【ガイ蛍】馨「ねぇ、ガイアってモテるんだね」
「おいおい、唐突にどうしたんだ?」
もぐもぐと先程作ったばかりの鳥肉と野生キノコの串焼きを咀嚼しながら、隣に座るガイアを見ずに口を開く。
「何処へ行っても声かけられるし」
今日はモンドの依頼を中心にこなしていた。
いつも手伝ってくれる友人達は皆都合が悪く、今回はパイモンと二人で行こうとしていた所、たまたま居合わせたのがガイアだった。西風騎士団はいつも忙しい。ガイアは気を遣って手伝わなくて大丈夫だよと言った蛍に半ば無理やりついてきて、依頼をこなす度にモンドの人から声をかけられた。
「さっきなんて、プロポーズもされてた」
「いや、されてないだろ」
「されてたよ。うちの娘もらってやってくれーって、おじさんに」
「おじさんにされても嬉しくないんだがなぁ」
食べ終わった串を置き、お腹をさする。もう一本くらい食べれそうだ。最後の一本だけれど、パイモンは三本食べたはずだし、食べてしまおう。パイモンがデザートのミントゼリーに夢中になっているうちにそろりと串焼きに手を伸ばした。
「ここだけの話なんだがな」
「っひゃあ!?」
串焼きに意識を持っていかれている間に距離を詰めたらしいガイアが耳元で囁く。驚いて串焼きを落としてしまった。
「もう!近いよガイア!驚かせないで!」
「内緒話は顔を寄せてするものだろう?」
悪戯っ子のような笑みを浮かべたガイアをじろりと睨む。落ちてしまった串焼きを拾い上げて砂埃を払ってみたけれど、残念ながらもう食べられそうにない。はぁ、と大袈裟に肩を落とす。未だ肩を寄せるガイアに離れて、と腕で押し返そうとすれば、ふわりと花のような甘い匂いが漂った。
「ガイア、なんだかいい匂いがするね」
「お、なんだ。気に入ったんなら分けてやろうか?」
「ううん、いらない」
分けてやる、ということは香水かなにかを付けているんだろう。あまりそういった物には興味が無いからキッパリ断っておく。自分でつける気にはならないけれど、匂い自体はそんなに嫌いじゃない。すんすんと猫のように匂いを嗅ぐ蛍にガイアは目を細めた。
それから暫く。ガイアからこの香りが漂わない日はなかった。
どれだけ気配を消して近付いてきても、ふわりとあの香りがしてすぐに気付ける。驚かされる前に名前を呼んで振り返れば、嬉しそうに彼は微笑んでいた。
一体、何がしたいのだろう。蛍にはよくわからない。
モンドに行くたび、ガイアはどこからか話を聞き付けて任務に同行するようになった。西風騎士団の騎兵隊長としての任務はいいのかと聞けば、大丈夫だの一点張り。
「ガイアって本当は暇なの?」
「なんてことを言うんだ、酷いぜ親友。
他でもないお前のために手伝いに来てるのに」
よよよ、とわざとらしい泣き真似に思い切り顔を顰めれば、ガイアは降参とばかりに両手を軽くあげてヒラヒラと振る。
「お前さんと一緒にいると思わぬ収穫があるからなぁ」
「人をトラブルメーカーみたいに言わないでくれる?」
「だって本当のことだろ?」
この前だって――と話し出した瞬間。
遠くで、微かに女の人の悲鳴が聞こえた気がした。
「……あっちかな」
ガイアと顔を見合わせて何も言わず声のした方向へと走り出す。誰かがヒルチャールに襲われているのかもしれない。
数分走り続ければ、ヒルチャールに囲まれた女性が蹲っているのが見えた。1度立ち止まってガイアと目を合わせた後、頷いて二手に別れる。
「風刃!」
女の人を巻き込んでしまわないよう風を起こしヒルチャールを吹っ飛ばす。ヒルチャールの意識がこちらに向いたところで、ガイアが女性を助けたのを目視で確認し一気にカタをつけた。
「本当にありがとうございます……!」
「怪我はないか?」
「大丈夫ですか?」
ガタガタと震え今にも倒れそうな彼女を支えながらガイアは目視で怪我の確認をし、蛍は地面に散らばっている彼女の荷物を拾い集める。
「もう、ダメかと思いました。まさかガイア様に助けていただけるなんて」
「はは、俺は何もしちゃいないさ、礼を言うなら栄誉騎士殿に言うんだな」
ぽーっと赤くなっている顔を見るに、この女性はガイアのことが好きなのだろう。最近こういうの多いなぁ、と気付かれないように溜息をついて、拾い集めた荷物をガイアの手に渡す。別に感謝されたくて助けた訳では無いが、こうも居ないものという扱いをされるとさすがに堪える。大丈夫そうだしもう行くねとガイアに声をかけてその場を後にした。
それから彼女に再会したのは数日後のこと。
ずっと探していたのだという彼女は息を弾ませて、蛍の前に現れた。
「旅人さん。お願いがあるんです。
この手紙を、ガイア様に届けていただけないでしょうか」
モンド城内を散歩していると、あの時の彼女が声をかけてきた。大事そうに持っているものは手紙なのだろう。いや、今はそんなことよりも。
「……え?」
「おいおい、こいつは何でも屋じゃないぞ。手紙くらい自分で渡せよな」
パイモンが面倒事はごめんだと断ってくれている中、蛍は困惑していた。彼女から香る甘い花の匂い。この匂いは間違えようのない。ここ最近ずっと一緒にいた匂い。
「自分から渡すのは恥ずかしいのです。
旅人さんはよくガイア様と一緒にいらっしゃるでしょう?だから……」
「あ、うん、渡すだけでいいなら別に……」
「本当ですか!?」
ぎゅう、と両手を握られる。ふわりと強くなるあの匂い。ガイアと同じもの。どうして彼女が?
ぐらり、視界が歪む。胸の奥の方がチリチリと焼けるように痛くて、急ぐから、と適当に理由をつけてニコニコと笑う彼女から離れた。
「蛍?お前、顔色悪いぞ!大丈夫か?」
「大丈夫。パイモンは鹿狩りででも美味しい物食べてて」
シミひとつない上質な白い封筒。孔雀の印。丁寧に書かれた名前を見て大きくため息を吐く。渡すだけなのにどうしてこんなに気が重いのだろう。きっと、ガイアは受け取らないと思う。あの人は誰とでも仲が良いけれど、踏み込んだ関係には進めない。自分が断られるわけじゃないのに、気分が沈んでしまう。大事に丁寧に書いたであろう手紙を鞄に入れて、騎士団へと急いだ。
▫️▫️▫️
「これ」
「こいつは驚いたな。
まさか親友から懸想されていたなんて」
「冗談はやめて。わかってるんでしょ?
この前助けた人から渡してって頼まれたの」
手紙を渡せばガイアは顔色変えず飄々としていて、
ああ、やはりこういうことに慣れているんだなぁと落胆する。少しは動揺すればいいのに、涼しい顔で受け取るのだから。この前からずっと胸が痛い。
ペーパーナイフで上質な封筒が開かれると、
中からふわりとあの匂いが広がる。一瞬眉をひそめたガイアだけれど、すぐいつもの顔になって、声に出して手紙を読み始める。ここには私たちしかいないとはいえ悪趣味だな、と心の中で思うけれど内容が気になってしまい黙って聞いていた。
前々から好きだったこと。助けて貰って嬉しかったこと。想いを伝えたくなったこと。返事は直接聞きたいから風立ちの地まで来て欲しいこと。淡々と紡がれる言葉に熱は無い。まるで任務を読み上げているような奇妙な感覚だ。
「じゃあ、渡したから」
なんだか居心地が悪いので早々に退散することにする。
そっと扉から出ようとするも、ガイアの声に阻まれた。
「返事を書くから待っていてくれ」
「待ってって、なんで?呼び出されてるならそこで返事をしてあげればいいのに」
「こういうのは期待させる方が酷だろう?」
ぎぃ、と音を立てて椅子に座ると、机からレターセットのようなものを取り出した。封が開いているのを見るに、こういうとき用にストックされているのかもしれない。
「こういうの、慣れてるの?」
「西風騎士団の騎兵隊長。それだけでかっこよく見えちまうもんなんだろうなぁ」
困ったように笑うそれが答えだろう。
肩書きだけじゃないと思うけどな、とは口に出せなかった。あなたに気がありますよ、と言っているようで。
「あの香り。今日はしないね」
話をすりかえるように、いつもしていたあの匂いの話をする。ふわりと漂うあの香りが今日はしない。
「ん?なんだ?恋しくなったのか?」
「そうじゃないけど。……その手紙を渡してきた子もあの香りだったなって」
もしかして分けてあげたの?とは口が裂けても言えない。俯いていると、ガイアが口を開いた。
「ああ、あれはモンドでしか買えない香水だからな。
モンド人である彼女が持っていてもおかしくないだろう?」
「え、買えるの?」
「ん、言ってなかったか?」
「言ってない!私はてっきりガイアが、」
分けてあげたのかと思って、なんだかモヤモヤしている。そんなことは言えなくてぐっと言葉を飲み込んだ。
思えば特注品だとかなんだとか一切言っていなかった。こちらが勝手に思い込んで落ち込んでいただけだ。
「あの香りは売れてないときいていたんだがなぁ。
他にも持っている奴がいるなんて誤算だった。」
きっと彼女は大好きなあなたと同じ香りになりたかったんだと思うよ、なんて。そんなことは言わなくてもわかっているんだろう。ガイアは苦笑いを浮かべている。
やがて書き終えたらしいガイアが一通の手紙を渡してきた。彼女に渡せと言うのだろうか。
「……酷い人」
恐らくだけれど彼女は勘違いしている。
蛍への態度から見るに、ガイアと親密な相手なのだろうと疑っているのだろう。だからこそガイアに渡して欲しいと蛍に頼んできた。それなのに、ガイアは断りの手紙を蛍に渡させようとしている。ガイアは鋭い。故に、彼女の疑いも気持ちも全部知っているはずなのに。これではますます彼女が勘違いをするだろうということは簡単にわかることなのに。
「騎士団は忙しいんだよ」
薄水色の便箋を受け取り、ガイアを待つ彼女の元へ。
指定された場所に着くと
そわそわと落ち着かない様子の女性が1人、佇んでいる。
「こんにちは」
蛍の姿を見た彼女は一瞬目を見開いて、やがて全てを察した様子で、手紙をふんだくるように蛍の手から奪い取ると、泣きながら走り去ってしまった。ああ、まためんどくさい予感がする。
鉛のような重い心を引きずりながらモンド城に戻った。
▫️▫️▫️
数日後。
冒険者協会の依頼を終え、報酬を受け取ると、モラがいつもより少しだけ多かった。
「パイモン、今日はちょっと豪華なごはんにしよっか。」
「いいのか!?」
「いいよ。」
やったぞ!と今にも踊り出しそうなくらい上機嫌のパイモンと何を食べようか悩んでいると、前方から見知った人物が近付いてくる。
「親友にその相棒じゃないか。
今から飯ならご相伴に預かりたいものだな」
「返事をしに行く暇はないのに、私達とご飯を食べる時間はあるんだ?」
つん、と思わず冷たくしてしまう。彼のせいで恋する乙女にとっての悪者のような立ち位置になってしまったのだ。これくらい許されるだろう。
「つれないことを言うなよ親友。
暇は作るものだろう?それに、今日は他でもないお前がいるんだ。少しくらい騎士団の仕事を抜け出したってバチは当たらないさ」
「……フルーティーな串焼き」
「面倒なことを頼んだからな。何本でも作ってやる。
いつだったかお前を驚かせちまって無駄にさせた分も上乗せしてやろう」
肩を抱き寄せ、そのまま歩き出す。こういう行動こそが勘違いされる原因なのだが、振り解けない。パイモンはパイモンで完全に食べ物に意識が向いてしまい、ツッコむ者が不在だ。もうどうにでもなれ、と半ば自棄になってそのまま身を預けた。
「ねぇ、最近つけないのはあの人が付けていたから?」
「ん?」
「香水。」
「……付けてるぞ?」
「嘘。全然匂いしないもん」
すん、と匂いを嗅ぐ。あの花の匂いはない。
「匂いっていうものは慣れるからな。
お前さんからもたまにあの香水の香りがするぞ?」
「は?」
「やっぱり自覚なかったか。」
四六時中一緒にいれば匂いは馴染むからな、なんて悪びれもなく言う。一体いつからなのだろう。彼女が頑なに蛍を敵視していたのはきっと、普段一緒にいるせいもあるが、同じ香りを身にまとっていたからなのだろうか。
「自分からあの匂いがするのはなんだか変な感じ」
「そうか?」
「だって、ガイアの匂いだなって思う」
「そうか」
「ねぇ、なんでそんなに嬉しそうな顔をするの?」
「いつかここを離れた時、香りで思い出してくれると思ってな」
それは、誰が?
この香りはモンド限定の香りだと教えてくれたのはガイアだ。故に、この香りを感じるのはモンドでのみの可能性が高い。故に、今の言葉は蛍がここを離れた時ではなくガイアがここを離れた時になるのだろう。
ぱっと肩から手が離れ、ガイアが1歩先を歩く。
「ねぇガイア。勝手に居なくならないでね」
少なくとも、触れられる距離にいて欲しい。
目を離せばどこかへ行ってしまいそうなガイアの手を取って引き止める。彼はただ苦笑するだけだった。