大切に思う故にハイプビースト×ワイルドスピード
※ミラージュ視点がある、というかでしゃばるミラージュ
※オクタンはめちゃくちゃ雷が怖い……という設定で頼む。
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side C
「て、テジュ……テジュンなんか…!う゛……テジュ…、ー!!クリプトなんか大っ嫌い!!!」
「は?……あ、おい!」
読んで字の如く正しく全身の毛を逆立てて「大嫌い」だと言ったやつは、相手の反応なんか見もしないで家を飛び出していった。一瞬呆気に取られてしまったのが運の尽き、走る速度で敵うわけもない俺は一人家に置き去りにされる羽目になった。
side M
「ウィット、うちのオー来てないか」
「お?お前んとこのふわふわチーターちゃんか?来てねえけど」
本日二人目の金を落とさない来客が俺の言葉を聞いて、「そうか、もし来たら連絡くれ」とだけ言って焦った様子で店を出て行った。グラスを磨きながらそれを見送って、戻ってこないと判断したところで勝手に俺の足元で蹲っている一人目に声をかける。
「……で、喧嘩の理由は?」
「俺、おやつ食いたくて。今日はもうダメだって言われたんだけど、でも俺食いたくて……テジュンが買い物行ってる間にこっそり食べたら、バレて」
「怒られたんだな?」
よし、トールグラスは完璧。蹲る毛むくじゃら坊やの話を聞きながらも俺はグラスを磨く手を止めない。
「俺ちゃんと謝ったのに。テジュンもうおやつ作るのやめるって言うから、俺もカッとなって訳わかんなくなって…………」
声が急に止まって、足元を見れば自分をぎゅーっと抱き締めて堪えているオクタン。グラスを磨く手を止めて目線を合わせるようにしゃがみ込む。
「……………………大嫌いって言った」
「……そっか」
長い沈黙の後、小さく小さく呟かれた言葉には後悔が含まれていた。言い終わった後抱え込んだ膝に顔を埋めて黙り込んだオクタンの頭をぽんっと撫でてから俺は作業に戻る。
(なるほど、だから「嫌われた」だったのか)
金を落とさない一人目の来客――つまりワイルドスピード――がここに来た時の第一声は「嫌われた」だったのだ。泣きそうに、というかほぼ泣きながら「嫌われた」を繰り返して、一体どうしたものかと思っていたら突然キョロキョロして勝手にカウンターに入り込んできて今に至る。「嫌われた」の意味をようやく理解して俺はスッキリした心持ちだった。本人達は悲惨だろうが。
(ありゃ誰がどう見たって、大切な人が心配で必死で探してるって顔だったがな)
というかそもそもハイプビーストがおやつを制限してるのだってお前のためで、おやつをわざわざ手作りしているのもお前のため、ハックで探せば楽なのにそれもしないで心当たりのある場所に走ってるのもお前のため。たかだかお前がカッとなって“大嫌い”って言ったからってそれであいつがお前のこと嫌いになるわけないだろう……とは言わないで自分の仕事に徹する俺。
暫く匿って、毛むくじゃら坊やの気分が落ち着いたらハイプに連絡してやろう。
暫くグラスを磨いたり、氷をカットしたり、ちゃんと金を落としてくれる客の相手をしていると、蹲ったままだったオクタンがふと顔を上げた。
「おー坊や。落ち着いたか?」
だったらそろそろハイプに連絡してやるか、と思って様子を伺っていれば、耳をパタパタ動かして外の方向――カウンターの下にいるから実際見ているのは棚だが――を向いてソワソワし始めた。
もしかしてハイプが近くまで戻ってきたのだろうか。なら連絡しなくてもいいか、と思い直しているとオクタンが小さく呟いた。
「……雨」
「今日の天気予報は一日晴れだったぞ?」
「いかないと」
突然立ち上がってそれだけ言い残してオクタンは店を出て行った。
「場所貸してくれてありがとうウィット、どういたしましてオクタン」
俺はまた洗ったグラスを磨くだけだ。俺様格好いい。
Side O
「うぇっ……雨……」
ポタ…、と一滴雨が俺にぶつかって来た。恨めしく空を見上げれば、汚い灰色の雲がどんよりと空を覆っている。
「雨、降んな」
そんな俺の願いも虚しく、徐々に降り出した雨はやがて土砂降りになった。
ゴロゴロゴロ……
「!……雷、」
雨も嫌いだけど、雷はもっと嫌いだ。いつどこに落ちるかわかんねぇし、大きい音はうるさ過ぎる。
早く見つけないと。ごめんってちゃんと謝らないと。
(……許してくれんの、かな)
許してくれなかったらどうしよう、俺のこと嫌いになってたらどうしよう。
嫌いな雨で全身びしょ濡れになりながら街を走る。雨のせいで匂いはなんもわかんなくてなんの手がかりもない。
それでも俺は走るのをやめなかった。
やめたらテジュンに会えなくなる気がして。
バリィィン!!
「びゃうっっっ!」
空がピカッと光ったかと思えば大きな音が耳をつんざく。いきなりのことでびっくりしてその場にしゃがみ込んでしまった。
(こわい、こわいっ……テジュン、たすけて)
またゴロゴロと鳴っている。雷が落ちる予兆だ、さっきのがまたくる。そう思うと怖くて動けない、足が震えて立てない。
Side C
バリィン!
「雷か、マズイな」
雨足は強くなる一方だし、どんどん暗くなってきた。雷も落ち始めたし、本当にまずい。
(どこか雨に当たらないところにいてくれればいいが)
雨は避けられるとしても雷の音からは逃げられない。怖がってるはずだ、早く見つけないと。
「……ぅっ」
「?」
今何か。声がした方に走っていくと、タイミング悪くゴロゴロと雷の予兆だ。頼むから今は静かにしてくれ。
「オー!どこだ!」
呼びながら近くを探し回っていると、空が光る。くそっ。
バリィィイン!!!
「びゃっっっ!!」
「っ!オー!!」
角を曲がれば道に蹲るオクタビオがいた。びしょ濡れになって自分を守るように小さくなって。
「オー、すまない。遅くなって」
Side O
立ち上がれないまま暫く経った。雨に打たれ続けて体も冷えてきたけど、でもどうしてもこわくて立ち上がれない。
その時だった、小さくだけど確かにテジュンが俺を呼んだ気がしたんだ。だから立たなきゃと思って、頑張ろうとした瞬間。
バリィィイン!!!
「びゃっっっ!!」
「っ!オー!!」
今までで一番大きな音がして、俺はまた動けなくなった。
「オー、すまない。遅くなって」
テジュンの声が聞こえた、と思った時には大好きな匂いに包まれてた。
「てじゅ、てじゅっ」
俺が必死に縋り付けば、しっかり抱き止めてびしょ濡れになった頭を優しく撫でてくれる。
「てじゅ、おれ、おれっ」
「大丈夫だ、一人で頑張ったな」
「俺がんばった?がんばれた?」
「ああ、頑張ったよ。えらいな」
ぎゅうぎゅうしがみつけば、その分抱きしめて返してくれる。落ち着く匂いと体温に包まれて、俺はちょっと泣きそうになった。
◇
テジュンに抱えられてなんとか家に帰ったあと、冷えた体を温めるためにシャワーを浴びた。テジュンが作ってくれたホットミルク(はちみつ入り)をちびちびと飲んでいると、キッチンから甘い匂い。漂ってくる美味しそうな匂いを、目の前のミルクでの匂いで誤魔化していると、カチャ、とテーブルが鳴った。何かと思って視線をやれば、皿に置かれたチュロス……美味そう……。
「食えよ」
「……でも」
(……食べたいけど、我慢)
テジュンに怒られるのは嫌だし、それで喧嘩したわけだし……。
「お前に意地悪したいんじゃない」
「え?」
「ただ、お前はあったらあるだけ食べるから。体が心配なだけなんだ」
「ん……」
「それだけはわかってくれ」
「……うん」
そんなのわかってた。いつだって俺のこと考えてくれて、俺がどんなことしても呆れないで、好きでいてくれる。
「今日は俺が悪かった。ごめんな」
「……」
全然そんなことない、全部俺が悪かったんだ。約束も守らないで全部食って、勝手に家飛び出して。
「オー。愛してる」
「……れも」
「せっかく作ったんだ。ちゃんと食ってくれよ」
「」
ボヤけた視界で齧った砂糖まみれのチュロスは、ほんのりしょっぱかった。
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あの某ミ◯ドのハニーチュロのあの重なってるとこが一番美味いって話
2023-02-22 一生休日