「じゃあ、みんな気をつけて帰るんだぞぅ! さようなら〜」
ゆるふわ系三十路の担任教師が帰りのSHRを締めくくると、生徒たちはぞろぞろと席を立つ。
何か居残る理由が特別あるわけでもない。立香も帰路につこうと、リュックサックを背負い教室を出た。
両親の死をきっかけに、祖父の家があるこの地へ引っ越してきた。
結婚記念日なんだしたまには二人きりで行ってきなよ、と立香がアルバイトで貯めたお金でプレゼントした旅行。その途中で事故に遭った。居眠り運転をした車が二人に突っ込んで来たのだ。
——わたしが旅行なんてプレゼントしなければ。
事故以来、立香は全く悪くないのに、どうしても自分を責めてしまい、塞ぎがちになってしまっていた。
未成年の女子を、ましてや今の立香に一人暮らしさせるなんて心配だ、と祖父の村正が引き取ることを名乗り出た。
いつもの立香なら転校しようとなんだろうとすぐに友人ができていただろう。しかし、今の塞ぎがちな立香には(事故で両親を失ったという周りからの色眼鏡もあって)、それは難しいことだった。
ひとり寂しく帰り道を歩く。長く伸びた影法師がゆらゆら揺れていた。
「……?」
ふいに目に止まったのは、一匹の猫。こちらをちらりと見やってから、にゃーん、と鳴いて裏の道へ入っていく。なんとなく惹かれるものがあって、その後をついていく。
後ろで誰かの声が聞こえたような気もするけど、今はこの子を追わなきゃいけない、なぜかそんな気がした。
「おーい、どこまで行くの」
猫は後ろの立香を振り返ることなく、迷路のように複雑な道をどんどん進んで行く。いつの間にか辺りは薄暗く、どんよりとした空気が漂っていた。
——ちょっとこれは、まずいかも。
本能的にそう思った瞬間、目の前の猫の姿がいきなりぐにゃりと歪む。
「えっ?」
ソレは粘土のようにグニャグニャと形を変えながら膨張し、やがて表面にぎょろりとした眼球が浮かび上がってくる。
「うっ……」
姿を変えるだけではなく、腐臭まで放ち始めた。いったいこれはなんなのだろう。混乱しながらも鼻と口を手で押さえる立香に、ソレが迫り来る。
「やめて! 来ないで!」
もう逃げられない——覚悟を決め目をつぶった瞬間。
ぐちゃり、という音の後に、ソレの断末魔だろうか、形容し難い叫び声が聞こえた。
「大丈夫ですか」
「……へ?」
ゆっくり目を開けると、そこにいたのは刀を持った、自分と同じ制服を着た女の子。
というか彼女には見覚えがある。同じクラスの——
「お、沖田さん……?」
「!」
「あらあら、名前覚えてくれてるじゃないの。よかったねぇ沖田ちゃん」
沖田が驚いた顔をすると、後ろの方から男の声がした。
「だ、だれッ?」
「ごめんごめん、驚かせちゃって」
「あ……駐在所の、斎藤さん?」
「おやまあ、僕の名前も覚えててくれてるんだ。嬉しいなぁ」
彼——斎藤一は、村正の家の近くにある駐在所に勤めている。そんなに深い関わりはないが、会った時に会釈ぐらいはする仲だ。しかし。
「どうして二人が、ここにいるの?」
しかも刀を持って。
問いかける立香に二人は返す。
「藤丸さん、あなたはさっきみたいなモノを引き寄せやすい体質なんです」
「そして僕たちはそういうモノを斬って回ってるってわけ」
「学校を出た時から念の為見ていましたが……こうなった以上、本格的に私たちが護衛につく必要がありそうですね」
「そーいうワケでこれからよろしく、立香ちゃん」