ある「元」光の戦士の6.01その13 ふわり、とシナモンの香りが漂う。そのなかに混ざる香ばしさはメープルシュガーだろうか。もちろん酸味を含んだフェアリーアップルも感じられる。
「わぁ~っ」
満面の笑みのリーンがかわいい。フィーネはよそ見しすぎてうっかり火傷した。
「どうしたんですか?」
顔をゆがめたのを気づかれるが、フィーネは強がった。
「なんでもないよっさあ、食べようか」
ナイフを取ったフィーネだが、リーンに奪われる。
「わたし切り分けますね」
「え」
「あぶないから……」
「もうアクロバットしないから」
しばし、笑顔でナイフをつかむ二人が見つめ合う。
「大丈夫です」
「リーン。よくないと思うな」
「ちょっと何言ってるかわからないです」
「一体誰に似たんだい、その強情さは」
「諦めない心はみなさんから教わりまし……あっ」
フィーネがイルーシブジャンプで飛び退いて、その手にはナイフが握られている。一瞬の隙をついたのだ。
「そういう動きがあぶないって言ってるのに」
「ふふ、まだ甘いねリーン」
反対の手でアップルタルトを乗せた皿を引き寄せようとしたが、あるべき皿がそこにない。
「予測していたので移動させておきました」
その声に振り向いた時にはリーンがアップルタルトを切り分け終わっていた。
「あれ、そのナイフっていつも使っているやつだよね」
「そうですよ~」
つまり戦闘用じゃないか。大丈夫かそれ。
「洗ってありますから」
リーンがたくましくなりすぎている気がする。サバイバル術でも教えたのかサンクレッドは。
結局大半のタルトはリーンに切り分けられたが、フィーネはこっそり自分の分は調理用のナイフで切り分けて確保しておいた。
それと、小さく切り分けた『美しい枝』の分も用意する。
「ありがとうございます、闇の戦士様」
リーンからタルトを受け取った職人が手を振ってくる。リーンにお礼を言えば良いのに。
「ありがとうございます闇の戦士様~」
「あのね」
あまりにみんながこっちを向くのでさすがにどうかと思った。
「リーンと一緒に作ったから、リーンにもお礼言ってね」
あ、と一瞬空気が凍る。
フィーネはぐい、とほおずりするかと言うくらいにリーンを引き寄せる。
「ミーン工芸館の期待の新人美人のフィーネと~」
ちら、とリーンに目を移す。
「かわいいリーンをよろしくね」
一瞬、間が空く。
「ははは、良いじゃないかふたりとも看板になっておくれよ」
カットリスが大らかに笑い出し、つられてみんなが笑い出す。
「あれ、わたしも」
巻き込まれたリーンが驚きの声をあげる。
「たまに手伝ってよ」
「じ、時間があるときなら……ですよ」
リーンはうろたえている。
その後、ミーン工芸館の職人たちが負けていられないと特製の料理を振る舞いはじめ、やがて宴会が始まった。
日が傾き始めたころ、リーンは喧騒から離れるように立ち去るフィーネの姿に気づく。声をかけようとしたが職人たちに囲まれて阻まれる。次に目を向けた時には、彼女の姿は消えていた。