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    Satsuki

    短い話を書きます。
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    Satsuki

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    レトユリレトWeb再録まとめ本、「Eternal Happy Wedding」の書き下ろしサンプルです。

    「悪いな、先生。今日はこれから野暮用があってね」
    「そ、うか。……まだ、この前の一件が片付いていないのか?」
    「……まあ、それもあるが、今回は別件でね」
     茶会の誘いを断られ、ベレトは少々残念そうに眼を瞬かせた。ユーリスはちょっとバツが悪そうに頭を掻く。しかし、どうせこの担任教師のことだ、茶会に誘う相手には困っておるまい。自分の他にも茶会に誘えるような生徒は沢山いる。いや、そもそも誘わなくても、生徒の方から寄って来るに違いない。そう割り切ると、真正面から誘いを突っぱねた罪悪感も薄れる気がした。実際、今日はガルグ=マクの外に出て、母への仕送りを仲間に託す用がある。、仲間たちの近況についても確認が必要だ。ユーリス率いるごろつきどもの集団が、教団や王国に隠れて密かに行っている取引のことや、それを支えるために自分がせねばならない交渉事についても考えなくては。
    「危険は」
    「ねえよ。人と会うだけだ」
    「……」
    『担任教師』からの無言の圧力を感じて、ユーリスは早々にその場を立ち去ることにする。また、この前のように、同行しよう、なんて言い出されてはたまらない。
    「とにかく、今日は無理だ。また今度誘ってくれよ、それじゃあな」
    「ああ……。いや、ユーリス、待ってくれ」
    「ん? まだ何かあんのか……?」
     踵を返したユーリスを、ベレトは思いついたように追いかけた。持っていた紙袋の中から何かを取り出して、ユーリスの手のひらに押し付ける。
    「これを。外に行くんだろう、腹が減ったら食べると良い」
    「なんだ? ……食い物か?」
     カサリ、包みを開いて見る。手渡されたのは、柔らかな紙に包まれた焼き菓子だった。平べったい形の、硬く焼かれた菓子の香ばしい匂いが鼻に届き、ユーリスは鼻をスン、と鳴らした。
    「へえ、旨そうだ。ありがとな」
     にこっと笑って見せたユーリスに、ベレトはこくりとひとつ頷いた。その表情はほとんど動かず、感情を読み取ることができない。そういうところが少しばかり扱いにくくて、苦手だ。……と、思っていた。つい、この間まで。
    前節のこと。ユーリスは自分たちと敵対する組織との抗争に、意図せずベレトを巻き込んでしまった。消灯時間を過ぎた後、ガルグ=マク大修道院の出口へと向かうユーリスに声をかけたベレトは、これも教師の務めだとか、きみのことが心配だからとかなんだとか言って、強引に後をついて来たのだ。
    『あんた……狙いは何だ。金か? 俺か?』
     ユーリスの問いかけにも眉一つ動かさず、ベレトはじっとこちらを見つめていた。
    『それとも……誰でもいいから殺したい、とか?』
     無論、安い挑発にも瞬きを一つ返して寄越しただけ。まるで、自分がそんな見え見えの手に反応するはずがないだろう、と馬鹿にされたような気がして、ユーリスは珍しく大きな溜息を吐くと早々に折れてしまった。この担任教師がいれば、戦力を底上げすることができる、と考えたのも、ベレトを連れて行った理由の一つだったが、この『先生』は期待以上の働きを見せてくれた。敵対勢力との『挨拶』はこちらに軍配が上がり、ユーリスは無事に自分の持ち物を取り返すことができたのだ。
     信頼というには足らないが、ユーリスはこの一件でベレトを見る目を変えていた。この人になら、昔話のひとつくらい、してやってもいいかもな……なんて、思える程度には。何にせよ、蠍とのことがひと段落したら、ベレトにはきちんと報告したほうが良さそうだ。ユーリスは地上への階段を昇りながら、目を眇めて光の差す方を見る。ガルグ=マク大修道院の頭上は晴天。きっと、このあと先生が誰かと過ごすであろう中庭でのティータイムは、素晴らしいものになるだろう。
     そう考えると、なんとなく少しだけ、足が重くなったような気がした。
     

    「……それで、これが残っていたお頭の荷物です」
    「おう。他のブツは?」
    「今度こそ、安全な場所に移しておきました」
    「そうか。絶対に外部の人間を立ち入らせるな。仲間になって日が浅い奴らも警戒しろ。しばらくは身を隠して、蠍の連中の動きを探るんだ」
    「はい」
     薄暗い路地裏で、ユーリスは信頼のおける部下から荷物を受け取ると、代わりに小さな革袋と手紙を渡す。ちゃら、と、中で銀貨が鳴った。
    「これを母さんに渡してくれ。お前たちも、資金にゃ困ってないか?」
    「俺たちは大丈夫です。お頭は……」
    「バーカ、お前らに心配されるほど落ちぶれちゃいねえぞ。俺がどこにいると思ってんだ……」
     そう笑ってから、ユーリスはふと、アビスを自分の居場所として自然に振舞っている自分自身に気が付いた。あの場所に追放されて、もうどれくらいの月日が経っただろう。ローベ伯爵から縁を切られ、あの邸宅に戻ることはあるまい。母の住む故郷の貧民窟で暮らすことも、たった一人の肉親を危険に晒してしまう。根無し草は慣れっこだが、一体いつまであの地下街の片隅で、灰狼学級の級長、なんて肩書を持ち続けていれば良いのか、少し前までは頭を悩ませることもあったはずなのに。いつの間にか、……いや、地上の学級にスカウトされてからは、今の『学校生活』も悪くないと思い始めている。
    「お頭?」
    「……なんでもねえ。じゃ、次の報告もいつも通りに」
     短く日時を伝えると、ユーリスは部下と逆方向に歩き出した。コツ、コツ、狭い路地裏に足音が響く。それを聞いて、身を縮める者たちがいた。ユーリスが行き止まりの角を曲がり、ふと陰に目を向けると、眼ばかりをギラギラとさせた孤児たちが三人、身を寄せ合って隠れるように座り込んでいた。その前を一度通り過ぎてから、立ち止まり、ちょっと考えてから荷物の底を探る。
    「これ、食えよ」
    「……」
     かさりと音をさせて目の前に差し出された包みに、孤児たちは困惑したように顔を見合わせた。怯えたような眼差しを向けられ、苦笑する。いっちょ前に見知らぬ人間を警戒してるのはえらいが、そう睨まれては、困る。
    「大丈夫だって、ほら……」
     先生が寄越した焼き菓子だ、まさか毒など入っているわけがあるまい。ユーリスは中身をひとつ摘まむと、齧って見せた。ちょっとばかり硬い歯ごたえだ。しかし、パキッという小気味よい音は、腹ペコな子供たちの食欲をそそるのに十分だった。ユーリスが旨そうに音を立てて菓子を噛み締めたときにはもう、その口元を食い入るように見つめていた子供たちは、奪い取るように包みから菓子を掴み取り、次々に口へと放り込んでいた。
    (甘い……こりゃ、それなりに上等なもんだったか)
     ベレトに渡された焼き菓子には、十分な量の砂糖が使われていた。ちょっと硬すぎることを除けば、小麦粉の舌触りも、香りも悪くない。恐らくガルグ=マク大修道院に出入りしている行商人からでも購入した品だったのだろう。場所柄、レア様の口に入る可能性もあるため、ガルグ=マクに出入りしている商人たちは品質の良い商品を扱っている。そうでなくとも、士官学校生の貴族連中は金遣いが良いし、いいお客になるからだ。
    (ふーん。俺様と茶会をするために買っておいてくれたのかね……)
     そう考えるのは思い上がりだろうか。ユーリスは、ベレトが自分のことを考えて菓子を選んでいる様子を想像して、唇を少しだけ引き結んだ。
    (地下じゃ滅多に手に入らないような高級菓子を、自分となら食べられるぞ、ってか? いや、……)
     子どもたちは早々に菓子を食べつくし、ユーリスの手に残っている分にも物欲しげな視線を注いでいる。ユーリスは一番小さな女の子に、自分の食べかけもくれてやった。
    「ありがとう……」
     ちゃんと礼も言えるなら、大したものだ。ユーリスは三人から、ここで何をしているのかを簡単に聞き出す。三人は本当の兄弟というわけではなく、親がいない者同士でひっついていただけらしかった。畑から作物を盗んだり、物乞いをしたりして生きているが、どうやら限界が近い様子。ユーリスは、本当に困った時は自分の名前を出して頼るよう、部下が常駐している酒場を教えてやった。三人の中で一番年上らしい少年が、じっとユーリスの顔を見て頷くので、ニッと笑い返してやる。生き抜くことに貪欲そうな、真っ直ぐな眼だ。嫌いじゃない。空っぽになった包みをくしゃりとポケットに突っ込んで、三人に別れを告げると、ユーリスは今度こそ路地裏を後にした。
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