Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    Medianox_moon

    @Medianox_moon

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 26

    Medianox_moon

    ☆quiet follow

    田中と宇津土とスキスギ君 っていうタイトルの、全くBLでもなんでもないコメディを書こうとしたものです。

    ##たなどす

    0 サラリーマンゾンビと神ベースとうっすい名刺 終わった。終わっちまった、何もかも。
     全てを失った……と言っても過言じゃない。俺はそう……一言で言って絶望に打ちひしがれ、孤独なサラリーマンゾンビのようにフラフラと歩いていたわけさ。
     街はすっかり日が暮れて、暗闇を街灯や店の照明が華やかに彩っている。道行く人は足早に駅へと向かう者と、逆にこれから夜を楽む者とでごった返していた。止まらない車の列は台風の日の河みたいに吸い込まれそう。そんな表通りは、サラリーマンゾンビと化した身には酷だ。
     そんなわけで、俺はその波から逃れるように、路地を曲がった。
     道が一本違うだけで随分静かになるもんだ。とはいっても、まだまだ繁華街の端。それなりに人は歩いていたし、暗い顔をして佇んでいる人影や、都会を生き抜く野良猫の姿も有る。通り一本挟んだ大通りの、人混みや車列がたてる音ははっきりと聞こえた。騒音だ。今の俺には、まごうことなき騒音。やけに大きく聞こえるから耳を塞ぎたくなったその時、俺の耳にボォン、と音が聞こえた。
     それはベースの音だ。人通りもまばらなこの路地で、ストリートでもやっているんだろうか。俺はキョロと周りを見渡す。暗くてよく見えないが、音のしたほうぐらいはわかる。そちらに向かって歩みを進めると、小さな人だかりができていた。
     その向こう、街灯に照らされたベンチの前に二人の人物の姿が有った。
     一人は緑色のショートボブヘアの女の子だ。緑を基調としたかわいい……あれをなんと言っていいのか。ゴスロリ……いやロリ……? とにかく、かわいいを詰め込んだワンピースを着ている。顔立ちもかわいい。全部かわいい。そんな女の子が、ルンルンといった様子で身体をくねらせている。
     何故彼女がクネクネしているかというと、その隣だ。こっちが本題。そこにはくっそ長い金髪の、くっそ背の高い外国人の男がいる。黒いレザーのパンクな服で身を包んだ、彼は、整った顔立ちだがどうやら眼を閉じているようだ。そしてその手には、一本のベースが握られている。
     ベンチの上には小さなスピーカーやアンプが置かれていて、その男がベースを指で撫でる度、優しい和音を奏でる。いや、それはあまりにも柔らかな動きで気付かないが、するりと撫でるような1動作だけで、何十もの音を鳴らしているようだ。それが耳に心地いい。まだ音楽未満、ベースで気まぐれにリズムを刻んでいるだけなのに、確かに、あの緑の女の子のように、身体を揺らしたくなる衝動にかられるような、魔法の音だった。
     俺は足を止めて、その男のベースに釘付けになった。リズムはやがてメロディを刻み始める。それは次第に動きを早めて……その指の動き、そして奏でられる音に、俺はとんでもない衝撃を受けた。
     ヤバイ……これは! 掛け値なしにヤバイ!
     上手い、とかそういうレベルの話じゃない。本当にこの、目の前の人間が弾いてるのか? 録音じゃなくて? この世界にベースの神がいるとしたら、まさに今ここで引き散らかしているこの男だろう。
     何が起こっているのかわからんぐらい素早い指の動きなのに、不思議とゆっくりして見える。激しい曲調、目まぐるしく駆け抜けるメロディラインなのに、一つ一つの音が丁寧で、何故か知らんが柔らかい! たぶん彼にはこの超絶技巧でさえ、子どもの遊び、息抜きなんだ。そう確信するぐらい、リラックスして、楽しんで弾いているのが伝わって来る。
     いつの間にか俺の周りの人だかりは随分な人数になっていて、まるでそのベースに魅了されているかのように夢中で耳を傾けている。多くの人はそのありもしないビートを刻み、流れてもいない歌に身体を揺らしていた。
     これは、これはなんだ。俺は涙が溢れて来るのを止められなかった。これはもう、ヤバイとしか表現できない! ベースの神がいるとしたら彼だし、音楽の神がいるとしてもきっと彼だ。そう確信した時、俺はこの場にありもしないスティックを握りしめ、ドラムセットを叩きたい衝動にかられた。ああ、わかる、わかるよ。ここに有るべきビート、バスドラム、シンバルのタイミングまではっきりと! 俺は、俺はそれを担当しなきゃいけない! この場にいないドラムに変わって!
     俺はこのベースとバンドを組みたいと、はっきり思った。いや、これほどの神と一緒にバンドなんておこがましいかもしれない。それでも! このベースなら何時間でも聞いていたいし、その一助になれたらと願わずにはいられないんだ! 俺には、ドラムが叩けるのだから!
     ボロボロ流れる涙、ありもしないスティックを握りしめたサラリーマンのゾンビ。俺の姿は異様だったろうけど、皆そのベース音に釘付けで気にもされていないようだった。
     そしてその時、ふと気付いた。隣にいた緑の女の子が、いつの間にかマイクを握っていることに。
     歌う、のか⁉ この……この恐るべき神のベースをバックにして、歌う度胸がこの女の子には有るというのか……⁉
     そしてその女の子は、すうっとその小さな唇を開いて。
    「はし~れ~ ニュンニュン~♪」
    「⁉」
    「飛び上が~れ~ ニュンニュン~♪」
    「えっ、ちょ」
    「夜の~街に~踊れ! ニュンニュン~♪」
     こんな超絶技巧のベースをバックに、その女の子はあろうことか! アニメソング「夜の街に猫又ニュンニュン」を歌い始めたんだよなあ
     妖力を持った猫又が、ただの猫のふりをして一般家庭に飼われ、密かに世界の平和を守ってるっていうオーソドックスな話だ。確か、小説が原作とかで子供向けに大ヒット飛ばして、アニメ化にこぎつけたとかいう……。
     なんでそんなコテコテの子供向けアニメのテーマソングを歌ってんだ⁉ ほら! 集まってた人達、びっくりするほどサァーーッていなくなったじゃん! この子もなんか微妙に不安になる音程で、お世辞にも歌が上手くないし……。
     そう考えながら女の子を見て、俺はさらに仰天した。彼女は本当に楽しそうに、客がいなくなったのも気付かないみたいに歌ってるんだ! こんなに幸せそうに、心底歌うのが楽しいっていう感じで歌う子、なかなかいないぞ! 客がいなくなっても気にしないメンタルも鋼鉄だ! こんな子はあとはもう定期的にリサイタルを開きたがるガキ大将ぐらいしかいないだろう。
     でもそこまで壊滅的な音痴ってわけでもない。可もなく不可も無く……いうなれば、カラオケ上手いね~って友達から言われるぐらいの歌声だ。なんだが……ずっと聞いてるとだんだんその歌が魅力的な気がしてきた。というか、ベースがやっぱり神。彼女の歌がメイン、あくまで自分はベースだって感じで、彼女の不安定な音とリズムに絶妙に合わせてハーモニーを作り出してるんだ!
     その技巧、二人の不思議な魅力の音、そしてめちゃくちゃ聞き覚えのあるアニメソング。俺は呆然と立ち尽くしていた。気が付くと歌も演奏も終わっていて、目の前にその女の子が立っていた。
    「最後まで聞いてくれてありがとうございますぅ~」
    「えっ、あっ、俺、」
     慌てて周りを見ると、俺以外に客の姿は無い。ベースは機材を片付けているようで、その女の子がものすごく嬉しそうな顔で、俺を見上げている。
    「これ、名刺です! 良かったらどうぞぉ」
    「あ、は、はあ、ありがとうございます……」
     俺はついつい営業のようにペコペコ頭を下げながらその名刺をもらった。そしてその文字を読もうとする。
    (……文字うっす!)
     薄い緑色をした名刺には、酷く掠れた文字で何事か書かれているようだが、辺りが暗いのと色が薄いのとで全然読めない。目を細めてる間に、「毎週ここでやってるから、またお時間が有ればよろしくお願いしまぁす」と女の子はベースのところに戻ってしまった。
     本当はベースに声をかけたかった。アンタの後ろでドラムを叩きたいって。でももし、この二人がコンビだとしたら、あの女の子に話を通さずベースにがっつくと印象が悪いだろう。幸い、毎週ここでやっているという情報は得られた。ここは一度帰って、この名刺をよく確認しよう。
     俺はそう決めて、先ほどまでのゾンビ姿は何処へやら、急ぎ足で家へと戻った。
     狭い癖にクソほど家賃が高い都会のワンルームに駆け込み、ゴミを蹴り飛ばしながらパソコンに向かう。スーツを脱ぎ捨ててベッドに放り投げながら、改めて名刺を見た。やっぱり文字がうっすい。俺の予想では、インク切れかけのプリンターで無理やり印刷したんじゃないかと思う。
    「んーと、何々……? wind-up Elysium……ウィンドアップ・エリュシオン? ねじ巻きの楽園……これがあの二人のコンビ名って事かな? んーと……緑谷へどろ&ロックスキスギ……ちょっと待て、名前のアクがつええなオイ」
     名刺の表にはコンビ名と二人の芸名と思わしき名前、そしてホームページのアドレスが記載されていた。めんどくさいから、そのままパソコンで検索すると、大量の動画が出てくる。おお、結構活動してんのかな、とクリックしたら、「緑谷へどろのオススメコスメ神7」だった。
    「……歌じゃねえのかよ⁉」
     自動で再生が始まったそこには、さっき出会った女の子が映っている。「今日もオススメのコスメでメイクしていきますよぉ」とのんびりした口調で言う彼女は、画面映えしてめちゃくちゃかわいい。ふと再生回数を見たら5万回を突破していて目を丸くしたけど、さらにコメント欄を見て目ん玉飛び出るかと思った。
    「『へどやん、男の子なのに可愛すぎ』……⁉ お、おおおお男ぉお⁉」
     三度見した。あ、あの顔で男⁉ 声も仕草も女の子そのものだったぞ⁉ こわい! いい匂いもしたような気がするし、あの無邪気な笑顔で上目遣いをされるとどうにも邪険にできない空気まで有ったけど、全ては計算された芸風ということなのか……⁉
     困惑しながら動画リストを見ても、殆どがメイク動画だ。どうやらこの、緑谷へどろという子は歌手より男の娘メイク動画で人気に火がついてるらしい。いや俺は君の相方に興味が有るんだけどね?
     さらに調べると、「バンドメンバー募集中! アットホームなバンドです!」ってブラックなバイトみたいな募集が書いてあった。毎週決まった時間にストリートをしているので、是非名刺をもらって、裏に書いてある連絡先にどうぞ……とのこと。
     俺はどうやら、期せずして募集に応募するチャンスを掴んでいるらしい! 慌てて名刺の裏を見ると、そこにはなにやら書いてある。やっぱり、うっすいけど。
    「えーと……T市……T区……日向町4丁目2525番地かまあげ荘101……ってこれ待てよ⁉」
     めっちゃくちゃ、当人の住んでる住所っぽい。オイオイ大丈夫か、このネット全盛個人情報保護主義の時代にだだ漏れですけどぉ⁉ ていうか、ここに連絡しろって手紙でも送れってこと⁈ この時代に⁉ 緑谷さん、動画バンバン投稿できるんですよね⁉ メールアドレスでも書いてろよぉ!
     つっこむことが多すぎて俺は1人でゼェハァしてきた。と、とりあえず、ここに手紙でも送ればいいんだな。そう思って便せんを買いに行くか考えたところで、ふと思いつく。この住所は一体何処なのだろう、と。
     いや、別に邪な気持ちじゃない。純粋な知識欲だ。別に。ホンマ。ちょっとネット地図で調べたら忘れようと思ってたんだって。
    「……あれ。けっこう……近いな……」
     決して。やましい気持ちがあったわけじゃなかったんだって。でも俺は、応募する前に……一度、緑谷さんのこの、住所を見に行こうと、そう思っちゃったんだよなあ……。
     
    Tap to full screen .Repost is prohibited

    Medianox_moon

    MOURNING田中と宇津土とスキスギ君 っていうタイトルの、全くBLでもなんでもないコメディを書こうとしたものです。
    0 サラリーマンゾンビと神ベースとうっすい名刺 終わった。終わっちまった、何もかも。
     全てを失った……と言っても過言じゃない。俺はそう……一言で言って絶望に打ちひしがれ、孤独なサラリーマンゾンビのようにフラフラと歩いていたわけさ。
     街はすっかり日が暮れて、暗闇を街灯や店の照明が華やかに彩っている。道行く人は足早に駅へと向かう者と、逆にこれから夜を楽む者とでごった返していた。止まらない車の列は台風の日の河みたいに吸い込まれそう。そんな表通りは、サラリーマンゾンビと化した身には酷だ。
     そんなわけで、俺はその波から逃れるように、路地を曲がった。
     道が一本違うだけで随分静かになるもんだ。とはいっても、まだまだ繁華街の端。それなりに人は歩いていたし、暗い顔をして佇んでいる人影や、都会を生き抜く野良猫の姿も有る。通り一本挟んだ大通りの、人混みや車列がたてる音ははっきりと聞こえた。騒音だ。今の俺には、まごうことなき騒音。やけに大きく聞こえるから耳を塞ぎたくなったその時、俺の耳にボォン、と音が聞こえた。
    4734

    recommended works