好きな子が泣いている姿を初めて見た。
見かけによらず、意外と涙脆いことは知っていた。素晴らしいプリズムショーや、感動系の映画やドラマを見て涙ぐむ横顔は目にしたことがあるし、悔し涙を腕で拭う姿だって何度も見てきた。だけど、あんな風に声を上げて泣いているところに遭遇したのは初めてのことだった。
涙の理由は単純明快だ。彼が心酔している先輩が、学園を去るから。
学生である以上、誰しもいつかは卒業の日が訪れる。高校生活なんて人生のうちのほんの一瞬の時間に過ぎないのだ。俺も君も、あと数年もすれば同じようにこの学園を去るときが来る。いわば通過儀礼だ。大人になるための通過点なんだ。一生の別れというわけじゃないのだから、そんなに泣かなくたっていいよ。笑って「おめでとうございます」とか、「ありがとうございました」とか、それから「ずっと前から好きでした」とかさ。思っていることを全部伝えたらいいんだよ。ほら、卒業式の日に誕生日するカップルって結構いるでしょ? 別に失敗したってそれもまた思い出となるんだから、だから当たって砕ける覚悟でいってみればいいんだよ。
それなのに、不器用な君は、誰もいない中庭に隠れて、一人ぼっちで泣くことを選んだ。生い茂る緑や風の音が、泣き声を覆い隠す。だけどおれは見つけてしまった。いや、見つけた、なんて言い方は語弊があるかも。おれは君をずっと目で追っていたから。大勢の生徒に囲まれる先輩を見つめながら、背中を震わせている姿を見ていた。一人で中庭へ向かって駆け出す姿も見ていた。だから、見つけたんじゃなくて追いかけたっていうのが正しい。
ここでさ、偶然を装って君の前に出ていって、「泣いてんのぉ?」といつものおどけた調子でハンカチを差し出したらさ。君はきっと「泣いてねぇ」なんてグズグズの声で呟きながら、おれのハンカチを涙と鼻水でぐしょぐしょに濡らすでしょ? そしたら少しはおれの株が上がったりしないかな。おれのこと、少しは意識してくれないかな。
……無理だろうなって諦めて遠くから見ているだけのおれは、君と一緒。
まったく、不器用すぎて泣けてくるよね。
◇
好きな子が、おれの肩で泣いた。
初めては、PRISM一のとき。チームの負けは自分の減点のせいだと、自責の念に苛まれて彼は泣いた。
それからというもの、彼は悔し涙を流すとき、おれの肩で涙を拭うようになった。いくつものトレーニングスーツが、制服のシャツが、シルクのパジャマが、彼の涙を吸って重くなった。そんな時、なんて声をかけたらいいんだろうって迷いながら、まあるい頭を撫でていると、そのうち彼は「わりぃ」と小さな声で呟いて離れていく。彼は意外とくよくよ悩むタイプだから、泣いてスッキリ、なんてことはあまりない。そんな時は優しい言葉をかけながら、彼の気が済むまで、おれは何度だって彼の涙を拭うハンカチ役を担った。
ある日彼は、おれの肩にもたれるよりも先に、涙を手の甲でガシガシ拭って「かっこ悪ぃよな」と呟いた。
「おめぇには、かっこ悪ぃところばっか見せてる」
「かっこ悪くなんかないよ」
他人に悔し涙を見せられる君は、ちっともかっこ悪くなんかない。でもまだ、君の涙を拭う役目を降りたくはなくて、そっと抱き寄せる。Tシャツの、肩の辺りにじんわりと温かいものを感じて、おれは少し、ホッとしてしまった。
ずるいよね。ずるいのに、一番大事なことを伝えられないおれの方がよっぽどかっこ悪いからさ。安心していいよ。
◇
気がつけば、先輩たちが卒業した春から二年が過ぎていた。
雲一つない晴天。さわやかな風が気持ちの良い絶好の式典日和に、おれは華京院学園を卒業した。
そして今、おれは二年前と同じ場所で、好きな子が泣いている姿見見ている。
「……ひっ、う……うう……っ、クソ……」
相も変わらずおれは、君のことが好きだ。むしろ二年前よりももっと、君のことが好きで好きでたまらない。卒業に未練は無いけれど、一つ心残りがあるとすればそうだな、君と制服デートをしてみたかったなってことくらい。あ、でも、学校帰りに制服のままカラオケに行ったり、スーパーで駄菓子を買って川原でピクニックしたり、夕飯前にこっそりハンバーガーを食べに行ったり。そういう時間はおれも君も制服を着ていたから、制服デートってことでカウントしちゃう。
この二年間で、自惚れてもいいのかにゃ~って思えるようなこともあれば、やっぱ脈無しかも……と落ち込むこともあった。だから、勝算は半々ってところ。
好きだって、言う。ちゃんと。今までずっと好きだった。好きになってごめん。
「うっ……ひうっ、かずおの、くそばかやろ………」
「うええっ!?」
「あ…………? カズオ、なんで、ここに」
一歩踏み出そうとしたところで、タイガからおれの名前が発されたものだから、危うくずっこけそうになった。