「綴、もうおねむ?」
隣に座る恋人は、酒で頬を赤らめて、潤んだ瞳でこちらを見つめている。もしこの場で二人きりなら、思わず手を出していただろう。
満開寮の談話室、ここでは貴重な酒が入っただとか、打ち上げを兼ねてだとか適当な言い訳を並べて毎週のように宴会が開かれている。ちなみに今日は何年ものだかのワインが発端だ。提供者は東さん。あの人ほんと、何者なんだろうね。
話を戻して。先程から綴はじっと俺を見つめている。かれこれ十分は経ってるんじゃなかろうか。声をかけてみるが反応する様子もない。やっぱり眠いんだろうか。
綴はあまり酒に強くない。本人もそれを自覚しているのでペース配分には気をつけてるようなのだが、今日は少しハイペースだった気がする。
仕方ない、部屋に連れて行って寝かせてくるか。
「綴、部屋にいこ…………」
肩を抱いて立ち上がらせようと近づいた途端、むちゅっと唇の端に柔らかな感触が。それは一瞬を置いて離れていく。同時に視界に戻ってくるのは、どこか不満げな綴の顔。
呆然とするこちらに構うことなく綴は再度攻撃を仕掛けてくるがそれを既のところで避ける。唇を庇うように広げた手のひらには、先程と同じ柔らかな感触、そして今度はしっかりと目を瞑る綴の姿があった。
「…………ツヅルサン?」
「なんで避けるんすか」
ようやく開いた口から出てくるのは、不機嫌そうな声色。
いやいやいやいや。
混乱した頭で咄嗟に出てくるのは否定の言葉。だがそれを音にできるほど正気には戻っていなかった。
「いたるさん、ちゅーしましょ、ちゅー」
「めちゃくちゃ可愛いし、やりたいのはやまやまなんだけど絶対後悔するからやめとこうか!!」
「やだ! ちゅー!!!」
「ダメだって!! 俺じゃなくてお前がダメなんだって! ほら見て周り、めちゃくちゃ注目されてるよ!? 酒の肴だよ!!」
大騒ぎしている俺たちを肴に飲むやつの多いこと。いい性格をした連中である。俺の必死の説得に耳を貸すことなく、綴はちゅーちゅー言っている。ねずみかよ、可愛いな。
「……もういいっす! いたるさんがしてくれないならちかげさんにおねがいします!!」
「なんで!?」
ツンとそっぽを向いて立ち上がろうとする綴の腕を掴む。
さて、ここで問題です。中途半端な体勢で予期せぬ方向から引っ張られた酔っぱらいがそのまま無事でいられるでしょうか。答えは、無理です。
俺の方に倒れてくる綴がコマ送りで見える。あっ、と思った時には綴の下敷きになっていた。その拍子に、しっかりと触れる唇と唇。あれだけ懸命に耐えていたというのに、よりによって事故ちゅーとか。
「…………ないわ」
「いたるさん!? 大丈夫ですか!!?」
両手で唇を覆い、横向きに転がる。俺の真上にいる綴は酔いが覚めたのか、はっきりとした口調で俺安否を確認していた。それにちらっとだけ視線を向ける。
「大丈夫っすか?」
「だいじょばない」
「え!? 頭とか打ちました?」
「打ってないけどだいじょばない」
オロオロとする綴は可愛いけども、至さんはちょっとおこです。
「綴、至さんはおこです」
「おこ?? ご飯食べたいんすか??」
「どうしてそうなった??」
全然わかんない。あーもう、可愛い。
感情に任せて綴を抱きしめると、驚いたように固まって、おずおずと背中に手を回してくれた。やっぱり可愛い。
「可愛いな〜」
「……酔ってんすか」
「綴に?」
「寒いっすね、それ」
「うわ、傷ついた。そんなやつはこうだ!」
「うわ! やめっ、ひっ」
綴を羽交い締めにして脇腹をくすぐる。綴はケラケラ笑いながら抵抗するが、こういうのはやったもん勝ち。俺の勝利は決まっていた。
そうやってじゃれている俺たち、ここがどこだか忘れていた。
「乳くりあうのはいいけど、いいの?」
「「!!!」」
綴と揃って声の方に振り向けば、先輩がとてもいい顔で笑っていた。そう。ここはまだ、談話室だ。
「……お先に失礼します!!!」
「…………待って!置いてくな!!」
俺より先にフリーズから解けた綴が俺を見捨てて談話室を飛び出す。それに吊られるようにして、遅れて俺も飛び出した。