わすれがたみ・クセ強の高ぐだ♀
・死ネタ、捏造、オリキャラ(よくしゃべる、語り手)のハッピーセット
・あらすじ:亡くなった藤丸の娘(コーディ○ーターみたいな)を高杉が育てる話(でもこの進捗はそこまで書いていない)
***
わたしの家庭事情は少し変わっている。
まず、わたしの母は亡くなっている。
わたしがまだ小さい頃、わたしと母は誘拐された。というか、元々わたしと母はとある組織のアジトみたいなところにいた。そこでわたしたちは実験動物のような扱いを受けていて、それに耐えかねた母はわたしを連れて逃げたらしい。しかし母とわたしの逃亡生活は組織の追っ手によって終わりを告げ、わたしと母は離れ離れになってしまった。その時が、わたしが母を見た最後である。
そしてわたしは、母のお腹のなかで育っていない。母と、ほかの誰かの遺伝子を組み合わせてつくられ、人工子宮のなかで育った。けれど母はわたしのことをこれでもかというくらい愛してくれたし、わたしの名前をつけたのだって母だ。母いわく、わたしにはきょうだいがたくさんいたらしい。けれどわたしが産まれる前に次々と死んでいき、そうして産まれたのがわたしという訳だ。
組織によって、新しいいのちが生み出されては死ぬ。遺伝子上とはいえ親である彼女は、そのことに心を痛め、密かに準備を進め、わたしだけでも大人になってほしいと、組織の施設から脱出した。
わたしは母のことが大好きだ。組織の施設から逃げおおせたのは物心つく前ではあるけれど、うっすらとそこで何をされていたかは覚えている。からだじゅうに何本のも針金を通されるような激しい痛み、血が沸騰するかと思うほど熱い体内、その状態でよくわからない言葉を延々と唱えさせられる。少しでも間違えれば殴られ、罵声を浴びせられる――そんなところから、自分だけで逃げればいいものを、わたしも一緒に連れて行ってくれたのだ。そして道中で、番号で呼ばれていたわたしにヒトとしての名を付けてくれ、それまでできなかった分を補うかのようにたくさん可愛がってくれた。
追っ手から逃げているという立場もあり、決して余裕のある生活とはいえなかった。でも、わたしは母と過ごした日々がなによりも幸せだった。
***
アパートの近くの小さな公園で、母とシャボン玉を吹きあいっこして、きゃっきゃと笑いあった。陽の光は暖かく、けれど重たい上着を脱ぐにはまだ寒い。時折びゅうびゅうと吹きつける冷たい風に思わず顔をしかめると、母はてのひらで、わたしの頬を覆った。
「寒いねえ。もうそろそろ帰る?」
母の問いかけにわたしはこくりと頷いた。
おたかづけしようね、と渡されたシャボン玉セットの吹き具を持って水道に向かう途中、わたしの目に鮮やかな紅色が留まった。
「おーい、どこいくの。みどりのやつも洗うよー……って、お花に夢中になっちゃったかぁ」
寒さに負けじと小さな花を咲かせる木々にどうにも惹かれ、水道とは離れた場所に行ってしまったわたしに、母が苦笑いしながら近づいてきた。
「おかあさん、このおはなすごくきれいだね」
「うん。そうだねえ。梅の花だ」
「うめのはな?」
「そう。お花の中で、一番早くに咲いて、春が来るよって教えてくれるの」
「……おかあさん、うめのはな、すき?」
「うん。好きだよ」
母の目がぎゅっと細められる。とてもいとおしいものを見る時の目。
「……わたしのことは?」
「もちろん! 大好きだよ」
同じように、母の目がぎゅっと細められた。
わたしはその日から、梅の花を好きになった。
***
ある日の夜、組織の追っ手たちはわたしたちの家に突然侵入し、わたしと母を引き離した。
「やめて! その子はなにも関係ない! あなたたちが狙う理由はない!」
母の必死の叫びも虚しく、わたしたちは引き摺られるようにして家の外に連れて行かれ、それぞれ別の車の中へと押し込められた。狭い車内の中で、記憶の彼方に閉じ込めておいたはずの悪夢のような日々がよみがえる感覚に、わたしはがたがたと身体を震わせた。
組織の施設につくと、案の定、かつて受けていたものと同じ、いやもっとひどい仕打ちがわたしを待っていた。痛い苦しい辛い死んでしまいたい。地獄がもし本当にあるとするなら、きっとこんなところなのかもしれない。痛みで意識が遠のくなか、わたしはそんなことを思った。
***
組織の人間の話し声で、わたしは意識を取り戻した。
最終調整が終わった、漸く召喚をさせられる。
ここまで生きながらえたのは初めてだ。
この被験体は成功だ。次回からは藤丸立香に加え、この被験体からも遺伝子を採取しよう。
藤丸立香がここまで育てておいてくれたのはある意味正解だったかもしれない。
――そんな感じの会話が暗くて、冷たくて、じめじめとした檻の向こうから聞こえてきた。それから少しして、わたしは手錠をつけられたまま、とある部屋に連れて来られた。
「お前、文字は読めるな? ここに書いてあることを読め。そうすれば、ここから出してやる」
「……お、おかあさんは?」
「ああ、はいはい出してやる出してやる」
「ぜったい?」
「五月蝿い! いいから早く召喚しろ! 我々の言う通りにしないとあの女も、お前も死ぬ!」
死ぬのは嫌だ。母がここまで育ててくれたのに、守り抜いてくれたのに、こんなところで死にたくはない。わたしはまた、母とふたりであの、小さな公園でシャボン玉を吹きあいっこして、梅の花を見たい。だから。
彼らの言いなりになるのではなく、自分の意志で。
目の前の紙に書かれた文章を読み上げた。
どうか。どうか。
わたしと母と、一緒に戦ってほしい。力を貸してほしい。
必死に願いながら、言葉を紡ぐ。
すると突然、床の一部が青く光りだし、身体の底からなにかが根こそぎ持って行かれる感覚がした。どこからか吹いてきた強風に煽られ、自分の力では立っていることも難しい。でも、ここで倒れてはいけない気がした。踏ん張って、最後の一文を読み終えると、バリバリ! と稲妻が走り、やがて止んだ。あたりは強風でぐちゃぐちゃに荒れ、稲妻で焦げたあとからは煙が出ていた。
煙の中に、わたしは人影をみつけた。
鮮やかな紅色の長髪。いつかあの小さな公園で見た、梅の花も、こんな色だった。
とてもきれいなひとだと、素直にそう思った。