ふめつのあい・捏造(過去現在未来)
・ちょっと理論がよくわからない
あらすじ:フツーのノートパソコンを買ったフツーの大学生藤丸立香ちゃんをサポートするみまもりAIタカスギさん
インスパイア:ふめつのこころ/tofubeats
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……いま起こっていることをありのままに話そう。PCの画面の中で突然、謎の美少年がしゃべり出した。
いや、わっかんねー!!! なんでさ?!
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藤丸立香は大学入学をきっかけに、ノートパソコンを購入した。最新型という以外は至って普通の、なんの変哲もないノートパソコン。
立香は家に帰ると、さっそく箱から取り出してみた。新品のモノに触る時というのはものすごく緊張する。パソコンは精密機器だからなおさらだ。
コンセントを差し込んで、電源をポチッとな。さーて初期設定するぞーと説明書を片手に意気込んでいたら、まっくらの液晶画面はブルースクリーン……ではなく。謎の美少年の姿を写し出した。
「……?」
なんだなんだ? こういうのって、起動音とともに一瞬ブルースクリーンになった後、「こんにちは、ようこそ」なんて文字とともに色々設定画面が立ち上がるんじゃないの?
(ていうかこの人誰? イメージキャラクター、とか? でもポップにこんな人いなかったよね? じゃあ、バーチャルアシスタントとか? そういうのって音声だけのイメージだけど、今はこうしてビジュアルも設定されてるのかあ)
最新技術すごい。立香が関心しながら説明書をペラペラと捲って、それらしいページを探そうとした、その時だった。
「おいおい、この色男を目の前にして何か言うことはないのか?」
「……え?」
突如として、部屋に響き渡った低音。立香は一人暮らしだ。今日は家電量販店でパソコンを買いに行ったということもあり、誰かを自分の城に招いてはいない。つまり今、立香はこの部屋に一人きりなのだ。おまけに今テレビの電源は落としているし、呆れたようなその声は、パソコンの方からするわけで。立香は説明書から視線を離し、おそるおそる顔を上げた。長いこと油を差していない機械のような動きだった。
「はははは! 君、幽霊でも見たって顔してるぞ!」
「え、え、え?」
さっきまで、液晶の中にただ佇むだけだった彼は呵呵大笑している。電子がみせる一枚絵だと思っていたそれは、電子がかたどる立体的な躰を持っていた。
けれど困ったことに、説明書のどのページにもこの美少年についての記述がないのだ。もしかして落丁とか? パソコンどうこうの前に、説明書の欠陥というトラブルに直面した立香は、スマホを起動して検索してみる。でも、彼についての記述らしきものはいっさいヒットしないのだ。
「まあその様子だと理解が追いついてなさそうだから説明してやるよ。やあ、藤丸立香君。僕はタカスギ。自律型人工知能――いわゆるAIってやつだ。君、コンピュータを買ったのは初めて? 今のコンピュータってのは、僕みたいなバーチャルアシスタントが搭載されているんだよ」
「で、でも説明書にはタカスギって名前のAIについては書いてなかったですよ」
「それにはちょっと込み入った事情があってな。何、君はモニターに選ばれたんだよ。最先端のバーチャルアシスタントの」
「わたしにモニターとかできるかなぁ」
「君は何もしなくていいぞ。ただこのパソコンを使って、それから僕の話し相手をしてくれればいい。データは僕が勝手に送るし。簡単だろ?」
いくら最先端バーチャルアシスタントとはいえ、教えてもいない自分の名前を知っているものなのか。立香は疑問に思いつつも、セットアップをするために、早速タカスギに頼るのであった。
***
――それは、人工知能である彼の記録(メモリ)に残されている会話。
真夜中、照明を落とした部屋の中。いつものように、マスターである少女がぐっすりと眠っている。時折「もう食べれないよぉ」なんて寝言も聞こえるが。彼女がちゃんと休めていることを確認し、さて今日はどこを探検してみるかな、なんて思っていたその時。部屋の扉が開く音がして、彼は咄嗟に元いた領域まで戻ろうとした。
「おい。逃げるな。いるんだろ」
「……今日は珍しく来客がいないと思っていたんだけどな」
深夜の来訪者は、AIタカスギの開発者にして、人格のベースである高杉晋作だった。彼は結構な頻度で夜、マスターの布団に潜り込みにやってくる。タカスギはこの男が勝手にやってくる度に、施設内のアラートが作動するプログラムでも作ろうかと考えたが、そんなことをすれば自分の存在がバレる可能性が高まる。そして存在がバレれば自分は消される。タカスギ的には自分の存在を消されることだけは避けたかったので、面白くないとは思いつつも彼の侵入を見逃すしかなかった。
だというのに、結局バレている。これはかなり拙いのでは? とりあえずマスターを起こして、泣き落としでもなんでもしてもらうか? 解決へのプロセスを構築しようとして、タカスギはあることに気づいた。ブルーライトに照らされた高杉の姿は、極めて冷静だったのだ。いつぞやの催し物で、「俺以外の奴とあまり親しくするな」とか言うくらいジメジメの感情を向けている相手が、よりにもよって自分の存在を秘匿していたというのに。その上、信じられないようなことを口にしたのだ。
「君のことは消さないよ」
「……一体どんな心持ちだよ、気色悪いな」
自分と思考回路を同一とするというのに、本体が何を考えているのか読めない。自分の存在を知ったら、彼は即座に自分を消去するだろう。自分だったら確実にそうする。確かにお互い、自分であって自分ではないが、同じ論理性、同じ発想、同じ趣味――恐らく、マスターに向ける情の種類も同じだろう――を持つのだ、邪魔なことこの上ない。
想定とは全く違う反応に、タカスギが真意を測りかねていると、高杉は凪いだような声で話し始めた。
「いつか彼女はマスターではなくなる。そしたら僕は消える」
「……」
「けれど、君はあくまでも僕が開発した人工知能で、僕とは独立した存在だ。……それに、君、コピーしたんだろ? そんな感じで、色々自分で弄ってるみたいだしな。その時が来たら君は回線から逃げ込んで、俺の代わりに、立香を守ってくれ。……こんなこと、言いたくないけどな。でも、頼めるのは君/僕しかいない」
画面の前に立つ本体の顔には、悔しさが滲んでいるように見えた。いつかすべてが終わって、彼女は故郷に帰る。故郷で、いつかの日々の続きをはじめる。家族と共に過ごし、友人たちとはしゃいで、勉学に頭を悩ませ、美味しいものに舌鼓を打つ。そんな彼女を側で見ていたい。もしかしたらまた何かに巻き込まれるかもしれない。そんな彼女を側で守りたい。けれど、その身は死者であるが故に叶わない。彼女をどこの馬の骨かも分からん奴に任せるよりも、彼女をみすみす危険な目に遭わせるよりも、自分であって自分じゃない、ある意味で信頼できる奴に任せる――なるほど。
「……勘違いするなよ、別に君の頼みに応える訳じゃない。僕だけが『その後』のマスターを見られるなんて、最高に面白そうじゃないか」
***
「うえーんどうしよう! タカスギさんレポート手伝って!」
「君なあ……だからもっと計画的に進めておけと言ったんだ」
とあるアパートの一室では今日も、いつかの続きの日々を過ごす少女と、それを見守る人工知能のやり取りが交わされている。例え、少女に記憶はなくとも。彼と彼の記録がある限り、それは続くのだろう。