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    Medianox_moon

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    Medianox_moon

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    田中と宇津土とスキスギ君

    ##たなどす

    2 俺の絶望がわかるか いや、カレーうどんは本当に美味かった。汁まで飲み干して、ご馳走様ですと手を合わせ。それから俺は、改めてベースの神へと近付いて行った。
     ロックスキスギは俺に気付くと演奏を止めた。おもむろに楽器を下ろしながら、「お会計、アッチ」と言ったので、普通にレジと間違えられたみたいだ。
    「あの、俺、アンタとどうしてもセッションしたくて!」
    「カリウドン、600エン」
    「や、あの、お金は払うけど、俺、」
    「ヤダ」
     また断られた。とりつく島もない、とはこのことだ。心が折れそうになったが、ここで負けてたまるか。もう俺には失うものはそんなにない、とことんいっちまえ。
    「そこをなんとか」
    「ヤダ」
    「一度だけでも!」
    「ヤダデス」
    「ですがついた……。えーと、えーとじゃあ、どうして嫌なのか教えてくれないか⁉」
    「…………」
     ロックスキスギ……あーもー長い。スキスギは少しの間黙って何事か考えている様子だったけれど、その前が見えているのだかわからないぐらい糸目だから表情も読めない。ややして彼は、答えた。
    「ワタシ、タナカの歌、スキ」
    「……タナカ?」
     急に知らない名前が出てきた。首を傾げていると、スキスギは俺を指差す。
    「デモ、オマエのコト、シラナイ。故ニ、ヤダ」
     なるほど? 俺のことを知らないから一緒にセッションしたくないっていうわけだ。つまりそれは――。
    「じゃあ、俺のことを教えたらいいんだな⁉」
    「ポジティブ」
     スキスギが眉を寄せたけど、俺だって必死なんだ。ここでこの人と繋がりを持たないといけない、そんな気がしている。なんせ俺は後が無いからな。
    「どうしたんですか~? 食い逃げですか~?」
     緑谷も俺達の会話を聞きつけて顔を出した。いいタイミングだ。ここらで自己紹介といこうじゃないか。
    「俺の名前は宇津土筒美! あの覆面バンド「ゆんゆんファクトリー」の元リーダーでドラムを務めていた男だ!」
    「シッテル?」
    「知らないですね~」
     緑谷とスキスギがヒソヒソと話し合ってる。まあ、それは想定内だ。なにせインディーズバンド「ゆんゆんファクトリー」がメジャーデビューをするのは、これからだからな!
    「広告代理店勤務を続けながら、先日まで15年間ドラムをやり続けた! 作曲も担当してたし、コーラスもできる、まさにバンドに必要不可欠な男だったんだ! 動画編集、練習場所の確保、ライブのセッティングからビラ配りに買い出し掃除まで、全部俺がやっていたほどの実力者さ!」
    「パシリ?」
    「難しいところですね~」
     そう、ちょっと言ってて思ったけど、後半パシリかも。とはいえ、バンドに必要不可欠だったということも伝えられたし、ドラム歴15年、現役でやってるというわけだ。
    「ロックスキスギさん、アンタのベースは神だ! 技術も表現力も明らかに別次元、絶対に実力はプロかそれ以上だって確信が有る! だから……だから、俺は最期に、アンタとセッションしてみたい……! 男の頼みをどうか聞いてくれないか、この通りだ!」
     ガバッと床に土下座して頼み込む。俺の勢いに二人は少し怯んだのか、しばらく店内に沈黙が満ちた。それからまず緑谷が「あのう、最期って……?」と問いかけて来る。
     土下座したのと同じ勢いで顔を上げると、だぱっと涙が溢れた。それを見て「ひゃあ」と緑谷が驚いていたけれど、この際もう恥も外聞も有るもんか。改めて、失う物は特に無い。
    「先日、10年ほど一緒にやっていたバンド「ゆんゆんファクトリー」に、音楽会社からオファーが有って、メジャーデビューが約束された……」
    「ええ、すごいじゃないですかあ」
    「その条件が……30代目前の作曲兼リーダー兼可も不可も無ぇドラマーである俺をクビにするってことだった……」
    「え、ええ? そ、それは……」
    「エグ」
     緑谷もスキスギも眉をひそめる。そりゃそうだよ。酷いじゃないか。それってもはや、「ゆんゆんファクトリー」なのか? って話だよ。俺が10年間、作り上げて来たバンド、そして仲間達、あの野郎……!
    「で、他のメンバーはOKを出した。俺は今、ソロだ」
    「えええ~! OK出しちゃったんですか、バンドメンバーさん達……」
    「そうだよ! 俺抜きで! 俺のバンドが! メジャーデビューだよ」
    「エグ……」
    「俺の絶望がわかるか、仲間に裏切られた心地だったよ、もう30手前、やっとメジャーデビューの夢を掴んだと思ったら目の前で全部無くなった、まるで落とし穴にでも落ちた気分だ、たぶん深さ10mくらいのだ。俺は頭が真っ白になって、なあ、そんな俺が仕事なんてできると思うか?」
    「ま、まあ、その、たぶん無理ですよね……」
    「そうだ、俺は心ここにあらずであらゆるミスをした! 相手先を間違えてメールを送り、請求金額の桁を間違え、取引先との打ち合わせをすっぽかし、しまいには3日ほど寝込んで無断欠勤した! するとどうなったと思う⁉」
    「そ、それは、」
    「そうだよーーッ! 会社もクビになりましたーーッ! うわああああああああ!」
     叫び声を上げて俺はまた床に突っ伏した。これまで誰にも言えなかったことだったもんだから、感情が押さえられない。ついでに言葉も全部ダダ洩れになった。
    「親兄弟にはいい年してまだバンドマンやってるのかって笑われ! キツい仕事時間の間を縫って、寝る間も惜しんで作曲作業に手続きもして! 不安で眠れねえ夜も有ったよ、このまま何にも実らないまま爺さんになった時おまけに独身なのかなと思ったら、死にたくなったりよぉ! 確かに俺はドラムもそんな上手くないかもしれねえ、でも他の楽器に比べて練習環境過酷じゃね⁉ いや言い訳はしねえ、俺より上手い奴はこの世に5万といる……でも! あのバンドを作ったのも守ってたのも俺だったんだよぉおおお」
     ぶわーーーー、と叫びながら咽び泣いた。あのあの、と緑谷が真っ白なタオルを差し出してくれた。たぶん雑巾じゃないと思う。顔を押し付けてわんわん泣いたら、ちょっと落ち着いた。ありがてえ。
    「だからちょっと、一回死んだらスッキリするかなと思ってたんだけどさ」
    「ひえっ、そ、そんなカラオケ行くみたいな軽いノリで死んじゃダメですぅ!」
    「イクナイ」
     なんか笑顔で呟いたら、緑谷が必死で止めてくれたし、スキスギもうんうん頷いてる。なんて優しいんだ、見ず知らずのいきなりやって来て泣き始めた客に。あ、客だからか……? 営業トークって奴かも……。
    「営業なんかじゃないですよう。目の前で泣いてる人がいるのに、放っておけないですぅ」
     緑谷が俺の心の声でも聞こえるみたいにそう言って、背中をさすってくれた。なんていい子なんだ。本当の女の子だったら俺どうにかなってたかも。近くで見ると本当に可愛いし、おまけに優しい。女の子じゃなくても俺どうにかなるかも。
    「ありがとう緑谷さん、実はもう一つ死にたくなる理由が有って」
    「まだ有るんですかあ!」
    「住んでるアパートの家賃が高すぎて払えない、このままじゃドラムセットもパソコンも売らないとダメだ、俺の全部無くなる。死んだのと同じ」
    「カゾエヤクマン」
    「だから最期に、せめて神とセッションできたって思い出が作りたかったんだよおお」
     俺はなんだかおかしくなってきて、ハハハハハと乾いた笑いを出した。たぶん眼も死んでて相当ヤバかったんじゃないかな。緑谷とスキスギは顔を見合わせて、それから言った。
    「じゃあ、僕達のバンドに入ったらいいんじゃないですかあ?」
    「……へあ?」
     思いがけない提案に、俺は変な声を出してしまった。バンドへの勧誘? 俺のドラムも曲も聞いて無いのに? この神ベースがいるバンドへ……⁈
    「い、いいのか……⁉ だ、だってロックスキスギさん、俺とセッションするのヤダって……」
    「それは、ツツミンのことをよく知らなかったからですよぉ」
     緑谷がにっこり微笑む。誰だ、ツツミンって。俺か。宇津土筒美だからツツミンか……。
    「メンバーになってくれたら、スキスギさんも一緒に演奏してくれますぅ。ちょうど、僕もギターを練習してるところだけどまだまだで、バンドメンバーなんて増えないかなって諦めかけてたところなんですけど……渡りに船、って奴ですねぇ、スキスギさん!」
    「タナカがイイナラ、スキスギもイイ」 
    「んもう! 田中じゃないです、緑谷へどろですぅ~!」
     クールなスキスギに、緑谷がプンプン! と漫画みたいな擬音を声に出して怒っている。そうか、タナカっていうのは緑谷の本名なんだな、と俺は察した。そして続いて俺は、めちゃくちゃチャンスを掴んだということを自覚する。
     最期の記念にセッションどころじゃない。ベースの神と同じバンドに入れるんだ! これは、メジャーデビューも夢ではないかもしれない……!
    「ほ、本当に、本当に俺なんかでいいのか⁈ 本当に……!」
    「はい~。だって、ツツミン、僕達の名前、もう覚えてくれてるでしょう? さっき名前を呼んでくれたから」
    「あ、そ、それは……」
    「こうやって来てくれて、名前を憶えて呼んでくれるし、辛いことも全部話してくれるようなツツミンに、僕は幸せになって欲しいんですぅ。ね?」
     ね? と首を傾けて微笑む姿は天使そのものだった。可愛くて尊くてどうにかなりそう。これ、キャラじゃないの? 本性からこんなド天使なの? やばいよそりゃメイク動画人気になるって。この世の悪が浄化されちゃうよ。こわい。
     そんな風に考えていると、更に緑谷が畳みかけて来る。
    「それに、お住まいのこともなんとかできますよぉ」
    「へ」
    「ここの二階、アパートになってるんですけど、空き室いっぱいありますからぁ。見ての通りオンボロですから、お安く貸せますよぉ」
    「えっ、あれ……お、大家さん……?」
    「それにぃ、うどん屋さんのスタッフも募集中ですぅ。住み込みアルバイトもできて一石二鳥、ついでに休憩時間は空きスペースで楽器の練習もできますよぉ。ドラムも持ち込んで一緒に練習しましょ、ツツミン」
     なんて魅力的な申し出だ! 俺の今のドン底、全部解決するじゃん! いやわからんけど。でも間違い無く、ここに引っ越せば、俺の命みたいなパソコンもドラムも失わなくて済む! こんな素晴らしいこと、たぶんもう当分起こらないに違いない。
    「よ、よろしくお願いしまぁす‼︎」
     俺は思わずそう叫んで、頭を下げた。また涙で目が滲んだけど、これは歓喜からくるものだろう。捨てる神有れば、拾う神有るってやつだ。
    「やったあ〜! よろしくお願いします。改めて、僕は緑谷へどろ、バンド「ウィンドアップ・エリュシオン」のリーダーをやってまあす!」
    「ベースひく、ロックスキスギ」
     2人が握手の為に手を差し出してくれた。その手を握り返した時、俺は一瞬固まった。
     濡れた視界にぼんやりと、黒尽くめの鳥が、つまりカラスが見える。それは緑谷の肩に留まっているようで、俺の目が悪いのか、足が三本有るように見えた。
     なんでうどん屋にカラスが? そう思った瞬間、ギラリと何かが光った。一瞬のことで、視線だけしか動かせなかったけれど、それは確かにスキスギの背後から金属の、それもめちゃくちゃに切れそうな、おまけに大きな刃物が振り下ろされる。
     ところがまた、ヒェッと息をする暇も無い。その刃はバキィイイ、と派手な音を立てて、火花を散らして何故だか黒いカラスの羽根に遮られた。その時見えたことが間違いないなら、それだけじゃない。スキスギの後ろ側から、それまで絶対この場にいなかったはずの、真っ黒な人影が鎌を振り下ろしていたんだ。古風な言い方をすれば、死神みたいなやつだった。
     そして、その刃はどうやら俺を狙っていたような気がする。しかしカラスの羽根が何か不思議な力でそれを防いだように、見えた。でもそれはあんまりにも一瞬で、すぐに俺には何も見えなくなってしまった。
    「……へ……」
    「? どうしたんですか? ツツミン」
     緑谷が首を傾げている。それにも「エッ」と声を出すと、スキスギまで「便秘?」と同じように問いかける。いや、そこで便秘かどうか聞くのもおかしいと思うけど、いやいやいや、今はそんなことにツッコんでる場合じゃない!
    「エエェーー、み、見えてない感じ⁉ どう考えてもおたくら二人から出てましたけどォ⁉」
    「え~、出てるって何のことですかぁ?」
    「電波ヤロカ?」
    「いや、まあおたくら二人共独特の電波は出てそうだけれどもねぇ!」
     そっかあ、見えてないかあ。なんかもうツッコむのも疲れたから、この件は放っておこうかな……。
     今日だけで色々ありすぎて、俺の心はちょっと麻痺してきていた。ちょっと考えるのは日を改めてからにしたい。まだ午前中なのに、俺はどっと疲れていたのだ。
    「まあまあ、これからよろしくです、ツツミン! お姉ちゃんにも報告しなきゃ、きっと喜んでくれますぅ」
     それに、キャイキャイ喜んでいる緑谷を見ていると、なんだか色んなことがどうでも良くなる。そうだそうだ。とりあえず、考えるのは後にして行動に移そう。昨日までサラリーマンゾンビだった奴が人間に戻るんだ。それなりに色々有るだろ。
    「じゃあ、よろしくお願いします!」
     俺はもう一度、勢いよく頭を下げた。
     それが俺と「ねじ巻き式の楽園」の始まりだった。

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    Medianox_moon

    MOURNING田中と宇津土とスキスギ君 っていうタイトルの、全くBLでもなんでもないコメディを書こうとしたものです。
    0 サラリーマンゾンビと神ベースとうっすい名刺 終わった。終わっちまった、何もかも。
     全てを失った……と言っても過言じゃない。俺はそう……一言で言って絶望に打ちひしがれ、孤独なサラリーマンゾンビのようにフラフラと歩いていたわけさ。
     街はすっかり日が暮れて、暗闇を街灯や店の照明が華やかに彩っている。道行く人は足早に駅へと向かう者と、逆にこれから夜を楽む者とでごった返していた。止まらない車の列は台風の日の河みたいに吸い込まれそう。そんな表通りは、サラリーマンゾンビと化した身には酷だ。
     そんなわけで、俺はその波から逃れるように、路地を曲がった。
     道が一本違うだけで随分静かになるもんだ。とはいっても、まだまだ繁華街の端。それなりに人は歩いていたし、暗い顔をして佇んでいる人影や、都会を生き抜く野良猫の姿も有る。通り一本挟んだ大通りの、人混みや車列がたてる音ははっきりと聞こえた。騒音だ。今の俺には、まごうことなき騒音。やけに大きく聞こえるから耳を塞ぎたくなったその時、俺の耳にボォン、と音が聞こえた。
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