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    Medianox_moon

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    Medianox_moon

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    田中と宇津土とスキスギ君

    ##たなどす

    1 来ちゃった「……来ちゃった……」
     俺は目の前にある建物を見上げて、ポツリと漏らした。
     ド平日のド朝。俺はバンドマンだということをカモフラージュする為、地味な恰好でやって来たんだが。なんていうかその建物は……すごかった。
     かまあげ荘、というデカデカとした看板は古びて錆が付きまくっている。当然、建物も良く言えば「レトロ」で「趣のある」「どこか懐かしい」外観だ。悪く言ったら、くそボロアパート。誰か住んでんのかコレ。
     壁の白いペンキは褪せたり汚れたりで不気味だし、蔦が這いまくってる。二階に上がるらしい金属の階段はサビサビだし、敷地の庭っぽいところは青々と草が自由気ままに草生を謳歌している。廃屋って言われたらそうかもね、って感じ。
     俺はもう一度名刺を取り出して住所を確認、スマホを見て地図を確認した。ウーン、間違いなくココだ。こんなところに、あんな可愛い子が住んでて、メイク動画を配信してるのか……インターネット来てるんだな……。
     入口と思わしき1階正面部分に目をやる。なんというか……昔ながらの、何か店のような感じだ。大きなガラス付きの引き戸が4枚並んでいる。その向こうには緑色の暖簾がかけられているようで、建物の中は見えなかった。……いや! 俺は別に覗きをしようと思ったわけじゃないぞ! マジで!
     音楽の神に誓って、やましいことなんて何も無い。別に誰かに問い質されたでもないけど独りで言い訳していたら、カタタ、と建物の中から音がした。俺は飛び上がって、塀の影に隠れて様子を伺う。
     カラカラ、と音を立てて引き戸が開いた。中から出て来たのは、こないだのあの子だ。緑谷へどろ、この名刺の持ち主で、たぶんこの建物に住んでる「男の娘」。あの日と違って今は煌々と太陽が空から照らしてるわけで、その姿もよく見えた。
     今日も化粧をバッチリしているそいつは、やっぱり女の子にしか見えない。緑のボブに赤いメッシュを入れてる、個性の強さはそれだけでアーティスティックだ。とろんとした眠そうな顔は、でもめっちゃかわいい。右目の下に泣きほくろがあるのも一部の層にウケそうなもんだ。男としては小柄な彼は、今日はなんというか……白い服を着ていた。なんかこう……まるで、料理人みたいな……。
     そう思って見てたら、彼は一度建物の中に引っ込んで、それから外に「商い中」と書かれた小さなボードを置いた。
    「……商い中⁉」
     何を⁉ 俺は訳がわからず叫んでしまった。慌てて口を塞いだけど、緑谷とめちゃくちゃ目が合ってしまった。
    「あ、お客さんですかぁ?」
    「えっあ、あ、あーあの、俺は……」
     何をどう説明して良いやら。まごまごしている間に、緑谷は天使のように愛らしい笑顔を浮かべた。
    「いらっしゃいませ! どうぞ中にお入り下さい~」
     って言われちまったら、入るしかないじゃん? なあ。
     ささっと店内に入ってしまった緑谷を、のろのろと追う。どうせバンドメンバーになりたいと言うつもりなんだ、ここで逃げたら悪い印象を与えるかもしれない……。しかし、外がこんなんだということは、中もだいぶヤバそうじゃないか。俺は覚悟を決めて、中に入った。
    「はへ……」
     暖簾をくぐると、そこは別世界。清潔そうな内装に、無垢材のようなカウンターやテーブルは洒落ていて女性受けもよさそうだ。陶器類もインテリアショップで扱っていそうな綺麗なもので、外観とのギャップで風邪引きそう。でも壁という壁に貼られた「きつねうどん300円」「肉うどん500円」「カレーうどん600円」の紙は、まるで普通のうどん屋みたいな……。
    「えっ、うどん屋じゃん⁉」
     俺はまた声に出していた。まるで普通のうどん屋みたい、じゃねえんだよ、うどん屋だよここは。見ろ! カウンターにはオシャレな陶器を使っているけど割りばしが刺さってるし、何か調味料入れもあるがどうせアレは七味か一味だ! オシャレすぎて何が入ってるのかわからんからテ〇ラでシールして中身を書いちゃってる奴だよ!
    「お好きな席へどうぞ~」
     緑谷はそう言って厨房の方へと言ってしまった。こんなオシャレな内装のうどん屋には俺はちょっと似つかわしくない気がして、肩身が狭い。あとうどんを食べに来たわけではないんだけど……なんかこう、これだけ「うどん」という単語を並べられると、食べたいような気がしてきた。気のせいかもしんない。
     おずおずとカウンターに腰掛ける。目の前に置かれたメニュー表を見ると、綺麗な字で様々なうどんの名前が書かれていた。どうやら本当にうどん専門店のようだ。うーん、まだ昼飯には早いからなあ。軽めにかけうどんとかにして様子を伺うか……。
     そんなことを考えてると、コトン、と水の入ったグラスが置かれた。ああ、ありがとう、とメニューから顔を上げると、そこには例の、ベースの神がいた。
    「ヒエッ⁉ あ、アンタ……!」
     ベースの神が、こんなところで何をしているのか、と言おうとして、俺は彼の見た目に全てを察した。
     いや、こうして明るいところで見るとすごい恰好してんだよ。髪型は平安貴族みたいな、見事なお姫様カットの金髪が膝より下まで伸びてるのを一括りにしてるんだけど。眉毛までマロ眉っていうのか……ふっとい点みたいな感じで。でもめちゃくちゃイケメンなんだなって顔立ちだけでわかる。睫もバッシバシ。そして身長がめちゃくちゃ高い。
     そんな彼は、さっきの緑谷と同じ、白い服を着てる。そう、飲食店……ここで言うなら、うどん屋の店員みたいな……。
    「店員さん⁉」
     いや店員みたいな、じゃねえんだよ。めっちゃご注文お伺いしますセットを手に持ってるじゃん! あの伝票とペンのセットをさあ! えっ何ここ! ここで二人共働いてるの⁉
    「ゴチュモン、伺う、シマス」
     ベースの神はカタコトの日本語で言った。声までイケボって奴だ。もうコイツ一人でベースと歌やればいいんじゃないかな、ってぐらいの。追い求めた神が目の前で、オーダーを取ってる。俺は動揺してめちゃくちゃドモってしまった。
    「あああ、あ、えと、えっとあ、あの、あれ、そう、アレ……か、かけうどん!」
     俺、アンタと一緒に演奏がしたくて……と伝えるタイミングをどうしたものか。アワアワしている俺をよそに、神は言った。
    「カリウドン、ヒトツ」
     なんか、カレーうどんって言った? それとも外国人訛りなのか。とりあえず「か・け・うどん、ね!」と念を押しといたんだけど、「OKOK、カリウドン」と返されただけだった。
    「ショショお待てクダサイ」
     神はそう言ってオーダーを伝えに行こうとしたから、俺は慌てて呼び止める。
    「あ、あの!」
    「ハイ?」
    「昨日、ストリートでベース、弾いてたよな⁉ 俺、是非ともアンタとセッションしたいと思っていて……よかったら、一緒に、」
    「ヤダ」
     まだ言い切ってないのにキッパリと断られた。俺はあまりのことに硬直しちまって、その間に神はスススと厨房に消えてしまった。
     きれいさっぱり断られた。いやでも! まだ理由を聞けてない! もう少し粘ってみよう。あれほどの神とお近づきになれるチャンスなんだ。一回ぐらいで諦めちゃダメだ……。
     そうは思っても、萎れる。しょんぼりうなだれていると、今度は緑谷がトレイにうどんを乗せてやって来た。
    「お待たせしました~、カレーうどんです」
    「エッ?」
    「あれ~? ご注文、違いましたかあ?」
    「いや、俺は、かけうどん……」
     そう思ってメニューを見たんだけど、何故か全てのメニューがカレーうどんと書いてあるように見える。思わず三度見して、それから壁を見る。やっぱり、全部カレーうどんのような。なんだこの店、カレーうどん専門店だったのか?
     それに、緑谷の持って来たトレイに乗ってるカレーうどんが……何故だか、ものすごく魅力的に見えた。とろりとしたカレーの光沢と、慎ましやかな具。その下から垣間見えるうどんの優美な稜線。香ばしいスパイスの香り、ふわりと上がる湯気。さっきまでそんなにうどんを食べる気分ではなかったのに、今はそのカレーうどんが、無性に食べたくて仕方ないような気がする。
    「……あ、だ、大丈夫」
    「そうですかぁ? はい、どうぞ~。熱いから気を付けて下さいねぇ」
     ごゆっくりどうぞ~、と緑谷は厨房へと帰って行く。静かな店内には、俺とカレーうどんだけだ。改めて目の前の食事を見ると、ごくりと喉が鳴った。なんて、美味そうなんだ。
     いや、普通のカレーうどんなんだよ。なのにどうしてだか、俺はもう三日も飯を食ってないぐらいの勢いでそれを食いたくなった。割り箸を手に取って「頂きます」と心の中で呟き、手を合わせると早速手を付ける。
     まずは麺を少し掬ってみた。とろーり、と絶妙にまとわりついたカレーだしが、スパイスの香りを立たせて絶妙に食欲をそそる。今すぐ食べたい! その本能のままにうどんを口に運んだ。ちゅるん、と啜りこむと口内にカレーの味が広がる。うーん、最高だ。少し甘口の出汁に、家庭の味って感じのカレーがよく馴染んでる。うどんは適度なコシが有って食感も味もいい。最高。いやホント、神。これは神のカレーうどんだ。
     神、がありふれた賞賛になって久しいが、俺は自信を持ってこのカレーうどんを人に薦められる。美味い。何故だか故郷のおふくろのことを思い出して、しんみりするぐらい美味い。俺は気付くと夢中でカレーうどんにがっついていた。
    「お味、どうですかあ?」
     ぴょこ、とカウンターの向こうに緑谷が顔を出す。それと一緒に神――確か、ロックスキスギって言ったっけ――が出てきて、店内の隅っこへ歩いて行った。俺はそれをチラッと見たけれど、この感動を緑谷に伝えずにはいられなかった。
    「う、美味い、すごく美味しいよ!」
    「本当ですかぁ。良かったですぅ~!」
     キラキラした笑顔で喜ぶ彼は、本当に可愛い男の娘だ。俺はちょっとドキっとしてしまって、慌ててそれを打ち消さなくちゃいけなかった。危ない扉、開きそう。
    「お客さん、広島出身だって聞いたから、甘めの出汁がいいかなあと思って。喜んでもらえて、嬉しいですぅ」
    「……ん?」
     どうして俺が広島出身だって、知ってるんだ。確かにそう、俺は広島出身。関東の黒くて濃いうどんスープに馴染めない男だ。そうか、だからおふくろのことを思い出したんだ。これは広島のカレーうどんの味――。
    「な、なんで俺が広島出身だって……」
    「え? 言いませんでした?」
    「言ってない言ってない! 絶対言ってないよ!」
     だって今日初めて、いや、昨晩も会ったけど! 接点薄いのにいきなり「俺広島出身なんだよね」とは言わんだろ! いや、他人がどうかは知らんけど。俺は言わないんだよ!
     でも緑谷は「うーん?」と首を傾げて考え込んでいる。
    「僕は聞いたんですけどねえ?」
    「き、気のせい、それは気のせい、たぶん他の人、」
     そんなやり取りをしていると、ボォン、と重低音が店内に響き渡った。ハッと店の隅を見れば、白い服を脱いだロックが、ベースを構えている。
    「……エッ⁉ 今営業中ですよねぇ⁉」
     店員が営業中に職務放棄してんじゃん⁉ 俺はびっくりして緑谷に言ったけど、彼は「ああ~」と笑顔だ。
    「うち、あんまりお客さん、来ないのでぇ」
    「でしょうねぇ⁉」
     あんな外観で入って来るやつ、よほどの通か物好きだけだろうよ! 
    「だから、仕事が無い時はああして楽器の練習をしてもらってるんですぅ」
    「客がいるのにぃ⁉」
    「店内BGMだと思って頂ければぁ」
     そう言うや否や、ギュオオォーン、とベースが叫び声を上げる。BGMって何か知ってる? バック・グラウンド・ミュージック。背景で流れる、雰囲気を作る音楽なの。こんな主張激しくねえのよ。
     言いたいことはめちゃくちゃ有ったけど、緑谷とは会話が絶妙に成立してないし、ロックスキスギに「うるせえ」とは口が裂けても言えねえ。だって一緒に音楽やりたいんだもん。俺は仕方なく、ベースを見聞きしながらカレーうどんをすすることにした。
     明るい場所で見ても変わらない、凄まじい指さばき。なのに一つ一つの音が繊細で深みが有る。簡単なことをこなしているように見えるが、ドラム一筋の俺にだってわかる。信じられないぐらい上手い。録音されたものに合わせて適当に手を動かしている、エアベースだと言われたほうがまだ納得できるほどには。
     ……でも、うどん屋のBGMにしては、めちゃくちゃうるせぇ~!
     俺はカレーうどんをすすっている手前、ツッコミをいれることもできなかった。
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    Medianox_moon

    MOURNING田中と宇津土とスキスギ君 っていうタイトルの、全くBLでもなんでもないコメディを書こうとしたものです。
    0 サラリーマンゾンビと神ベースとうっすい名刺 終わった。終わっちまった、何もかも。
     全てを失った……と言っても過言じゃない。俺はそう……一言で言って絶望に打ちひしがれ、孤独なサラリーマンゾンビのようにフラフラと歩いていたわけさ。
     街はすっかり日が暮れて、暗闇を街灯や店の照明が華やかに彩っている。道行く人は足早に駅へと向かう者と、逆にこれから夜を楽む者とでごった返していた。止まらない車の列は台風の日の河みたいに吸い込まれそう。そんな表通りは、サラリーマンゾンビと化した身には酷だ。
     そんなわけで、俺はその波から逃れるように、路地を曲がった。
     道が一本違うだけで随分静かになるもんだ。とはいっても、まだまだ繁華街の端。それなりに人は歩いていたし、暗い顔をして佇んでいる人影や、都会を生き抜く野良猫の姿も有る。通り一本挟んだ大通りの、人混みや車列がたてる音ははっきりと聞こえた。騒音だ。今の俺には、まごうことなき騒音。やけに大きく聞こえるから耳を塞ぎたくなったその時、俺の耳にボォン、と音が聞こえた。
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