きっかけなんてそんなもの。「おーい、クリプトー」
後ろから明るく陽気な声で名前を呼ばれた。
...が、振り向く気はまったくおきない。
またか...と溜息をこぼしたがそんなことには気づいていない彼が先程よりも大きな声で俺の名前を呼んだ。
「なぁ、クーリプト」
「」
後ろから手を回され、身体を抱き締められる形になり仕方なく振り返る。
おっやっとこっち向いたなと笑顔で笑いかけてくるコイツの名前はオクタビオ•シルバ。
「おい、抱き着くのはやめてくれっ」
「んだよ、いつも抱き着いてるんだからいい加減慣れろよなぁ」
ひひっといたずらを成功させた子供のような眩しい笑顔を向けられた。
よく言えば愛くるしいとも言える行為だが、毎回会う度に抱き着かれていると俺の身体に負担がきそうなのでそろそろ止めてほしいと思っていた。
「毎回言っていると思うが、急に抱き着くのは辞めてくれ。」
「何でだよー、いいじゃねーかー身体を鍛えるのにも丁度いいし。あっお前もしかして俺の体重負荷に耐えられなくなってきてんのかそれだったらもう少し控えるかなぁ~」
...図星をつかれたが今は、そんなことどうでも良かった。
「っ...とにかく、いきなり抱きつくのは止めてくれ。」
「なんでだよ、あっじゃあゆっくりなら抱きつかせてくれるのか」
「そういう問題ではなく...。抱きつかないでもらいたいんだが」
「えーいいじゃねーか、減るもんじゃないし。」
「はぁ......というか何でいつもこんなことするんだ。」
深い溜息をついたあとにそう問いかけるときょとんとした顔を浮かべたあとに
「だって俺、アンタが好きだからさ。振り向いてもらいてーからなぁ」
そう笑顔で答えた彼を見て、俺はまた深い溜息をつくことになった。
...今は「これが俺の日常」だった。
***
自分の控室に戻って、ソファに腰掛けながらまた溜息をこぼしてしまった。
溜息の原因である彼、オクタビオ•シルバはゲーム仲間であり、人気ストリーマーだ。
俺が参戦する前から人気がかなりあった。
誰とでも別け隔てなく接する態度や自分を曲げない我の強い部分はファンの心を掴んで離さなかった。
それだけ魅力がある彼が俺は苦手だった。
元々自分の性格とは正反対で、事前に調査していた際にもかなり厄介な相手になるだろうとは考えていた。
だが、俺の予想とはまったく違う意味で厄介になるとは思ってもいなかった。
オクタビオ•シルバが俺のことを好きだと言い始めたのは俺がレジェンドとして参戦してきてすぐだった。
別に俺は馴れ合いを好むわけでもないし、参戦当初は周りやレジェンド達からかなり不審な目を向けられていた。
俺はそれでもいいと思っていた。
だが、オクタビオ•シルバは違っていた。
初めての試合が終わってヒーローインタビューをしている時だった。
俺の成績は正直いって散々なものと言っても良かった。
周りと上手く連携がとれず、思うように動けなかったが一死報いる形で当てた銃弾が敵に一発だけ当たった。ただそれだけで、その後は後ろから撃たれて終わりといった結果だった。
仲間達も観客も、皆が期待外れだという視線を向けていた時だった。
「俺...アンタに惚れちゃったかもしんねぇ好きだークリプト」
今回チャンピョンをとり、MVPを取った男が発した言葉は俺への告白だった。
「...は」
予想外すぎる言葉に俺は言葉を失ってしまう。
他のレジェンドや観客もざわざわしだす中、実況のマイクを奪いとって彼はこう続けた。
「アンタの最後の一発。ホントひやっとしたぜ。その時に俺の興奮も最高潮にあげてくれたんだぜぇそん時に惚れちまったクリプト好きだー」
このことがきっかけで
俺はオクタビオ•シルバと共に一気に世間からの注目の的になってしまった。
***
その後は、先程のように毎日好きだと笑顔で告白してくるようになった。
正直、男に告白をされてもまったく嬉しくない上に、相手は、あのオクタビオ•シルバだ。
お陰で連日彼の記事や取材がかなり殺到している。そして俺は視聴者やレジェンドからはオクタンの想い人と揶揄されるようになってしまった。
「はぁ...。なんであいつ、俺なんかに...。」
また深い溜息をついていると、インターホンがなり出るとドアの前には彼がいた。
「なーなークリプト、開けてくれよ」
「...開けたくないし、今は疲れているから休ませてくれ。」
「じゃあ開けてくれるまでドア前に張り付いててやる。」
「...。はぁ、開けたから入れ。」
「さっすが」
開けた瞬間にカシャカシャと義足を鳴らしながら俺の控室に入ってくる。
(あぁ。また、抱きつかれるのか。)
心のなかで思いつつ、少し身構えていたが俺の横をすっと通り抜けて部屋のソファーに腰掛けた。
「...アンタ疲れてんだろへへ、一緒に菓子でも食おうぜ」
そう言ってファンからもらったであろうお菓子を開けて食べ始めるオクタン。
俺がぼーっと立っていることに気付いて声をかけてきた。
「へへ、今日は流石に抱きつかねーよ。...アンタ、最近疲れた顔してること多いみたいだし、少しでも楽になったらいいと思って持ってきただけだし。食わないならオレ一人で食うしよ」
「そうだったのか。」
予想外の内容に少し驚きつつも俺もソファに腰掛け、広げられたお菓子を手に取り食べた。
(甘いな...。)
「んだよ、苦手なら無理して食わなくてもいいんだぜ」
「...別に苦手じゃない。ただ甘いと思っただけだ。」
「HaHaHa、アンタ顔にすぐ出るからな」
そうやって俺を笑う彼の笑顔はいつも告白をしてくる顔ではなく、素直に笑っているように感じた。
いつもはゴーグルにマスクをつけて表情が読み取れない分、素顔の彼は表情がコロコロと変わりとても不思議で変な感じだった。
「なぁ。」
「んなんだ」
「俺はアンタが、好きじゃない。」
そういった瞬間、一瞬だけ口を開けてそして閉じた後にもう一度口を開けて
「...あぁ、知ってるよ」
と笑顔で答えてくる彼に俺は言葉が出なかった。
(知ってるって...じゃあなんで毎回告白してくるんだ。)
報われるわけでもない告白を続けてくる意味がわからず、俺はさらに困惑することになった。
***
「...お前ってさ、実は良いやつだよなぁ」
「は」
「いやー最初はーまぁ正直俺も怪しいと思わなかったわけではないんだ。だけど、アンタが優しくていいやつだってのはすぐにわかったぜ」
そう言われたのはミラージュからだった。
その日は珍しく試合が早く終わったこともありレジェンド達は皆、足早に帰るところにミラージュから声をかけられた。
(まぁたまにだしな、付き合いとして行ってやるか。)
それぐらいの気持ちでミラージュの店で飲むことにした。
幸いその日彼は、参戦していなかったのもある。
きっと誰かと飲みに行ったことがわかったら彼は怒るんだろうなぁなどと一瞬考えたがはっとなって忘れることにした。
そして冒頭のミラージュの台詞である。
俺が良いやつで優しいやつ...
「何でそう思ったんだよ」
「そりゃあオクタンのことでだよ、オクタンからの抱きつきや告白だって拒否はしてないだろ」
「それは...」
確かに拒絶しようと思えばできないわけではない。
身体を使えば全力で拒否することだってできるはず...なのに。
「それもこれもオクタンが告白してくれたおかげだよなぁー皆最初はアンタのことを怪しいって疑ってたけどそれを解いてくれたのもアイツの行動あってこそだ。だからそろそろお前もちゃんと気持ちに返事を返してやるべきなんじゃないのか」
「...。」
そう言われて黙るしかなかった。
俺はあいつのことが気になっている..のか
とか思考がぐるぐると回っているところにお酒の酔いもまわりだして結局酔いつぶれてしまった。
***
「ん。っ...頭が痛い。」
目を覚ますと見知らぬ天井が広がっている。
ベットから起き上がると気持ち悪さと頭痛が身体を襲う。どうやら二日酔いになってしまったようだ。
「おはよークリプちゃん。って...大丈夫か」
「...最悪だ。」
どうやらミラージュの家らしく、奥から彼が声をかけてきたが二日酔いで立つこともできずに項垂れていると薬と水を持ってきてくれた。
「ほら、薬。飲むだろ昨日はめちゃくちゃ飲んでたもんなぁ。そんなにストレス溜まってたのか」
「すまない。いやそういうわけではない..はずだ。」
「なんだそりゃ(笑)まぁ薬飲んである程度落ち着いたならさっさと家に戻れよあと、オクタンにも気持ちちゃんと伝えんだぞー」
そう言って奥に戻ったミラージュを見て、薬を飲み干した。
家に帰る途中で、浮かんできたのはオクタビオ•シルバのことだった。
確かに俺がちゃんと気持ちを伝えずにずるずるさせているところもあるとは思っていた。
最初は本当に嫌だったはずなのに。自分の気持ちがどんどん変化していることに気づかないふりをしていたこと。それはわかっていた。
でも俺は好きじゃないと言ったあの時。
アイツはどんな気持ちだったのだろうと。
その日から俺はアイツを意識するようになった。
と、同時に奴への違和感を感じる場面が増えてきた。
「なーなー、クリプトー」
「うわっ」
そう言いながらいつものように抱き着いてくる。...そう「人前で」だ。
「オクタンもあついねぇー」
「ホント真っ直ぐというかねぇ」
なんてレジェンド達や観客に言われている時はいつも笑顔で抱き着いているのに二人きりになった途端、すっと離れていく。
また、二人きりの時には絶対に「好き」とは言わないことだった。
たまにオクタンが控室にたずねてくることがある。
その時もただ一緒に飯を食いたいだの、理由をつけて居座るだけ居座ったかと思えばなにもせずに帰っていく。
あれだけ人前ではアプローチをかけてくるのに恥ずかしさなんてないだろう。
そこで俺は予想が思い浮かんだ。
その予想を確信に変えるべく俺は行動した。
***
オクタンが俺の控室に来たときに言った。
「...お前、本当は俺のことが好きじゃないだろう」
そう、『コイツは俺のことが好きではない』という予想だ。
そう言うといつものキョトンとした顔から少し怒りを含んだ声に変わる。
「はぁそんなわけないに決まってるだろ、俺様がこんなに表現してるってのにまだ伝わんねーの」
「じゃあこれでもか」
「な、なんだよ」
そう言うと俺は、彼の顔にぐいっと身体を近づけた。
そして、彼のマスクをガバっと剥ぎ取った。
あっなにすんだよっという彼の声を無視してさらに顔を寄せる。
そしてお互いの唇が触れる寸前までくると、驚いて目を見開きながら、彼は慌てた様子で俺をドンっと突き飛ばした。
「あっ...わ、わりぃ。ちょっとビックリしちまって」
「...やっぱりか。」
「な、何だよ、急にキスなんてしようとするなんて、お前も俺に惚れちまったとかかまっそんなわけ」「惚れたと言ったらどうする」
「は...」
彼から表情が消えた。
「アンタに好意を抱いてると言ったらどうするって聞いたんだ。」
そう告げた瞬間、彼の顔が戸惑いの表情へと変わっていく。
「っっ...アンタは俺のことは好きじゃなかった筈だろなんでだよ。」
「『好きではない』といっただけだ。別に嫌いだなんて俺は一言もいっていないぞ。...どうしたんだお互い好き同士になったっていうのに何でそんな顔をするんだ」
「っっ...触るなっ」
頬に手を添えようとした手をパンッと思い切り振り払われた。
予想は確信に変わる瞬間だった。
(あぁ、やっぱりコイツは俺のことは『好きではない』のだ。)
「やっぱり...それが本音か。」
「......。」
彼は俯き黙り込んだ後にポツポツと話しだした。
「...あぁそうだよ。アンタは俺を絶対好きにならないと思ってたのにとんだ計算違いだった。」
***
クリプトのことが好きだというのは全部『嘘』だった。
『ただ、利用してやろう』と考えていた。
本当にそれだけだった。
俺は退屈が嫌いで、とにかく目立ちたいと考えていた。
...新しく入ってきたクリプトというレジェンドは仲間との馴れ合いを必要以上に拒んでいた。
その時に、コイツを利用して俺の好感度と注目度を同時にあげてやろうと考えた。
どうせこいつは俺のことを絶対好きにならないと分かっていたからだ。
あの目、疑り深そうな、誰かを憎むような顔。
それになりより奴は男だったから、男の俺を好きになるはずがないと思ったからだった。
最初は俺の思惑通り、メディアには連日俺の恋の行方を知りたがったりと、かなり大々的に取り上げられたり、馴れ合いを拒んでいるレジェンドに優しく接するいい奴という印象まで与えることができた。
注目が向けられるたび、嬉しかった。だけど同時に奴を利用してしまったことへの罪悪感も胸を襲い始めていた。
こんな感情が俺に残ってたなんてなぁと心の中で思っていた。
それに加えて、クリプトの様子も段々と変わってきていることに気づいていた。
最初は拒んでいた抱きつきも抵抗なく受け入れてくれることや一緒にいる時間も無下にせずに対応してくれる奴に俺自身、戸惑っていた。
そして今日のこれである。
まったくバレるなんて思ってなかったのに。
上手くやれていると思っていたのに。
なんでコイツは俺のことをもっと強く拒絶してくれないんだよ。
「なんで分かったんだよ。...俺のことあんなに嫌ってたのに」
「別に好きではないと言ったのをお前が勘違いしただけだ。...お前は俺に好きと言うのは全部、人前でしか言わないからだ。二人きりの時には絶対に口にしないどころか抱きつきもしてこなかったしな。」
「...ぜーんぶお見通しだったわけか。...で俺に何の望みがあるわけか」
「望み」
「全部お見通しだったのに俺の茶番につきあっててくれたんだろだから俺の弱みでも握りたいと思ってたんだけど違うのか」
「俺はお前が好きだから付き合いたいと思っている。」
「は」
予想外すぎる言葉に今度は俺が頭を抱えることになっちまった。
***
それから俺たちの関係は逆転した。
「オクタビオ。」
聞き覚えのある声に身体がビクリと反応する。
振り返ると笑みを浮かべたクリプトがいた。
「あ、お、おぅ。クリプトか...。」
「前みたいに抱き着いたりはしないのか」
「...いや、いい。やめとく。」
そう言って足早に去ろうとすると後ろから手を回され、抱き締められる。
「なっお、おい。ここ人前だぞ」
「お前も以前してくれていたじゃないか。...オクタビオ、好きだ。愛してる。」
甘く囁かれて思わず声をあげた。
「き、気色の悪いこというんじゃねーよ」
「そう言いながら抵抗しないじゃないか。......もっとちゃんと抵抗しないと他の奴らに嫌じゃないってバレちまうぞ」
「っっっ」
軽く突き飛ばして逃げてやった。
紅くなっている俺の顔はマスクとゴーグルで他のやつには見えてない。奴はわかってるだろうけど。
まったく面倒な奴に好かれちまった。これは俺がついた嘘の罰なのかもな。
(でも俺様は絶対にあんな奴に絆されたりなんてしねーからな)