願いと想いここは草原近くの森の中。とある場所に大きな木の空洞を使って造られた3階建てのツリーハウスがある。
1階には店があり、飲食店のようだが看板はない。そこの窓や入り口には扉がなく誰でも自由に出入りできるようになっている。
2階と3階はどうやら誰かの住居のようで窓ごしにカーテンや部屋の灯りが見えた。
***
今夜は大晦日。
新しい年の到来を祝うために、たくさんの星の子で店はにぎわっていた。
店の外では花火があがり、その光の中を楽しそうに飛ぶ者、木の上からながめる者、雪だるまを作って遊ぶ者、各々楽しそうだ。
蟹を使った料理も、色んな星の子から仕入れた材料で作った料理も好評で、仕込みを頑張った甲斐があるというものだ。
雪白は紺碧に誘われ、お店の近くにある小さな祠にお参りに出掛けることにした。
賑やかな喧騒から離れると、静かすぎて耳が痛いくらいだ。
飛ばずにゆっくり歩くのも新鮮で、足音も雪に吸い込まれていく。
空は晴れて星の光が冷たく輝き、月明かりが森を幻想的に照らしている。
光を集めて飛び回っている最中はいつも手を繋いでいるので、繋がずに歩くとなんとなく物足りない気持ちになる。
雪白は空いている紺碧の手に視線を向けたが、手を繋ぎたいとは言い出せなかった。
木から落ちてきた雪が頭上に降ってきて、笑いながらお互いに払い落とす。
払いきれなかった雪が服の隙間から首に入ってきて俺(雪白)はぶるりと身を震わせた。
「寒い?」
聞かれて平気と答えるが夜の森は凍える寒さで、冷気が服などお構いなしに体温を奪っていく。
店内が熱気に満ちていたので油断して軽装で出てきてしまった。
ふわり、と首回りに軽い感触があって、手をやると紺碧の髪がマフラーのように巻いてあった。
結ってあった髪をとき、ちょっと照れくさそうに笑う紺碧と目が合う。
「寒そうだったから」
「マフラーみたいですね」
雪白がにこりと笑って紺碧を見上げる。
銀と群青のお洒落なマフラー。
さらりと滑らかな感触が気持ちいい。
「今日、僕の髪にくっついてきたのは小鳥じゃなくて、雪白くん。
これなら雀さんたちに怒られないね」
「よくこんな大きいの連れてきたねって言われそうですよね」
彼の髪にはいろいろな物が絡まってしまうようで、小さなマンタや小鳥を連れ帰っては、よく雀さんたちに怒られている。
しっかりしていそうに見えて、天然なところが親近感が湧いてしまう。
俺は彼とこんな風に冗談を言えるくらいになれて嬉しくて、思わずにやけてしまった。
「よく気がきくし働いてくれるし、髪に絡まってくるのが雪白くんなら大歓迎なんだけどなぁ」
紺碧はたくさんのお客さんと話していたせいか、いつもより楽しげに見えた。
真っ白な息が俺たちの後ろに流れていく。
「俺が師匠と一緒のときなんて、気がきかないだの、遅いだの、めちゃくちゃ言われていたんですよ。褒められることなんて稀で...」
俺は行方不明の師匠を探してさまよっている時に彼に出会い、それから彼の元で暮らしている。
衣食住、キャンマラもキャリーしてもらったりして、どうしたって恩返しできそうにないくらいお世話になっているのだ。
いま俺が出来ることといえば、彼の店を一生懸命手伝うこと、彼の教えを良く聞いて上手に飛べるようになることくらいだ。
紺碧はいつでも穏やかで、名前の通り広い青空や海を彷彿とさせる佇まいの人だ。
いつも落ち着いている年上の男性・・・と思いきや、ぼぅっとしている時はなかなかの天然ぶりを発揮してくれるし、どちらが年下か分からないようなレベルで俺をからかってきたりする。
かと思えば暗黒竜を相手に飛行訓練をしていたり、絡んできた野良さんの喧嘩を買ったりと意外と好戦的な面も見えたりする。
色々な顔が見えて、俺は彼に興味が尽きない。
どんな人なんだろう、何が好きなんだろう、もっと彼に踏み込んでみたくて。
だから今みたいに話せるのはとても嬉しいのだ。
** 紺碧視点 **
僕の髪をマフラー代わりにする雪白を見て、不覚にも表情が緩んでしまい慌てて取り繕う。
上目使いの笑顔の破壊力。
彼はもちろん無意識だろうけど、友達としての態度だろう、けど!
他の人の前でそんな顔して欲しくないな。
雪白と暮らすようになって彼のことを知っていき、だんだん惹かれ始めていることに気づいた時は焦った。
友人の弟子だし、その肝心の友人は行方不明のまま。
そんな状況のなかで恋愛とか、不謹慎かなぁ。
雪白くん、そんな心境になれないだろうし。
それに僕が雪白を好きだと知ったら、アイツは多分激怒する気がする。
大事な弟子をお前なんかに任せられるか!とかなんとか言ってさ。
でもさ、もし付き合うとしてアイツの許可って必要?
ん?もしかして師弟関係って恋愛関係アリの方だったりする・・・?
この世界では恋愛に性別はあまり関係なく、師弟での恋愛もよくあることだ。
そこで僕はずっと聞きたかったことを聞いてみることにした。
雪白はちょうど紅藤のことを話している、この好機を逃したら、この先も聞けないような気がする。
ごく自然に、さらりと聞いてしまうのがいいだろう。
「雪白くんと紅藤は付き合ってたりする?」
会話の流れのなかで、通常通りの声色で聞くことができた。
「いいえ」
雪白は、即答した。
「俺が小さい時から一緒だし、師弟としか思えませんね。それか兄弟のような。でも出会った時の記憶がないんですよ」
師匠とは俺がかなり小さい時に知り合ったのだが、出会った時の記憶がない。
ただ、どこか暗いところにいたような記憶と、誰かが俺の胸の核を見て何か言っていたような・・・そんな記憶がある。
俺は核を誰かに触られるのが嫌なのだが、その記憶が関係しているような気がする。
しかし、あまりにもぼんやりとしていてそれが本当の出来事なのかさえ怪しいところだ。
「俺が小さすぎて覚えていないのかな」
雪の下に木の根があることに気づかず、考え込んできた俺は足を取られて体勢を崩した。
あ、紺碧さんの髪・・・!
思い切り引っ張ってしまい、2人で雪の中に倒れ込む。
幸い下は新雪の吹きだまり、たいした衝撃もなく柔らかい雪が俺たちを受け止めてくれる。
「すみません・・・!大丈夫でしたか?」
引っ張られた紺碧が雪白にのしかかる形になっていて、2人とも雪まみれだ。
紺碧さん、見かけによらず重い。
肩や胸の厚みも俺と全然違う。
軽やかに飛ぶイメージが強かったけれど身長だってあるし、重いのは当然だよな。
「大丈夫。下が雪で良かったね」
紺碧さんは俺のところを起こしてくれて、足は怪我しなかったか、そんな心配までしてくれる。優しいな。
俺は立ち上がって両手を紺碧さんに差し出した。
優しくされてばかりで、たまには俺も返していかないと、そんな気持ちだ。
ぐっと俺の手を掴んで紺碧さんも立ち上がる。
思いのほか、しっかり体重をかけて引っ張られたので、俺も足を踏ん張って倒れないように力を込める。
体格でも勝てないけれど、強く引っ張っても大丈夫だって思ってくれたからだよな。
彼の隣に並んでも引けを取らないような、そんな星の子になりたいな。
小さな祠は古いもののようで色褪せた苔に覆われていた。
このあたり一帯の森を守ってくれる精霊様の祠だという。
紺碧はケープの下から木の実と、お酒の瓶を取り出した。
それらをお供えして手を合わせる。
師匠が見つかりますように。
無事に帰ってきますように。
紺碧さんや雀さんたちが元気でいられますように。
あとは、ええと。
...俺自身がもっと強くなれますように。
帰り道、もう少しで店に着くというところで俺は紺碧を呼び止めた。
「お願いがあるんです」
彼はいつもの調子で、なに?と聞いてくれる。
「俺と一緒に原罪の深部へ行ってもらえませんか」
修繕に出している俺のケープが戻ってきたら行ってみようと思っていた所だが、俺のケープレベルでは深部まで到達できない。
紺碧のケープレベルは12。
2人で回復しながら行けば辿り着けるかもしれない。
そこに、もしかしたら師匠がいるかもしれない。
原罪へ行って羽根を配り、光を与え命を世界に巡らせるのは俺たち星の子の使命だが、危険も痛みも伴う恐ろしい場所だ。
自分の力不足を誰かに、しかもお世話になっている紺碧に助けてもらうのはとても抵抗があるが、それでも可能性があるのならば。
「紺碧さんを頼るばかりで申し訳ないです・・・でも、お願いします」
俺は深く頭を下げる。
雪を踏みしめる音が近づいてきて、ぽん、と肩を叩かれた。
「頼ってもらえて嬉しいよ。集めた羽根はこういう時にこそ役立てないとね」
彼が話す言葉には、優しさや真心が感じられる、と俺は思う。
「一緒に行こう」
力強く言って、今度は両肩を叩かれた。
そう言ってもらえてどんなに心強いか。
ここ数年で・・・いや、俺の人生で1番良かったこと、それは間違いなく彼に会えたことだ。
「ありがとうございます」
泣きそうになってしまって、無理やり笑顔を作る。
俺のぎこちない笑顔に気づいただろうに、それでも何も言わず彼はただ笑顔で頷いてくれた。
新年になり、凍てついた星空を明るく照らして華やかに花火があがった。
店の方から歓声があがる。
「今年もよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくね」
そう言いあえる相手が居るのは幸せだ。
いつものように紺碧が手を差し出して、俺がその手を掴む。
師匠が見つかりますように。
店のみんな、お客さんがより良い年を送れますように。
紺碧さんとももっと仲良くなれますように。
彼にふさわしい立派な星の子になれますように。
「さ、店に帰ろう」
「はい!」
元気よく返事をして、歩調を合わせて隣を歩く。
切長の目元に微笑みをたたえた青い目。
その目で見つめられると胸がギュッとするのは何故だろう。
自分を見てもらえるのが嬉しくて。
強く、美しく、優しい彼への憧れだろうか。
俺はまだ、その感情が何なのか知らない。