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    バレンタイン(遅刻)その2

     今日は平日だが、ワンダーステージではショーが行われる。バレンタインの特別ショーだ。
     放課後、サブバッグに詰め込んだチョコを抱えたまま司はフェニックスワンダーランドに入場し、そのままワンダーステージへ向かった。

     さて、ワンダーランズショウタイムの座長である司だが、実は今回このショーには一切関わっていなかった。いや、今回のみでは無い。しばらくの間、関わっていなかった。その理由としては、受験勉強でショーどころではなかったからというものだ。
     勉強が得意でない司にとって、志望する大学を受験するという行為は、スターになる為の高い壁になってしまっていた。だから、司は3年生になってから半年間ほどはほとんどショーに出られず、勉強するしかなかったのだ。
     一方の同い年で受験生であるはずの類は、元々天才的に頭が良い。受験勉強なんてする必要もないと言ってショーに取り組んでいた。
     その光景に何も思わなかったわけではない。自由にショーに取り組める類が羨ましかった。

     見慣れた舞台裏への扉を開ける。中にいたのは、今回のショーの衣装を身にまとった類だった。

    「司くん、来てくれたんだね」
    「あぁ! もう受験は終わったからな! 次のショーからは舞台に立てるぞ!」
    「それは助かるよ。やっぱり司くんが居てくれた方が僕としては嬉しいねえ」
    「好き放題に実験出来るから、なんて言うまいな?」
    「ふふ、皆までは言わないでおくよ」

     こんな風な、ショーをする前の舞台裏の雰囲気も懐かしい。勉強の合間にもたまに来ていたが、ショーの開始直前に来るワンダーステージは久方ぶりだった。

     どうしても、このステージを離れたくなかった。4人で、1つのショーを作り上げることが生きがいになっていたと言っても過言ではなかった半年前に、勉強に集中するよう突き放された時は激昂した覚えがある。
     勿論、今となっては司は感謝の気持ちしかなかった。

     類と言葉を交わしながら、なんとなく、思いを馳せるように過去の舞台で使用した小道具に触れていると、バタバタと騒がしい足音が近づいてくる。

    「わんだほー……あれ?司くんだ!! 見に来てくれたんだね!」
    「……客席と舞台裏の区別もつかなくなったの?」

     目を輝かせて司の来訪に喜ぶえむと、呆れたように普段通りの毒舌を放つ寧々に、思わず笑みを零す。

    「なぁに、やはりオレは座長だからな! 団員達が上手くやれているのかどうか定期的に……」
    「ふーん、ずっといなかったのに?」
    「……う、ぐ、仕方ないだろう!」
    「司くん! 司くんもこのショーに参加するの!? バビューンと空飛んじゃう!?」
    「飛ばんわ!! オレが空を飛ぶのは次のショーからだ! ……む、いや、飛ばん! 空は飛ばないぞ!!」

     はちゃめちゃにも思えるテンポの速い会話をしながら、司は胸が満たされていた。一応えむや寧々とはセカイを含めた各所で会っていたが、やはり会うのならばこの場所が良い。
     一息ついて、改めて2人を見れば、今回のショーの衣装が制服──セーラー服だということに気がついた。時折、同じ学校だったら──と語っていた2人を見ていただけに、その光景が微笑ましい。ショーの中なら同じ学校に通えてしまう。衣装を合わせたときはえむが大層喜んだことだろう。

    「では、僕は装置の最終確認をしてくるよ。司くんは今回観客なんだから向こうで僕らのショーを見てくれたまえ」
    「あぁ、勿論だ! 楽しみにしているぞ!」

     最終確認とは、舞台の上や、ネネロボを初めとしたロボット達の整備だろう。相変わらず安全に気を配るいい演出家だ。彼はひらひらと手を振ってこの場を後にした。
     残されたのはえむと寧々、そしてショーには一切関与しない司だ。

    「今日はバレンタインのショーだろう? そんなに複雑な演出をするのか?」
    「複雑……私には詳しいことは言えないけど、恋に落ちた様子を分かりやすく表現しようとしたらありきたりになった……らしいけど」
    「恋愛もののショーなのか」
    「そうだよ!」
    「司には分からないと思うけどね」
    「馬鹿にするな!」

     憤りはしたものの、確かにワンダーランズショウタイムは恋愛をテーマにしたショーを、今までここで行ったことがなかった。2年生の時の学園祭で司は経験したが、このメンバーではそういう話に至ったことがない。これは自分が経験者であるということをアピールしなければと司は思う。ただ、あの劇は寧々も一応知っていたはずだったような気がする。
     そんな寧々は、しばしの沈黙を貫いたあと、神妙な様子で口を開いた。

    「ねぇ、司って本当に恋愛のこと意識したことある?」
    「な、何だ急に」

     次からのショーでは、恋愛要素を絡めたりするのではなく、恋愛を主体にしていくのも良いかもしれないと考えていたところに飛んできた質問は、何故か少し責めるような口調だった。いつも鋭い毒舌をぶつけてくる寧々だが、それとは少し違う。

    「別に。最初は馬鹿にしてたけど、そろそろ鈍感すぎて類が可哀想になってきたってだけ」
    「どういうことだ……?」
    「ね、寧々ちゃーん! お客さんに配るアレを確認しとこーよ!!︎」
    「……分かった」
    「お、おい、さっきの話は……」
    「司、今回のショーは一応座長であるあんたの為のショーだってこと、忘れないでよね。どうしてこのテーマにしたのか……とか」
    「…………」

     寧々とえむは舞台裏にあったダンボールの中を確認している。きっと、今の話を再開しようと思ったら出来るのだろう。だが司はあえてそれをしなかった。

     寧々は、それまでほとんど口にしてこなかった恋愛に関しての話を司に振ってきた。今日はバレンタインで、類も今日突然恋愛の話をし始めた。
     これは偶然では無いのだろうと、察しが悪いと言われる自分でも分かることだ。ではこれが意味するのはどういうことか。

    「去年は伝説のチョコレートを探しに行くショーだったのを、今年は恋愛主体のショーにした。そして、類は、深刻な片思いをしている……む?」

     改めて口に出して、司はあることを閃く。寧々は類が可哀想だと言った。それは、アピールをしても全く相手に気づかれないということを言っている。
     2人に気づかれぬように、えむの持ってきていた台本を静かに捲りあげた。
     じっくりと、台詞を見ていく。3人の役名は知らないけれど、口調を見れば大体予想が出来る。それに、えむは自分の台詞にペンで色を付けるから、分かりやすかった。すると、今回恋人役を演じるのは類とえむらしい。
     そういえば、類はえむの言葉を積極的に通訳したり、意気投合していたところがある。えむは距離感がおかしいから、好意を伝える過剰なスキンシップも気にならないだろう。
     なるほど、と独りごちる。これで腑に落ちた。
     台本を元の位置に戻してその場を去る。ようやく今日ずっと引っかかっていた謎が解けたことに、司は晴れやかな気持ちで空を見上げた。これは、座長である自分が上手くやれるようにしてやらねばと、自信満々の笑顔で観客席に向かう。

     バレンタインの特別ショーは、見れば見るほど寧々の言っていた意味が分かった。恋愛に鈍感な少女から全力でチョコレートを貰おうする少年のやり取りは、昼間の話を思い起こさせる。
     確かにえむなら恋愛には疎いだろう。えむには悪いと思っているが、誰かに恋愛感情を持っている様子が全く想像出来ない。
     さて、座長として、類のために何が出来るだろうか。そもそも彼女に恋愛感情というものを意識させること自体が至難な技のような気がする。けれど、弱気になっていけない、協力くらいはしなければなるまい。帰ったらすぐに作戦を練るとしよう。
     今後どうするかは一旦置いて、ぼんやりと舞台を眺めながら司はずっと先のことを考えていた。類ならいい恋人になるだろう、とか、あれくらい頭が良ければえむの力になれるだろう、とか。そして、類とえむが付き合うとしても、4人の関係が大きく崩れることもないだろう。きっと今まで通り、協力して最高の舞台を作り上げるだけだ。頭に浮かぶのは今と変わらず笑い合う4人の姿で、司の顔に笑顔が咲いた。
     自分の想像に安堵して、逸れた思考を目の前の舞台へ戻すと、驚いたことに、もう終盤に差し掛かっていた。そんなに長い間考え込んでいたのだろうかと腕時計を確認してみると、確かにもう最後の記憶から針が随分と進んでいる。
     自分の失態に、頭を抱えたいのを堪えて長い息を吐く。せっかくのショーを、ほとんど見ていなかった。落ち込む司とは対照的に、舞台の上では無事にチョコレートを貰えた少年が笑顔を見せていた。先程舞台裏で話していた類の演出を楽しみにしていたというのに、もう終わってしまったのは残念だ。

     ショーが終わると、観客には小さなチョコが配られた。フェニックスワンダーランドの店で売られているチョコのようで、試食販売のようなものだろうか。誰の提案か気になるが、こういうことを考えそうなのはえむだ。きっと、バレンタインだからチョコを配ろうと言い始めて、類がそれならここのチョコを宣伝しようと乗っかった──と勝手な予想をして、1人で笑う。

     ある程度客の波が引いてから、舞台裏に行くと、3人が何やら話していた。だが司に気づくと、すぐに話を切り上げてこちらに向かってくる。

    「司くん! どうだった!?」
    「座長無しでもやれてるでしょ?」

     えむと寧々に、素直な舞台の感想を伝えたいところだが、上の空で見ていなかったなど口が裂けても言えない。そんな返す言葉が無い司に、今度は類がにこやかに笑いかけながら近づいてきた。大抵この笑顔は、司にとって警戒を伝えるものだ。

    「司くん、僕から君に渡したいものがあるんだ」
    「…………爆弾か……?」
    「近いけど違うかな」

     眉を顰めて苦々しい表情を作れば、類はますます笑みを深める。嫌な予感が止まらない中、爆弾に対して否定しない彼は、懐から小さな正方形の箱を取り出した。

    「司くんに」
    「……室内で開けても良いものか?」
    「勿論!」

     箱はそれなりに軽い。綺麗に結ばれたリボンを解いて、ゆっくりと、爆発の恐れを抱きながら慎重に蓋を開けた。

    「……ぁ、え、これは……」

     正方形の中には、小さなハートの形をしたチョコレートが幾つか入っていた。つついてみても、何も起こらない。

    「…………チョコレート……?」
    「そうだね、チョコレートだよ。バレンタインデーだからね」
    「あ、ありがとう……?」
    「どういたしまして、司くん」

     呆けた顔を類に向けると、彼は少し気恥ずかしそうに頬を染めて笑う。その様子に、胸がざわつくような、変な感覚がある。

    「はいはーい、あたしからも! ジャジャーン!! わんだほいチョコだよ! どんな味が出るかはお楽しみ!!」
    「はい、お返しはグレープフルーツジュースでいいから」

     戸惑って大きな反応が出来ないまま、えむと寧々からもチョコを押し付けられた。
     様々な色の得体の知れないチョコが詰められた瓶と、如何にも義理だと言わんばかりの既製品のチョコ菓子は個性が出ていて面白い。

     さて、3人が自分の為にチョコを用意してくれたというのは、とても喜ばしいことだった。だが、一つ気がかりがある。

    「お前たち、ありがとう。家に帰ってから食べることにする。……その、だが、オレは今日チョコレートを用意していなくてだな……」

     去年のバレンタインデーもえむと寧々からチョコレートを貰い、ホワイトデーに返した。今年もそのつもりだったのだが、まさか男である類からも貰うとは思っていなかったのだ。ホワイトデーに返すという手も勿論あるが、なんとなくこの場で返しておきたいという思いがある。

    「ほぇ? ホワイトデーに返してくれるんだよね?」
    「まぁ、そのつもりなんだが……」

     1人だけ仲間外れのようで嫌なのだ、とは言えなかった。

    「司、えむのチョコレートには気をつけて。たまにとんでもない味があるから」
    「いやぁ、刺激的な味だったねえ」

     だが、どうやら3人はそんな些細な気にしていないようで、話題はもうえむのチョコレートだ。瓶詰めにされた色とりどりのチョコレートには、とんでもないハズレがあるらしい。寧々も類も、そのハズレの餌食になってしまったようだ。
     ここで司はふと、気づく。

    「類、えむからチョコを受け取ったのか?」
    「うん? そうだけれど……」
    「なるほど……」

     やはり自分の推測は正しかった、と確信を得る。
     好きな人からしか受け取らない、その前提でえむのチョコレートを受け取ったのならばこれはそういうことだ。仲間の願いが叶ったのは、素直に嬉しい。そんな思いを込めて、司は類に満面の笑みを向けて祝福をした。

    「そうか、よかったな、類!」
    「…………あ、もしかして司くん勘違いして……」
    「あーあ……」

     上機嫌で類の手を握っておめでとうと言い放つ。本命からチョコレートを貰えた、それならば何よりだ。ただ、えむのことだからそこに恋心がなさそうなのが問題だ。現に司にも同じチョコレートを渡しているのだ、類へのものが本命なわけが無い。

    「だが……これは、確かに難解だな」
    「……はぁ……そうだ、類、これ一応渡しておく」
    「あ、あぁ、ありがとう寧々」
    「……む? 寧々からのチョコも貰うのか?」
    「……仲間からのチョコレートだからね、無下にはしたくないよ」
    「ん、んん?」

     類の手には寧々からのチョコレート。司と同じ、既製品のお菓子だ。
     そして、ここで類の口から気まずそうに語られる。

    「司くん、僕が昼間に言ってたのはえむくんでも寧々でも無いよ……」
    「…………そ、そうなのか!?」
    「そうだよ!!」
    「お前がっ! 紛らわしいことを! 言うのがいけないんだろうが!」
    「寧々……」
    「いや、もう諦めなってば……」

     肩を落とす類が長いため息を吐き、寧々は横で何かを説得していた。
     イマイチ状況が掴めない司に、金色の瞳が向けられる。

    「司くん、一つ質問なんだけど……」

     疲労に塗れた類の声。おそらくその疲れはショーでの演技によるものだけでは無いのだろう。

    「君に好きな人っている?」

     どうやら、彼は精神的にやられているようだ。


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