#たいみつ版ワンドロライ お題「紅葉」ある秋晴れの白日。オレのスマホへ一枚の写真が送りつけられてきた。
逆さまに落ちちまいそうなほど澄んだ青空に映り込んでいるのは……。
覚えがあるその場所まで行ってみると、芝生を染め上げる紅葉の錦の上にポツンと黒い塊が見えた。
黒髪で黒ずくめの服を着て、まるで地面に空いた穴のように転がっている塊。オレはその側まで近寄り、黙ってそいつを見下ろした。
「大寿君?」
よく分かったじゃん。と大の字で寝転がったまま垂れた目をクルリと丸くしたのは、オレに写真を送りつけてきた張本人。三ツ谷隆だった。
ガキの頃からの因縁の相手だが、ヤツは裏原宿で自身のブランドを扱うショップオーナー。オレも飲食の経営なんかをやっていて、それぞれそれなりに歳を食った。
今ではたまに会う飲み仲間……、のようなものだ。
「写真に紅葉した楓が映り込んでたからな。たぶん此処だろうと思ってよ」
そう答えて三ツ谷が寝転ぶシートの上へ腰を下ろすと、ヤツは「社長ってヒマなの?」とか「探偵でもやってけるな」とか言いやがる。
どうせオレにしか写真を送ってないくせに、そんな憎まれ口を叩くのだから全く素直じゃない。
だが、垂れ目の中にある瞳は正直で、ぼんやり漂ったまま空に吸い込まれちまいそうな薄い色をしていた。
オレと2人でいる時のコイツは、存外わかりやすい表情をするのだ。
「マジで。平日なのに、仕事大丈夫なの?」
三ツ谷は空に目を向けて、まるで独り言のように呟いた。
その虚な瞳を自分へ向けさせたくて、オレは手にしていた紙袋をこれ見よがしに三ツ谷の顔の上に差し出してやる。
「取引先からの帰りだ。
旨い栗饅頭を土産に貰ったから、ピクニックしてんなら少し置いていってやろうかと思ったんだが……。
必要なさそうだな」
そう言って魚釣りの要領でたっぷり紙袋を見せつけた後、スッとヤツの視界から遠ざける。
すると、思った通り三ツ谷は上半身を起こして紙袋へ食いついてきた。
「そんなことないって! 日本酒と和菓子って結構合うんだぜ」
そう。平日の昼間から公園で寝転ぶカリスマショップオーナーの傍らには、パック酒が一つ置かれていたのだった。
オレが煙草に火をつけている横で、三ツ谷が紙袋の中から饅頭を一つ取り出す。
そして、小さな口でかじりつくと「やっぱ合うわ」と納得しながら咀嚼して、天を仰ぐように飲み込んだ。
「ピクニックなんて、懐かしいな」
シートの上にペタリと座った三ツ谷は、目を細めて透き通った空を見つめる。
その目には、遠い昔の景色が映っているような顔をして。
三ツ谷の実家からすぐの場所にあるこの公園には、オレもガキの頃に何度か呼び出されて来たことがある。
小せぇ妹たちを連れて、弁当作ったから一緒に食おうよなんて言う坊主頭がオレの脳裏にも蘇っていた。
かつて三ツ谷にとっての妹は、守るべき存在であり、守護者たる自分のアイデンティティそのものだったように思う。
そして、今はコイツにこんな顔をさせる原因なのだろう。
「ルナの結婚式はどうだった?」
オレが煙を吐き出しながら聞くと、情けない顔でこちらを向いた三ツ谷は、上向きの鼻をツンと上げて物欲しそうな表情をしてみせた。
煙草の吸い口を向けてやると、ヤツは「良かったよ」と口だけ動かして、キスをするように吸い口へ唇をつける。
伏せた瞼を飾る長い睫毛に、慎ましくも通った鼻筋。
奪われたオレの視線の先で、煙草がジジッと音を立て、先端の火が赤く燃える。
三ツ谷は深く吸い込んだ煙を長く吐き出しながら、再び仰向けに横たわった。
「おととい、ドラケンの子どもも見にいったんだ」
目の上に軽く腕を乗せて溢す三ツ谷の声は、空っぽになった肺の底から絞りだされたように弱々しいものだった。
三ツ谷と同い年の龍宮寺、そして林田と林も早い時期に結婚をしたが、一つ下の花垣もここのところで結婚するのだという。
「なんか、寂しい。秋だからかな?」
寂寥感を漂わせている三ツ谷を横目で眺めながら、オレは返事もせずにタバコをくゆらせていた。
しばらく沈黙が続いた後、三ツ谷が「なあ」と小さくオレに呼びかけてきた。
「今のオレを空の上から見たら、綺麗な秋色の絨毯の上についた黒いシミみてぇに見えるのかな」
感傷的な三ツ谷の言葉に、オレはフンと鼻を鳴らして答えてやる。
「空から見りゃ、黄色もオレンジも黒も、混じっちまって大した違いなんかねぇよ」
すると、三ツ谷は腕を持ち上げてオレに瞳を向けてきた。
ようやくコイツとちゃんと視線が合う。
気怠げだった目には生気が戻り、重たそうだった瞼は明るく開かれている。
オレは三ツ谷の横に置いてあったパック酒を手に取ると、やたらと細いストローへ口をつけ、わざとゆっくり酒を口へ含んだ。
「今夜、久しぶりに独身会でもするか」
オレはニヤリと笑い、返事を求めるようにしてストローの先を三ツ谷へ向けた。
すると、首だけを横に向けた三ツ谷がストローを咥え、中の酒を小さく飲み込んで鼻の先でフフフと笑う。
そして、オレが三ツ谷の頭に手を乗せて黒い髪をグシャグシャかき混ぜれば、ヤツは「ちょっと」と言ってオレの手を掴み、本気じゃない抵抗をしてみせた。
手を止めてやると、「もう」と言いながらヤツは膨らました頬をプッと弾けさせる。
「……大寿も人恋しくなっちゃった?」
二人の指の隙間から覗く垂れ目は、悪戯な笑みを含んでいる。
その答えは夜まで取っておこう。そう思って「どうだろうな」と惚けて立ち上がり、ようやく普段の調子になった三ツ谷に笑いかける。
「今晩、確かめに来いよ」
「……!」
最後に三ツ谷の頬が秋の色に染まるのを盗み見て、オレは赤い絨毯を踏みしめながら公園を後にした。