わなかったよ。海は君の故郷だろ」
意外そうに訊ねるジャミルにアズールはいいえと首を振る。
「僕の故郷は海の中です。砂浜とか波打ち際とか海面とか、浅い海は馴染みはないんですよ。それに今は人間姿ですから、二本の足で砂を踏む感覚や波を蹴るのは初めてです。こんなふうに、浮き輪に座って足を出すのも」
白い足がジャミルの前に掲げられて、艶かしい柔らかそうな肉質を感じて目を逸らした。
「肌が焼けるぞ。日焼け止めを塗り直した方がいいんじゃないか」
「けっこう水の中にいましたからね、戻りましょうか」
砂浜に向かってザバザバと歩みを進める。水深が腰より下になってきたところでアズールに立つように促す。
「お手をどうぞ」
「フフ、ありがとうございます」
差し出された手をアズールは素直に取り、ジャミルが腕を引くのに合わせて勢いよく立ち上がった。
そのとき波と砂が悪戯をして、アズールも足を絡めとる。
「あっ!」
バランスを崩したアズールがジャミルにぶつかって、受け止め来れなかったジャミルはアズールを抱き留めたまま尻餅をつく。
「痛……、……!」
ジャミルは無意識に女性を抱き止めたのは自分でも偉いと思ったが、その結果アズールの体がピッタリ密着してしまった。
首筋にアズールに形良い鼻がフィットして呼気でくすぐられ、鎖骨のあたりには唇が触れそうなくらいそばにある。ジャミルの胸板には柔らかな感触が押しつけられて、呼吸のたびにむにっと密着した。触れ合ったことで互いの体温が上がったのか、アズールのコロンが強く鼻を刺す。
「あ、ジャミルさん……」
とどめに耳元で名を呼ばれ、これ以上近づけないほど近くで上目遣いの双眸に見つめられた。五感全てでアズールいう雌を感受し、ジャミルは脳が性的刺激を受け出す指令に抗えなかった。
「すみません!お怪我はないですか!?」
転んだ上にジャミルを下敷きにしてしまい、アズールは慌てて立ち上がる。
「いや、大丈夫だ。君に怪我がないのならいい」
ジャミルもゆっくりとだが立ち上がると、波に流されつつあったアズールの浮き輪を取りに行くと言ってまた波をかき分けていく。
先に戻っていろと言われたアズールは素直に砂浜へ上がり天幕の下で休んでいたが、ジャミルは浮き輪に追いつくとそれをかぶり、しばらく海から戻ってこなかった。